素朴な必然性と衝動は排他的。


この必然性に誤謬が有り得ないなら、これに固執する必要は無い。




なのにどうして私は考えてはいけないのでしょうか?


うまくいかないのでしょうか?






ウィンチのように内側から死んでいく。


私はひどくにおう。




「xxxは世界に貸しがある」


そう言うための方法を、私は探しているのでしょうか?





美しくない現実で、美しくあることをただ望まされる。


目的が示され、手段が示唆される。

そしてそれゆえに不純だと嘆く。


altanative?

それは誰かの反復に過ぎない、とまた嘆く。

「生きる」には巧拙があり、私は拙いのだ、と。


originということこそ強迫である。

「選択した」ということしか最早問題ではない。

♪pop tart, what's our mission?♪

#「try try try」 by the smashing pumpkins




賭けない人は生きているとは、言えない。

ただ忘れる人は生きているとは、言わない。





本当の私は別のところにある。


身体を好きなようにするのがいい。



アフォリズムは溜め息、むしろ愚痴か嘲笑か。

そうでないなら世界に対する侮辱にすぎない。




世界が乾いています。

という言葉だけではもう溺れることができません。

「あらゆる」という欺瞞が膚を舐めまわし、

私の眼から唾液を得るのです。

いわゆる人の悪意がそれを赦し、

私は贖罪の為に泣き叫ぶことができません。


「だから、わたしはあなたのために世界を見たいのです。

そして世界を描きたいのです。

あらゆるものが奇跡として映えるでしょう。

世界に驚きが無くとも、それをヨロコビとするでしょう。

いつか梯子を蹴飛ばして、あなたが重荷となったとしても

私はあなたへの感謝を忘れるべきではありません。

あなたは私を救うのです。」


私には全て邪な手段に思えるのです。

(純粋な手段がどうしてありえましょうか?)

そして「忘れること」を想像することができないのです。

故に狂気をいとおしく思えるのです。

そして身体が厭わしい。

「死を選ぶことはできた、ただ痛みは駄目だった」

私は何をすべきでしょうか?

誰に問いかけるべきでしょうか?

「われわれが道と呼ぶものは、ためらいのことである」
あゝひどい。こんな喜劇に耐えられましょうか?


道化にはリズムが無く、満ちることが無い。



「精神は、支えであることをやめるときに、はじめて自由となる」 カフカ

今日は休み。



pinkladyはよいです得意げアリガトー



「たま」のCD、見つかったけど、ジャケットぼろぼろで1000yen....

次の機会でー




従兄弟が結婚するというのでつくばへ。


横浜からつくばまで電車でkommen!

#こういうときはgehenではないらしい。

#でも「電車でGO!」は「電車でGEHEN!」になるとか。


座ることと歩くことが、なんというか下手なので、

3時間近く座っていると腰がっっっドクロ


つくばから会場までは的士ー。

「どこだっぺ?」という素敵なwelcome方言に

「どこだっぺ?」という無敵な乗車拒否(乗ったけど)

ほんとに道が(というか地区レベルで場所が)わからなかったらしく

道な道な先入りしていた弟と連絡とりながら無事到着。

後半メーターを止めていてくれたのは良心デス。


式は良い意味で学生っぽい雰囲気がよいでした。

花嫁 with guitar in ウェッディングドレェス!?も違和感なし。

「私たちは大丈夫グッド!」というメッセージがビビッと伝わってきたですよ




一個発見。子羊は獣臭くて苦手。

引っ越すことになりそう。



それはともかく。

急に「たま」が聞きたくなって、youtubeで「オゾンのダンス」を聞いた。


冒頭

"月の光を浴びながら あの娘は今夜もおどるのさ"

から始まるテンポの小気味よい曲。

小学生のころ、何がきっかけか覚えてないけど、

図書館に行くたびに「さんだる」を聞いてて、大好きだった。


歌詞を読み返してみるとエロエロドキドキ


当時の時代と「オゾン」という単語だけで

昔は環境破壊ドクロをテーマにしたまじめなもの(を含んでいる)、

と思っていたけど、

(後半の“開くよ あのこの曼珠沙華”あたりから怪しいとは思っていたのだけど)

「オゾン = O3 = おっさん」とオヤジギャグ的に考えると

全編エロエロドキドキジャンショック!



他にも「ロシアのパン」とか、

#「トラピストクッキー」は初めてそこで知った言葉。

「さよなら人類」も

“あの子は花火をうちあげて この日が来たのを祝ってる

冬の花火は強すぎて 僕らの身体はくだけちる

ブーゲンビリアの木の下で あの子をさがすけど

月の光に邪魔されて あの子のかけらは見つからない”

のあたりが印象に残ってて、今でも十分聞ける曲。



....明日お休みなのでCD買ってこよ。