天正八年 閏三月十六日 山にてさかなをひろい…さぶろうの宮事々敷 | おらのなにがし~かしく、瀧左とのへ~

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    ことしはきうてんさまのおんとし

はい、今日も… 

 

天正八年(1580年)閏三月十六日

 

 

多聞院日記だより…

~(^_-)-サーチ

 

まあ、本当はみんなの年表にしたほうがええんやろな…

 

天正八年 閏三月十六日

 

 

十六日、

早旦、男山二参詣了、山ニテ

魚ヲ拾タル、一段利生ノ由申

候處、石タンニテフナ一ツ

ヒロフ、不思議ノ事也、

則神前ヘ参處、信長公御造

宮沙汰之、事々敷見事さ、

大かた上フキ出来、四面ノ

築地二百六間ト哉覧

大旨ツキ立、楼門以下新調

美々敷事也、間ノトヰハ

唐カ子ニテヰサセラル、

抑大篇ノ事也、当社モ哀ニ

寄思召カ歟ト念願計也、

則日中過二帰坊了、

及晩雨下、一段仕合也、

札以下大門ヘ上了、

一 千學房来了、廿疋被持了

 

さぶろうの御造りの宮って何???…(´・ω・`)なんもしらん

しかも今まで

『信長』よばわりがほとんどだったのに、

『信長公』なっとる…

これって、

寫しを書いた尋憲のしわざでわ…(^_-)-サーチ

 

翌日はこんなことも…

 

 

十七日、

大門ヘ参了、ナラ中ツリ鐘

従筒井被取了、大門ニモ

二ツ在之、今日取了、

國中諸寺同前云々、

クワヰカ峯ニテタヽラヲ立、

テツハウヲヰサスルト云々、

寺のつりがねがてつはうになっちまうんやて…

なんだか不穏な事態…(´・ω・`)

順慶(筒井家)の仕事が垣間見えるのであった

 

「そないなことほんまはいまいましおもてんねんで…」

なんや読みづら(´・ω・)

 

今日もたっきーに近づけなかった(>_<)ううむ