何の意識も無く時計を見たら22時22分だった。
だから何だ、っていう話なんだけど、つい気になったから書いてみた。
ばーちゃんの具合はあまり良くない。
命はまだ何とかなっているけど、後遺症の影響が強い。
少しでも回復してくれればとは思うけど、現状、家に帰ってくることは難しいと言わざるを得ない。自力で生きていくことは、ちょっと難しい状況、ということ。
そんな中で、今日はばーちゃんのいない実家に行ってきた。
ばーちゃんが座っていた座椅子。
ばーちゃんがいた部屋。
ばーちゃんが付けていたエプロン。
ばーちゃんが掃除していた仏壇。
ばーちゃんがいつも見ていたであろう景色。
でも、いつもの景色に、ばーちゃんはいない。
家が大好きで、買い物以外はほとんど外出なんてしなかったばーちゃんだから、この景色にばーちゃんがいない事の違和感と空虚感がスゴイ。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚。
五感全てが、何かが足りないと言っている。
ばーちゃんが可愛がっていた猫の行動も、いつもと違う。
何かを探すように、アチコチ歩き回っては、いつもよりたくさん鳴いている。
それは、言葉を交わさなくても「ばーちゃんを探している」と分かる姿。
その切ない風景が、余計と空虚感を際立たせる。
ばーちゃんが座っていた座椅子に座りながら。
そばに来て「ねぇ、ばーちゃんがいないんだけど、どこにいるか知らない?」と言わんばかりにこっちを見てくる猫を撫でながら、頭の中では鴨長明の方丈記冒頭の句が思い浮かんだ。
(つづく)
