遊戯は祝祭の準備などではない。
「私はこれから満月を見ることはない」
とは別の意味で、その恩恵に与ることはないのでしょう。
※ 「私は決して満月を見たことがない」または
※「私は決して満月を見たくない」という形式しかないから。


他人の時間の感覚について想像する。
時刻t、それが常に何かを引き起こすという訳ではない。
パロディは、人が死なないということではない。
時間が一つであるときのhypothesis
私たちは同時に存在しない。
私はすべて同時にある。
(私たちは明滅している)

それでも私たちはきっと構わない。
ため息すらでてこないことでしょう。


意味を与える。

意味などない、意味など解明できない、隠されて意味はある..etc
いずれにせよ、それだけのことでしょうか?

「それ」というとき
「だけ」をつけるほどに理解している訳ではないのに。
指し示すことのできるものは退屈なもの。
指し示すことができるものと理解しているもの
理解しているものと優越しているもの。
私はそれを幼稚だと”言うこと”ができる。
ただ、それだけ。

名指しに込められた祈りを解き解くことが
唯一の務めである、とはあまりに浅ましいではありませんか?
しかもその上、そうするとあなたは何もしていないではありませんか?



。。。私は何を望んでいるのでしょう?
あなたを知りたいのでしょうか?


この経路は間違っている。
あなたと同じではない、という願いから辿り着くはずがない。
上司の好意でネット繋げるようになった。

といってもまた一週間後に引っ越しですが。

名古屋に来て一ヶ月。。。
特に変化なし。
梅雨だからか毎日雨ふってるという印象。

先日帰宅時にふと揚げ物が食べたくなったので
駅前のパセリというトンカツ屋に行った。
普段は結構込んでいて、いくのを敬遠していたのだけど
その日はたまたま、時間が閉店近くというのもあってか
空席が結構目立っていったのでとりあえず入ってみた。

客は男女二人づつの4人グループがserve待ちで
10分待ちくらいかなぁと、思いながら
初めての店なのでstandardなトンカツ定食を注文。

店はいかにも学生御用達と言った感じで
アットホームで独特なルールがありそうな雰囲気。
そう、ラーメン二郎のような。。。
そういえば店の外に「爆食」という張り紙があったような。。。

5分後。
「カツ丼おまち~」と
先客のカツ丼がカウンターに載せられる。
今思うと不思議なことに
他人事のように(他人事だけど)「大きいなぁ」という感想しかなかった。
2ℓくらいありそうなドンブリに山ともられたカツ丼。
修飾語なしのカツ丼でこの量なら
トンカツ定食は当然。。。

当然でかい。
両手のひらをいっぱいに広げたくらいのトンカツ
出てきましたよ。
おまけにゴハン山盛りだし。汁物豚汁だし。

でもその日はなんかとんでたのか、
やっぱり「大きいなぁ」という他人事の感想しかなかったし
食べきれる気がしていた。


結局は2切れ残してギブショック!
店の中に「お米を大切に」的なことが書かれていたので
なんとかご飯だけは完食。

帰宅後、コーヒー飲んだら吐いた。


語られたことは、
避けがたく儀礼的なものとなる表現に
満足してしまうものなのであるけれども、
それではよく理解されないままにとどまってしまう事柄を
儀礼抜きに語り直し続けることに、
ことばの本質はある。


E:レヴィナス

私はそんなに食べたくない。
本来注文とはそういうものであるのだけれど。

それはそうと、出されたものは残しちゃ駄目という義務感が不思議。
母曰く長野県民の伝統、一つ残しの環境で育ったというのに。

約1時間。



私たちは呼吸するために呼吸し、飲みかつ食らうために飲み食いし、
雨を避けるために雨宿りし、好奇心を満足させるために学び、
散歩するために散歩する。
それらすべては生きるためにあるのではない。
そのすべてが生きることなのだ。
生きるとは真摯さだ。


「世界」 E.レヴィナス




そうである、と言えるとすれば私はそれをどうするのだろうか?
3徹目。
一昨日はPCの再インスト、昨日は送別会、今日は引越しの準備




今週クリス・ベノワが死んだ。

新日時代に「この身体でジュニアはきたねー」とか思ってた。
個人的な思い入れがある人ではなかったけれど少しの喪失感。

http://beye2.com/item_11110.html
に色々リンクが張ってあったけど、日本人プロレスラーのコメントがつまらなかった。
編集されてるのかもしれないけど、金本のコメントは特にどうでもいい感が。。。


変なバイアスだけど、最初に見たソースでは「心中」という報道だったので、
語弊があるけど少し嬉しかった。
ひとつの世界がひとつの悲しみをさそう論理で閉じたんだ、と。
だからベノワに対してmurderだという表現にぴんとこない。

私がWWEに期待することは、私の感情をうまくentertainしてくれること。

悲しくない。
誰が死んでもきっと悲しくない。
それが嘘であればステキなのに。






「なぜお金に価値があるのか?」と同様に。

ヒトはヒトに対して、何が許されているのか?
触れること、見ること、思うことがなぜ許されていると思えるのか?
(誰に?)

これは誰が問うのか?



「昔々あるところにミリーシアという右手の不自由な女の子がいました。
ミリーシアの村には、一つだけ厳しい決まりがありました。
それは左手は使ってはいけない、というものです。」

さてこの子は「なぜ左手を使っちゃいけないの?」とどのようなときに言うのでしょうか?
それは左手が有用だと気づいたときではないでしょう。

村人はどちらにしろ「私たちはうまくやっていける。」とは言わない。

左手を使い始めると村人の何人かは必ず貧乏になる。
本人が左手を使おうと使うまいと。


名古屋にしばらく滞在するので、これを機にノートPCでも買おうかと。

色々物色してたら2Ghz、1GBが標準的なスペックかなぁはてなマーク
という感じだったので、見た限りでは一番経済的だったMacBookを選択。


買って気づいたこと。案外重い。

Macで使いづらい(windowsと違う)とこ。
1. windowの上のタイトルバー(?)をダブルクリックすると、最小化しちゃう
2. Deleteしかない、しかもBackSpaceの動作。
3. かな<=>英字入力変換がスペースの横。何回数字の1を押したことか。。
4. 小文字のぁ、ぃ、ぅなどの入力が「x」+「a,i,u」
5. windowsの閉じる、最小化、最大化がwindowの左上にある。
などなどなど。

でもFinderとか便利だし、動作的にも現状軽快なので問題ないかな。
あとは馴れれば(重さ以外は)よいかと。


そういえばMac専用のツールで、ituneをalarmとして使えるというのがあったよーな
.......
あったあった。
http://www.johnnarun.com/itunes_alarm/

でもこのMacにはデータほとんど何も入れてない(T_T)
、こんなときのために
家の方にfoldershare仕込んでたですね。
これ使うと自分のPCの任意のファイルを外からダウンロードできてグッド!、だけど
やっぱおそっ。しかも同時に落とせるのが5個まで。
。。固めとけばよかった。