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もの描くひとびと、奏でるひとびと

絵画、浮世絵、音楽のこと

原 節子はら せつこ本名:會田 昌江あいだ まさえ、1920年〈大正9年〉6月17日 - 2015年〈平成27年〉9月5日)

 

戦前から戦後にかけての日本映画を代表する女優のひとりで、「永遠の処女」と呼ばれた。『晩春』(1949年)や『東京物語』(1953年)などの小津安二郎監督作品の出演で知られ、ほか『わが青春に悔なし』(1946年)、『青い山脈』(1949年)、『めし』(1951年)などに出演した。

1963年に女優業を引退し、2015年9月5日に死去するまで隠遁生活を送った( 現役女優の頃は美貌のトップ女優で、その早い引退と引退後の完全な隠遁生活、生涯独身を貫いたことなどが共通点として、「日本のグレタ・ガルボ」とも言われている) --- Wikipediaより

 

前回の投稿では「市民ケーン」のドロシー・カミンゴアを描きましたから、今回は「東京物語」の原節子です。

 

 

原節子

ケント紙A3 色鉛筆 KARISMACOLOR(VioletBlue、IndigoBlue、WarmGray30%、その他)

『映画監督が選ぶ史上最高の映画べスト100』英国映画協会(BFI)選出2022年度版

ご存じの方も多いでしょうが、上のようなランキングがありまして。
ザッと上位を挙げますと‥

1:2001年宇宙の旅(1968 ,監督 スタンリー・キューブリック)
2:市民ケーン(1941 ,監督 オーソン・ウェルズ)
3:ゴッドファーザー(1972 ,監督 フランシス・フォード・コッポラ)
4:東京物語(1953 ,監督 小津安二郎)
4:ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080(1975 ,監督 シャンタル・アケルマン)
6:8 1/2(1963 ,監督 フェデリコ・フェリーニ)
6:めまい(1958 ,監督 アルフレッド・ヒッチコック)
8:鏡(1975 ,監督 アンドレイ・タルコフスキー)
9:クローズ・アップ(1989 ,監督 アッバス・キアロスタミ)
9:花様年華(2000 ,監督 ウォン・カーウァイ)
9:仮面/ペルソナ(1966 ,監督 イングマール・ベルイマン)
12:バリー・リンドン(1975 ,監督 スタンリー・キューブリック)
12:タクシードライバー(1976 ,監督 マーティン・スコセッシ)
14:ストーカー(1979 ,監督 アンドレイ・タルコフスキー)
14:勝手にしやがれ(1960 ,監督 ジャン=リュック・ゴダール)
14:七人の侍(1954 ,監督 黒澤明)
14:美しき仕事(1998 ,監督 クレール・ドニ)
18:地獄の黙示録(1979 ,監督 フランシス・フォード・コッポラ)
19:こわれゆく女(1974,監督 ジョン・カサヴェテス)
20:自転車泥棒(1948 ,監督 ヴィットリオ・デ・シーカ)
20:羅生門(1950 ,監督 黒澤明)


東京物語は以前は1位になったりしていましたが、ここでは4位。
それでも、上位20位に日本映画が3作品も入っているのは凄いことですね。


今回は「市民ケーン」で演じた、ドロシー・カミンゴア
余談になりますが‥この映画は二度ほど観ましたが、正直なところ「まったく面白く無かった」ということは覚えています(笑)
撮影技法(床から仰瞰したカメラアングルや長回しなど)が革新的だったらしいですが‥。

 


本名は(メアリー・ルイーズ・カミンゴア 1913年8月24日 - 1971年12月30日)
ドロシー・カミンゴアとして知られたアメリカの映画女優。
オーソン・ウェルズのデビュー作『市民ケーン』(1941年)でスーザン・アレクサンダー・ケイン役で主演した。
それ以前の映画ではリンダ・ウィンターズとしてクレジットされており、舞台ではケイ・ウィンターズとして出演していた。
彼女はハリウッドのブラックリストに載ったことでキャリアを終えた(1952年に下院非米活動委員会に召喚されたが、質問に答えることを拒否した。)


ハリウッド・ブラックリスト(Hollywood Blacklist)は、1940年代後半から1950年代中期ごろ、マッカーシズムによる赤狩り旋風が吹き荒れる中、その中心的機関であった下院非米活動委員会(HUAC)が取り調べを行うため、ハリウッドを中心とする娯楽産業で活躍していた映画監督、脚本家や映画俳優などの芸能人の中で人生のある時期に共産党と関連があったとして列挙した人物のことで、そのうち召還や証言を拒否して議会侮辱罪で有罪判決を受けた主要な10人をハリウッド・テン(Hollywood Ten)と呼ぶ。(Wikipediaより)

ちなみに「市民ケーン」の監督であるオーソン・ウエルズもハリウッド・ブラックリストに載せられた一人である。
また、「ジョニーは戦場へ行った」を執筆し、また「ローマの休日」の原案と脚本も手がけたダルトン・トランボもハリウッド・ブラックリストに載せられ、投獄もされている。
「ローマの休日」は、友人のイアン・マクレラン・ハンターの名義を借用したが、その後本名によってアカデミー賞(原案賞、脚本賞)を受けている。

 

ドロシー・カミンゴア

ケント紙A3 色鉛筆 KARISMACOLOR(VioletBlue、IndigoBlue、WarmGray30・70%、その他)

 






 

ロバート・デ・ニーロ、全名:ロバート・アンソニー・デ・ニーロ・ジュニア(Robert Anthony De Niro Jr.(1943年8月17日 - )

 

アメリカ合衆国の俳優。

『ゴッドファーザー PART II』(1974年)、『タクシードライバー』(1976年)、『ディア・ハンター』(1978年)

『レイジング・ブル』(1980年)、『アンタッチャブル』(1987年)、『レナードの朝』(1990年)
『カジノ』(1995年)、『ヒート』(1995年)、『アイリッシュマン』(2019年)、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023年)

などなど、数々の映画に出演。

『ゴッドファーザーPARTⅡ』『ディア・ハンター』はもちろん素晴らしかったのですが、私の隠れお気に入りは若き日のレオナルド・デカプリオと共演した『ボーイズライフ』です。

 

同じ人物を演じてアカデミー賞を獲ったのは、『ゴッドファーザー』でヴィトー・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドと『ゴッドファーザーPARTⅡ』で若き日のヴィトーを演じたロバート・デ・ニーロの二人だけです。

 

ロバート・デ・ニーロ

ケント紙A3 色鉛筆(KARISMACOLOR VioletBlue、IndigoBlue、WarmGray70%、その他)、アクリルガッシュ白