このブログを始める前までのHaruの成長記録です。
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回想録、本当は毎月3日のアニバーサリーに、
1年前との比較をやりながらアップしていきたかったんだけど、
今まで放置しちゃったので、これから適当にアップしていきます^^
Haruが生まれたのはハンガリーのとある町でした。
私の出産予定日は、2009年6月2日。
Haruは1日遅れの6月3日に私たちのもとへやってきました。
2日なっても生まれる気配がなかったので、その日のうちに入院。
陣痛促進剤を使っての出産となりました。
パパとは立会い出産にしようと話し合っていたのですが、運悪く、ちょうどその日はパパの試験日。
でも、次の日に試験を控えたパパは、私の陣痛が本格的になった夜中の2時ごろから試験に行く直前まで付き添ってくれていました。
その後は私の母が代わりに付き添ってくれました。
いろいろ意見があるけれど、私は立会い出産でよかったと思っています。
2009年6月3日 午前9時20分 Haru誕生。
3600グラム、52センチ、髪の毛ふさふさの赤ちゃんでした。
Haruを初めて抱いた瞬間は、自分のお腹の中から出てきたこの新しい命が愛おしくて愛おしくて・・・
試験へ行っていたパパはというと、一番乗りで試験を終え、
Haruが生まれる直前に分娩室へ戻ってきてくれていました。
「Haruは、ちゃんとパパを待ってたんだね、いい子だね。」
って後でパパと話したものです。
Haruは授乳時間になると、私のところに連れてこられ、そのときにやっとゆっくりご対面できました。
うまく表現できないけど、
「この子は私の子なんだ。これからずーっと一緒にいられるんだ~♪」
っていうとても幸せな気持ちに包まれたのを覚えています。
出産自体は痛くてつらいけど、
かけがえのない宝物に出会うために必要な痛みだから、
世の中のお母さんたちは耐えられるんだな~って思いました。
退院までは、3時間おきの授乳時間につれてこられ、
終わったら新生児室に連れ戻される、というシステム。
赤ちゃんと24時間いるほうがいいという意見もあるけれど、
私は、ちゃんと母体を休めさせて退院後に備えてくれるこのシステムでよかったと思っています。
ただ、入院中はパパは病室立ち入り禁止。
毎日携帯で写真を撮っては見せていました。
まだ顔がはれぼったくて、
お見舞いに来るハンガリー人ほぼ全員に、
「将来は、りっぱな力士になれるよ~」
って太鼓判押されていたHaru。
こんな顔や、
こんな顔で、
いつも笑わせてくれました^^


