『安倍晋三銃撃事件について”よく”考えてみた!!その①「山上被告の無期懲役は重過ぎる!!」』 | ポリプのブログ

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今まで『安倍晋三銃撃事件について考えてみた!!』シリーズでスナイパーによる外部犯行説と組織犯罪の陰謀説を考えてきましたがここで修整し『安倍晋三銃撃事件について”よく”考えてみた!!』という新たなシリーズを立ち上げたいと思います。

 

世間では安倍晋三銃撃事件の裁判は無事開かれたのだから山上被告が真犯人と言うことになっています。ダミーなら拘置所内で消されていただろうから真犯人は山上徹也被告その人で間違いとなりこの事件に纏わるスナイパー真犯人説は裁判が開かれた事でひとまず消えたというのが世間の共通認識であろうと思います。そして同時に組織犯行の陰謀説もひとまず消える事となりました。今まで検証してきたスナイパー説もひとつの仮説としての価値はあると思いますが説明可能であっても証拠が提示出来ないので新シリーズではあえて取り上げない方針を取る事にします。ここでいったん仕切り直して山上被告が真犯人であるいう世間の共通認識の設定の下で新シリーズとして再考してみることにします。

 

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安倍晋三銃撃事件の裁判で山上被告に無期懲役の判決が言い渡されましたが山上被告の弁護団はそれを不服として控訴の手続きを取りました。

 

今後は山上被告の控訴の結果がどうなるかに注目です。

 

山上被告が真犯人でも無期懲役は重すぎます。情状酌量して20年以下の有期刑にすべきだろうと思います。山上被告は統一協会の被害者で"怨恨による単独犯行であり被害者が一人で前科は無く初犯"なのだから当然情状酌量しなくてはなりません。このケースで無期懲役は思ったより重く20年以下の有期刑が相当でありそうあるべきだと考えます。

 

今回の事件とよく比較される判例である『桶川ストーカー殺人事件』では犯人は元交際相手の若い女性を人を雇って集団で一方的なストーカー行為を繰り返した挙句殺害しており犯人は逮捕前に自殺しましたが犯人の兄に主犯格であるとして無期懲の判決が出されています。他の雇われた殺害実行犯達は懲役18年と言ったところです。

 

桶川ストーカー殺人事件はいささか複雑でありますが比較すると山上被告は前科が無く初犯で”単独”犯行であり何より”怨恨”による犯行であるにも関わらず同じ桶川ストーカー殺人事件の主犯格と同じ無期懲役の判決が出されました。

 

山上被告が桶川ストーカー殺人事件の主犯格と同じ無期懲役と言うのでは釣り合いが取れないと感じます。

 

しかし世間では山上被告の無期懲役判決について意見が真っ二つに分かれているように思います。安倍元総理に同情的な人達は無期懲役は軽すぎると言いますし山上被告の統一教会からの被害に同情的な人は無期懲役では重すぎると言います。

 

しかし私は後者の考えです。

 

まず安倍元総理ですが今回は安倍元総理が統一教会へビデオレターを送るなど宗教2世である山上被告の気持ちを踏みにじる行為をしたことが怨恨の元になっているのは間違いありません。

 

勿論統一協会への祝電やビデオレターによる支援自体は違法行為とは言えませんし殺されるほどの落ち度だったのかは意見が分かれると思います。

 

しかし山上被告が安倍元総理を銃撃したのは筋違いという意見には疑問です。

 

やはり安倍元総理は宗教2世の立場から見れば明らかに彼らを踏みにじる行為をしており山上被告が恨みに思ってしまったのは筋違いとは私には思えません。

 

自分が宗教2世の立場だったら安倍元総理の行為に大変心を痛めます。

 

安倍元総理の統一教会への支援行為はやはり問題があったと見るべきだと思いますし山上被告が安倍元総理を激しく恨んでしまったのも無理からぬ事と思っています。

 

ただ安倍元総理の統一協会への支援行為は違法行為にあたる訳ではないので問われるのは道義的責任です。

 

その道義的責任は生前に厳しく問われるべきでした。

 

統一教会と安倍自民党の協力関係の問題点をマスコミが十分報道しなかったのが問題です。

 

マスコミが報道しないから安倍自民党が増長して統一教会との癒着を益々深めたと言えます。

 

山上容疑者ら宗教二世が追いつめられた気持ちになるのも無理からぬことです。

 

確かにだからと言って安倍元総理を銃撃して殺害するのは社会通念上間違っていますが山上被告が統一教会の外部の協力者に過ぎない安倍元総理を恨みに思い狙ったのは論理が飛躍し過ぎだとはまったく思いません。

 

安倍総理(当時)は宗教2世の人達の立場を思い計ることなく統一協会へ頻繁に祝電を送り統一協会の会報誌に統一協会を礼賛する言葉が頻繁に取り上げられ主催者に次ぐ最高位クラスの”聖者”として讃えられており明らかに山上容疑者ら宗教2世の人達の気持ちを一方的に踏みにじっています。

 

そして安倍総理は己の政権維持のために自分の派閥の子分の当選を確実にするために裏で統一協会と選挙協力の協定を結んでいたのです。

 

安倍総理の統一協会との相互協力関係は全くの私利私欲であり宗教2世を裏切るばかりか国民全体を欺き裏切っています。

 

統一教会は体裁は宗教団体ですが危険な反日思想と日本国民を虐待する教義の上に成り立っている危険な反日団体であり不当な霊感商法で日本国民から金を巻き上げ私腹を肥やしています。統一協会はカモに出来そうな日本人を調査しターゲットを絞り込んで心の隙を付き心の弱さに付け込んで信者に引き込み常識の範囲を超える程の不当に高額な売買と寄付をさせるなど反社会的行為を信条として生業とする悪質な犯罪組織です。

 

その統一教会とあろうことか癒着して自民党の仲間の議員の選挙応援と引き換えに祝電やビデオレターや会報を通じての応援などで支援を行っていた安倍元総理の行為には許せないものを私も感じています。

 

安倍元総理がネットで愛国派の保守の政治家であると宣伝する裏で反日団体の統一協会と協定を結んで国民を騙して政権維持に利用してきた事に強い憤りを覚えます。

 

まして宗教2世の山上被告のショックと憤りは私の比では無いでしょう。

 

ただ山上被告が怒りと恨みの念から安倍元総理を殺害したことは選挙期間の演説中ということもあり民主主義の根幹を揺るがせる深刻な問題行為でもあるのでそれ自体は当然罪を問われなければなりません。

 

しかし山上被告は冒頭で述べた通り前科が無く初犯であり単独犯である上相応の恨みから起こした事件ですのでやはり冷静になって近いケースの判例と比較して妥当な量刑にすべきだと思います。

 

安倍元総理が戦後最長の任期を務めた総理として今だに多くの国民から支持されているのは安倍元総理の統一協会への支援の実態が国民に十分に周知されていないためだと思います。

 

この安倍晋三銃撃事件は裁判の流れを見る限り政治テロ事件では無く怨恨による殺人事件です。

 

宗教2世である山上被告が安倍元総理を個人的な恨みの念から殺害した事件なのだから両者を公平に同等の資格を持つ人間として扱うべきです。

 

この安倍晋三銃撃事件の被害者である山上被告は政治的な発言をTwitterでしており政治思想をそれなりに持っている人物と見なされているところが紛らわしく厄介なのですが事件を引き起こした動機は長年の統一協会への恨みが積もりに積もって統一協会へ熱烈な支援を行っている安倍元総理に押さえきれない怒りの感情が爆発して引き起こしてしまった怨恨による事件というのが実態だと私は捉えています。

 

政治思想犯のような頭で思考を屈折させながらたどり着いた完成された政治思想による政治家殺害強行への決意ではなくあくまで積年の恨みが積もりに積もって恨みが押さえきれなくなっての長年の遺恨の末の殺害強行なのだと思います。

 

その相手が成り行き上安倍元総理にたまたまなっただけなのです。

 

そしてそれも自然な因果の流れだったのです。

 

どうも安倍元総理に同情的な人達は安倍元総理の社会的地位や肩書更にはネットでの愛国保守像といった偶像への憧れから持ち上げる気持ちに傾き過ぎなのだと感じます。

 

一般国民である我々は安倍銃撃事件は一般国民である山上被告が統一教会側の重要人物である安倍元総理を遺恨によって殺めた個人的な感情によって引き起こした事件なのだと冷静に捉えて判例に釣り合った無理の無い量刑が下されるのを願うよう頭を整理すべきだと思います。

 

これは政治思想による事件ではなく山上被告の安倍元総理に対する個人的な遺恨が原因の事件なのです。

 

安倍元総理の人気はネットやメディアを見ていると今もって高いですが政治家の評価は時間が経ってみないと分かりません。

 

時間の経過と共に安倍元総理への評価も自ずと変わってくるだろうと思います。

 

今の世間の安倍元総理への同情はどうも戦後最長在位の総理という肩書きとネットの愛国保守のイメージ像に対する肩入れが働きすぎており反動による一時的な風潮の様な気がします。

 

ネットでは特に安倍元総理の愛国心のイメージに惹かれているネット民による肩入れが未だに強く見られます。

 

しかし今回の安倍銃撃事件は政治思想犯による犯行では無く統一教会の宗教2世である山上被告が個人的な恨みの念から安倍元総理を殺害したのだから愛国保守派の元総理対社会に不満を持つ危険な政治思想を持つ労働者という思想上の対立の図式で見るのではなく一般国民がたまたま元総理と確執を持ってしまったって感情が暴発してしまった人間対人間の感情の発露という遺恨の図式に頭を変換して考え直すべきだと思います。

 

ならば量刑は桶川ストーカー殺人事件等の判例との比較から20年以下の懲役刑が相当ではないかと思います。

 

山上被告は確かに元総理暗殺というセンセーショナルな事件を起こしましたが保守政治家対危険思想を持つ労働者の色眼鏡でこの事件を見るのではなく統一協会のシンボルと化した絶対的総理対統一協会の被害者である宗教2世の構図に設定し直して統一協会への積年の恨みの感情の暴発による事件と捉え過去の判例に照らし合わせて良く比較して量刑の程度を考えてみるべきだと思います。

 

道理的には山上被告は犯行を思いと留まるべきであったし私も思い留まって欲しかったと思っていますが遺恨が高じて事件を起こしてしまった以上その後は判例と釣り合う判決が下されるべきだと思います。

 

安倍元総理が戦後最長在位の愛国心に溢れる保守派の素晴らしい総理だったという偏った観念が今回の無期懲役判決の根っこにあって判決に影響を与えたのならこれは山上被告側にとって大変不公平な判決と感じます。

 

この事件の裁判が高市政権の時に行われたのも判決に大きく影響した気がします。

 

高市政権を熱烈に指示しているのもかつての安倍元総理の支持者達であるという実態にやり切れない物を感じます。

 

確かにそれでももしこの事件が左翼だの右翼だのといった政治思想によって引き起こされた犯行で元総理に対して政治思想犯が決行した政治テロ事件なら死刑や無期懲役が法律上相当なのだろうと思います。

 

 

しかしこの事件が政治思想による事件では無く加害者対被害者の遺恨による個人対個人の感情のもつれが引き起こしてしまった事件であるのが実態なら無期懲役は桶川ストーカー殺人事件等の判例と比較してきわめて重すぎる量刑でありやはり判例と釣り合う無理のない判決が下されるべきだと思います。

 

 

この事件が政治思想による事件では無く相応の理由のある怨恨による事件であると裁判を通じてわかってきた以上山上被告と弁護団が無期懲役の判決を判例と比較して重すぎる不当な判決と考えるのは当然であると思うし世間もそれを認めて冷静に今後の控訴審を見守る必要があると思います。

 

事件の発端は安倍元総理が統一教会を支援して宗教2世の山上被告を加害したことによる遺恨が原因であり山上被告が統一教会の被害者であるという構図がそもそもの事件の根本原因であり背景であるということを理解しなくてはなりません。

 

殺される程の落ち度だったのかどうかまでは私には良くは分かりませんが安倍元総理が銃撃された原因は山上被告の統一教会への恨みの念が高じた事でありその落ち度はやはり安倍元総理の統一教会への一方ならぬ支援行為そのものであり安倍自民党と統一教会の長年の癒着体質がその根本的な基盤としてあったのだという点に我々国民はもっと意識を集中して見る必要があると思います。

 

日本国民全体が統一協会の被害者である宗教2世の被害実態をメディアで情報収集し十分に知った上で彼らの置かれている立場と気持ちを理解しなくてはならないと感じています。

 

何故山上被告がここまで統一協会と安倍元総理を激しく恨んでしまったのかを理解するためにはこの安倍晋三銃撃事件の背景となっている統一協会問題の実態と自民党安倍派との蜜月関係に迫らなくてはならないと思います。

 

今私が言える事は桶川ストーカー殺人事件の主犯格の量刑が無期懲役だったことと比較すると山上被告の無期懲役は重過ぎるというのが実感という事です。

 

桶川ストーカー殺人事件の方は集団的犯行であるのに対し山上被告は単独犯行であり怨恨による犯行である点が明確に違います。

 

そこには宗教2世にしかわからない統一協会への深い恨みの感情があったのは間違いないです。

 

桶川ストーカー殺人事件の主犯格は理不尽にも逆恨みから21歳という極めて若い女性を集団ストーカー行為で一方的に追い詰め殺害したという身勝手な犯行動機である事により無期懲役と言う量刑であるのならそこから鑑みて統一協会への積年の恨みによるやむおえない感情の暴発によって犯行を起こしてしまった山上被告の量刑が同じ無期懲役というのは明らかに重過ぎで不釣り合いと思わざる負えません。

 

山上被告に下されるべき量刑はやはり良識派の言論人や弁護士が言う通り20年以下が妥当なのではないかと思います。

 

山上被告の犯行は統一協会への深い恨みによるやむにやまれない感情の暴発による犯行であり列記とした怨恨による単独犯行であり殺害したのは一人だけである上前科もなく初犯です。

 

安倍元総理に対する恨みの感情は一部のネット民が言うような逆恨みでは決して無いと思います。

 

山上被告には統一協会の外部の人間には分からない宗教2世としての深い苦しみがあったのは間違い無いです。

 

それを公然と踏みにじる行為を安倍元総理はやっていたのも事実なのです。

 

安倍元総理は統一協会を支援しその見返りに選挙協力を取り付け戦後最長在位の総理として君臨し更に統一教会内では最高位の聖者として君臨して山上被告ら宗教2世達の気持ちを公然と踏みにじって来たのです。

 

それには山上被告ら宗教2世達は絶望のどん底に追い落とされる気持ちでいた事でしょう。

 

 

山上被告にはやむにやまれぬ怨恨による犯行である点を考慮して情状酌量して相当の有期刑にしてしかるべきだと思います。

 

 

この事件の判決は権力に遠い所にいる一労働者である一般国民が最高権力者である元総理を暗殺した権力構造的に非対称的なケースである故に我々個々の一般国民にも将来に渡って見えない形で跳ね返ってくる今後の国家と国民のあり方が左右される非常に重要な問題であるので冷静に見守る必要があると思います。

 

 

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※参考資料

■安倍晋三銃撃事件と良く比較される代表的な判例↓(chatGPTによる解説)

 

①『桶川ストーカー殺人事件』

1999年10月26日に埼玉県桶川市で発生した女子大学生殺害事件で、長期間にわたるストーカー被害への不十分な対応や、報道機関の取材姿勢も含めて社会に大きな衝撃を与えた事件である。被害者の猪野詩織さん(当時21歳)が殺害された後、警察対応の問題が明らかになり、日本のストーカー対策や犯罪被害者支援の転機となった。 

事件の経緯

猪野さんは元交際相手らから執拗なつきまとい、嫌がらせ、中傷行為を受けていた。本人や家族は警察に繰り返し相談していたが、十分な捜査や保護措置が行われず、1999年10月26日にJR桶川駅西口付近で襲撃され死亡した。事件後の捜査で、元交際相手を中心とするグループの関与が明らかになった。 

社会問題となった警察対応

この事件が特に注目された理由の一つは、被害者側からの度重なる相談に対する警察の対応である。後に、相談記録や告訴状の扱いなどをめぐって埼玉県警の不適切な対応が問題視され、複数の警察関係者が処分された。調査報道によってこうした実態が広く知られるようになり、警察組織の責任が厳しく問われた。 

法制度への影響

事件は日本におけるストーカー対策の大きな契機となった。翌2000年には ストーカー規制法 が制定され、つきまとい行為への警告や禁止命令などの制度が整備された。その後も法改正が重ねられ、現在のストーカー対策の基盤を形作った重要な出来事として位置づけられている。 

報道と被害者人権

事件では警察だけでなく、一部メディアによる被害者への中傷的報道や過熱取材も問題となった。遺族は「娘は三度殺された」と表現し、犯人による殺害、警察の不作為、そして不適切な報道による二次被害を訴えた。この事件は犯罪報道における倫理や被害者の尊厳について議論を促した。 

その後と歴史的意義

実行犯らには無期懲役を含む有罪判決が言い渡され、2006年までに刑が確定した。事件は現在でも、ストーカー犯罪対策、被害者支援、警察の危機対応、そしてメディア倫理を考える上で重要な事例として法学やジャーナリズムの分野で取り上げられている。 

 

 

判決

 

桶川ストーカー殺人事件の刑事裁判では、主犯格の被告に無期懲役の判決が言い渡され、2006年に最高裁で確定した。

  • 主犯格(元交際相手の兄):無期懲役(2006年確定)
  • 殺害実行犯:懲役18年
  • 運転役などの共犯者:懲役15年、懲役12年
  • 被害者の元交際相手本人:逃亡先で自殺したため、被疑者死亡で不起訴

裁判所は、長期間にわたる執拗なストーカー行為の末に計画的に殺害に至った点を重く見て、主犯格に無期懲役を科した。