ネオポン日記 : 画家 三村 稔 のblog -23ページ目

ネオポン日記 : 画家 三村 稔 のblog

絵画、衣装作品や製作風景を紹介。

シャルル・バルグのドローイングレッスンをしてみました。少しづつでも、進めれたらと思っています。

19世紀後半に【アカデミズム】(ポンピエリズム)と言われた美的感覚の一端が根底に見ることができます。

日本の予備校などで、僕らのやっていた石膏デッサンとは、捉え方、進め方で、差異がありますが、その部分にこそ強く、その【西洋的な】当時のアカデミズムの特徴が強く感じられるという具合です。

このレッスンをゴッホは、二度繰り返し行い、ピカソも若い頃にこのレッスンした作品が数点、残されているそうです。

興味深いのは、このレッスンで育った世代は、【アカデミズム】の終焉の時代にいた。ということですね。







【草薙の御剣】に関係する絵のために、模造品を製作中。

※夢の中で、「はよしろ!」と急かされました・・・( ノД`)…

【草薙の御剣】は、熱田神宮の御神体ですので、観ることはできないのですが、どうやら、江戸時代に、見た方々がいたようでして、その様子が、【玉籤集裏書】という書物に書かれてるとのことで、

以下【こうかくろうの小籠包】さんより引用

http://kakkou1210.stars.ne.jp/kodaishi/kusanagi/kusanagi3.htm

・長さ二尺八寸、刃先は菖蒲の葉状、中ほどはムクリと厚みあり、本の方六寸くらいは、節立って魚の背骨のようであり、色は全体に白い。
・大宮司は流罪、そのほかは重病悪病でなくなり、残る一人、松岡正直から聞き取った記録である。
 というようなことが書かれている。
 長さはおよそ85cm、刃先は両刃のようであり中程には厚み、本の方18cmくらい、たぶん柄と思うが、節だっている。

また、

・詳細は今は確認できないが「熱田大宮司尾張連家の秘伝」というものによれば、御神体およびそれを収める御樋代の様子は、「中には泥を詰め。而して石の唐櫃を設け、その中に黄金の延板を置き、上に御神体を安置す。御神体長さ一尺八寸程、両刃にて剣づくりとなり、鎬ありて横手なし、御柄は竹の節の如く五節あり」という(『定本日本刀剣全史』川口陟)
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ということで、【こうかくろうの小籠包】さんも参考としてあげておられる福岡県三雲遺跡出土の剣を参考にして製作しております。

長さは、遺跡などで、出土している剣にしては長いようですが、福岡県三雲遺跡出土の剣の画像を85㎝にしますと、柄は、19㎝となり、【玉籤集裏書】の比率と一致しまして、だいたいその比率にしております。

スサノオ様は、おそらく普通の人よりは大きな方でしょうし、  2メーターくらいあるような方なら、比率的には、そのくらいになるかもしれません。節の幅が指の幅ということでしょうか。
ヤマトタケルもきっと大きな方だったでしょうし、おそらく基本的には、これは、お守りで持ってるものかと思います。

刃は、菖蒲の葉のようで、もろば。

柄は、魚の背骨のような、竹のような五節。

色は、白いとのことですが・・・。

これは、今は、下地を塗っている状態で、
とりあえず、目撃情報に合わせたつもりです。

色については、もともと白いものなのか、それとも、緑青のような腐食物が付いていたのか、
それとも何かしら白いものを塗布して、金属が痛まないようにしてあるのか。

僕としては、白は、何かしら保護のものが塗ってあったのでは!?ということで、金属的な色にしようかと思っております。

金とも違うだろうし。

きっとオリハルコン!!ですね。

何色になるのか、まだ未定です。

それにしても、少し中心が捻ってしまいました(>_<)






それにしても、御神体の神剣を見てしまった方々は、もちろん、ただではすみませんよね・・・・(。-ω-)

数年前の式年遷宮の際は、夜に明かりも全くなくして、真っ暗の中、御神体を運んだくらいですので、その入れ物を入れた御輿すら見てはいけない!ということですね(@_@)
中止になりました第96回白日会展への出品作品です。


【la traviata】 F60号 油彩

※画像悪くて申し訳ありません。
明るいところで撮影できず(>_<)