10月初めから入院していた母が27日に退院しました。
肺炎になっていたようでそれで入院になったようなのですが、臀部と腿の境目に塊があってついでに(?)摘出手術をするので付き添いで病院に来れないか連絡がありました。
シフト制で仕事が入っていたのでいけませんでしたが、その日は妹も都合がつかずに二人共行けませんでした。
こういう時がシフト制の仕事は困りますね。どうしても行かなければいけなかったら勤務先に頼んで変えてもらうのも可能だったかもしれませんが、そういったことを言えない雰囲気があって言い出せませんでした。
簡単な部分麻酔の手術だったのでそれもありましたが。
27日は早番で疲れ果て、寝ていたところに母から電話があってとても疲れていましたが、一時間くらい電話で話を聞きました。
愚痴と入院生活であったことや部屋が散らかっていて片付け大変だとか、同じ話を堂々巡りのように切れ目なく話すので聞くのも疲れますが、話をしたいのだろうと思いずっと聞いていました。
早番が連続するので早く寝たのに(´・ω:;.:...途中覚醒で寝られませんでした。
妹もメールで
お母さんから電話があるけど、愚痴と同じ話しかしないので疲れる
って送ってきてた。私と同じことを感じてるのね。
私は母から着信があるとお金を貸してくれって言われるんじゃないかと思って気持ちが落ちます。
貸しても戻ってこないので貸してじゃないだろ
って思ってしまいます。
年金はありますが、内縁の夫の長年の不始末と前の家を家賃滞納ででないといけなくなり、まとまったお金を年金を担保にして借りたので今は支給停止です。
母も12月で69歳になります。
この数年間で内縁の夫の尻ぬぐいで年金も蓄えも娘からの信用もなにもかも無くしてしまった母ですが、完全には見切れない血を感じます。
老後破産そのものの生活を送っていますが、弟からのまとまったお金の援助や妹もお金を貸しているみたいで私も以前はお金を貸していましたが、そういったことでなんとか過ごしているようです。
電話で話している時に
「私も親がまともだったらもっとましな人生があったと思うよ」
としみじみ話していました。
私の祖母がまたとんでもない人間でしたので、あの祖母から母はまともに育ったほうだと思います。
子供にとって親は選べませんし、人生に多大な影響を与え続けます。
施設の子供たちの実態を知るにつけ、自分はまだこうやって生きているだけで良かったのかもしれませんが、普通のおうちで養育されていたらどんな人生だったのかなと思います。
子供に迷惑をかけないように、健康で最低限度の生活ができるようにならないといけませんね。
祖母・母や施設での子供の親のような実態を知るとそう思います。
私にできることは体に気をつけて死ぬまで働くこと、息子の幸せを祈るだけです。
母と同じ轍を踏まないように戒めて生きていこうと思っています。
