父として、兄として、良きライバルとして(その1) | 俺流!「生きる力」の英才教育

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今の社会は「生きる力」が問われる社会になりつつあると確信しております。
この社会で通用するよう、自分の息子をどの様に育ててきたか?また、これから、どの様に育てていくのか?を、私自身の取り組みを交えて残していくつもりです。

握手


息子から見て、私は当然父親です。

父親として、時には怒り、また、時には
甘やかしています。

所謂、「アメとムチ」です。

ただ、私の場合は、父親としての役割以上に、
大事にしている役割が有ります。

その一つは、「兄として」です。

昔の時代は、日本も兄弟が多い家が多く、
兄弟の間での会話やケンカを通して、
ケンカをする時の手加減や、お兄さんに対する
接し方などを覚えました。

またもし、兄弟がいない家庭でも、友達の
お兄ちゃんも含めて一緒に遊ぶなどして、
イタズラやチョッと危険な事なども上級生から
教わりました。

しかし、現代の日本では少子化が進み、
私の家庭だけではなく、周りの家庭も
一人っ子が多いため、なかなか、上級生と
接する機会も少なく、それに応じて、遊びの
幅が狭くなりました。

この状況を打破するには、古き良き時代に
上級生と遊んでいた父親がお兄さん代わりです。

息子と一緒に、山探検や海探検などを楽しみ、
山や海の楽しみ方から危険な場所、危険な
行為などを教えることが出来ます。

ポイントは、父親として接するのではなく、あくまでも
お兄さん、もしくは、近所のガキ大将的な接し方で
息子に接して、一緒にチョッと危険な事なども
あえてやって見せます。

父親として接すると、どうしても「見本」としての
振る舞いが出てしまうため、一線を越えた遊びを
教えたり、危険な行為を自ら実践することが
出来なくなってしまいます。

ということで、父親も時と場合によって、自分の
息子へ接するスタンスを変えて行動する必要が
有ると考える次第です。

もう1つの「良きライバルとして」については、
次回に書きたいと思います。

私の考えに賛同して頂ける方は、読者登録を
頂けると幸いです。

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また、私の考えに賛同できない方もいらしゃって
当然だと思います。
ただ、こういう考え方もあるのかな?という
発想を持たれると、親として幅が広がると思いますが、
如何でしょうか?

日本だけではなく、世界規模で色々な事がめまぐるしく
変化している世の中です。

かの、チャールズ・ダーウィンの言葉に、以下のような
言葉が有ります。

 最も強い者が生き残るのではなく、
   最も賢い者が生き延びるでもない。
     唯一生き残るのは、変化できる者である。

この世界規模の荒波を乗り越えられる子供を
育てるためにも、あなたも変わる努力をしてみても
良いのではないでしょうか?

子は親の鏡と言います。
まずは、自分から変わる姿勢を持つことが
大切ではないでしょうか?


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