本朝、朝日テレビ系で大谷選手の会見の様子が放映されていた。その中で、大谷選手は全面的に水原氏の発言を否定した。つまり、「スポーツベッティングをやったことも無いし、水原氏がそのようなことを行なっていたことも知らなかった。口座からのブックメーカー(胴元)へのお金の振込は、水原氏が勝手に大谷選手の口座にアクセスして行った」という主旨の発言を行なった。

https://www.youtube.com/watch?v=VcuvM8y5JvI;

 

 


ただ、どのようにして水原氏が大谷選手の口座にアクセスしたのかという点への言及はなかった。その疑問は、水原氏への捜査で解明されなければ、事件は終息しない。通常の選手と通訳の関係では、水原氏が無断で大谷選手の口座へのアクセスし、送金することなど出来ない。問題はこの一点に集約されることになった。

ご存じの方も多いと思うが、通常のオンライン振込の手続きを紹介したい。先ず、アカウントとキーワードの入力を行って口座へアクセし、振り込み先と金額など必要事項の入力のあと、銀行から与えられている端末に確認番号を要求する。その端末に表示された6桁程度の数字を、例えば2分程度の間に入力する必要がある。米国でも同様の手続きが必要だろうから、この手続きを本人の承諾を得ないで行う事は容易ではない。

会見で大谷選手は、どの様にして水原氏が大谷選手の口座にアクセスしたかについては、何も話さなかった。この点については、その場のマスコミ人たちには大きな不満だっただろう。

ところで水原氏の人格だが、学歴詐称していたことは既にしられているが、職歴についても詐称していたようだ。水原氏は自分の職歴として、2010年、レッドソックスに在籍し岡島選手の通訳をしていたと語っていたようだが、それは嘘だったというのである。
https://news.yahoo.co.jp/articles/acea33e2b70677d5026ba367943b6b9b6ce0dfac

そのような人格を考えれば、今回の件が前回記事の補足1に書いたような詐欺事件の可能性もある。

 

詳細は今後の捜査などを待つしかない。そして水原氏がどのように大谷選手の口座に不法にアクセスし、スポーツ賭博の胴元へ送金したかという謎が解かれ、大谷選手の完全無罪が証明されればと思う。


2)6億円あまりのお金の振込先である胴元について


ところで、この胴元マシュー・ボウヤーという男は、FBIにも札付きのワルだと掌握されていた人物のようだ。この人物について、米国在住のブロガーの方が短い興味ある文章をアップロードされている。その主旨をここで紹介したい。


マシュー・ボウヤーという人物は、ニューヨークのマフィアから多額の送金を受けたり、カジノで多額の賭けをするなど、ものすごい人物である。更に、今年初めのFBIによるガサ入れ(2024年1月)の後も起訴されていない。その件、FBI、州は口を閉ざしている。(主旨を曲げずに短縮)

 


大谷ー水原コンビは、とんでもない人物と絡んでしまったという言葉で、この方の話は終わっている。
兎に角、問題解明はこれからである。大谷選手を応援し、その活躍から元気を貰っている一人としては、大谷選手が完全な白であってほしい。 

<以上とりいそぎ>

 

(12:50 引用動画を信用が高いと思われるサイトのものに入れ替え;これまでに追補として入れた信用の低い動画を削除;ここで最終稿とします。) 

 

韓国での大リーグ開幕戦の最中、大谷選手の通訳である水原一平氏が違法賭博でドジャーズを解雇されたというニュースが流れた。びっくりしたのは、水原氏が賭博で膨らませた借金の返済に、大谷選手の口座から数百万ドルが胴元に振り込まれたという話である。

 

問題となった賭博は、スポーツの勝敗に賭けるもの(スポーツベッティング)で、欧米では合法とされる場合も多く、米国では40州位が合法のようだが、カリフォルニアでは違法である。ただ、合法とされる州でも、ブックメイカーと呼ばれる胴元はライセンスを受けている必要がある。もし、ライセンスを受けていないのなら、闇賭博となる。

 

大谷サイドの弁護人が「水原氏に資金を盗まれた」と主張する背景には、もし大谷選手が水原氏の賭博のことを承知の上で送金した場合、賭博幇助という犯罪が成立するからである。 

 

米国AP通信は「ピート・ローズ以来、球界で最大の賭博スキャンダル」と報道している。通算4256安打がメジャー記録のローズは1989年、野球賭博への関与で永久追放処分を受け、36年後の現在も処分は解かれていない。(中日スポーツ)https://www.chunichi.co.jp/article/871609

 

解雇される前日、スポーツチャンネルESPNの記者が “大谷選手があなた(水原氏)に借金分の金を渡したのか?”という質問をした時、水原氏は「大谷選手はお金のことに関して私を信用していなかったので、大谷選手が口座から直接送金した」という主旨の発言をしている。水原氏は翌日打消したものの、大谷選手側の上の主張は何れ否定されるだろう。

 

これは深刻な問題である。恐らく大谷選手は今後大リーグでのプレイが出来なくなる可能性が高いと思う。AP通信がこの件はピートローズ以来のスキャンダルであると言及したことは、MLB(大リーグ機構)が大谷選手の追放の方向に進んでいることを暗示している。

 

1)水原通訳は賭博中毒だったのか?

 

かつて日本ハムで打撃コーチをつとめ、水原一平氏の同僚でもあった柏原純一氏は、「水原一平氏は、日本で通訳をしていたころには、賭博の噂は皆無だった」と困惑した様子で語った。https://gendai.media/articles/-/126258

 

世相徒然ブログは、水原氏がギャンブルに手を出した切っ掛けから今回のケースまでの経緯について、以下のように想像を交えて記している。https://ameblo.jp/docomo1923/entry-12845296412.html

 

水原がギャンブルに手を出したきっかけは、カルフォルニア在住のマシュー・ボウヤーという男に2021年にポーカーで出会ったことから違法賭博に手を染めたという。マシュー・ボウヤーという男はブック・メーカーの運営者らしいが、賭博をめぐる多くのトラブルを起こしたり、マネー・ロンダリングをしたりと相当のワルでFBIに目を付けられていた男のようだ。

そんな男と水原はポーカーをしたという。もうアクションドラマを見ていればおなじみのシーンじゃないか。マシュー・ボウヤーは大谷翔平の通訳として知って水原に近づいてきたのであろう。そして美味しい酒や料理(女もいたかも)や美味しい言葉を掛けられて、ちょと慣れないポーカーをやってしまった

普通は最初は勝たせてくれて、後はぼったくるのであるが、ポーカーでも損をさせて、もっと儲かるよと違法賭博に持ち込んだのであろう。(下線、改行などのアレンジは本ブログ筆者による)

 

私もその想像を共有する。ここで大きな疑問点は、「マシュー・ボウヤ―が単に金目的で水原氏を罠にかけたのか?」ということである。直接大谷選手に罠を懸けるのなら分らないでもないが、通訳経由で大谷選手のお金を狙うなんてまどろっこしいことを、FBIに睨まれているワルが計画するだろうか? 

 

また、仕事が順調であり報酬もたんまり貰っている水原氏が、怪しげな人物の誘いに簡単に乗るだろうか? もっと念入りに計画された外国の政治家に使うような特殊な方法、つまりピンクトラップのような罠を、ある人たちが使ったのではないだろうか? 

 

以下は大胆な陰謀論だが、この事件はMLBか或いはもっと大きな米国の機関により仕組まれた可能性があると思う。その目的は大谷翔平を大リーグから追放することである。何故? 恐らく大谷選手は米国社会においては目障りな存在だからではないだろうか。

 

水原氏が2021年まで全うな人間だったのなら、そして水原氏の証言から、単純な誘いに乘り負け続けて借金が6億円になったという話はあまりにも不自然である。米国文化に詳しく米国で大学教育まで受けていたのだから、危険性も十分知っていた筈である。(補足1)

 

2)大谷翔平選手は米国大リーグにとって迷惑な存在かもしれない

 

大谷翔平選手は、不思議な程お金に対する執着心を示さない。今回の移籍でも、1000憶円を超えると言われる10年間の報酬の殆どを後払いにするなど、米国大リーグ 野球(MLB)が選手の移籍に関して新たなルールを作る必要性を感じている程である。

 

プロスポーツの世界は、選手の契約金や報酬に対する執着を前提に成り立っている。また、能力のある者は多額の報酬を得て、それをゴージャスに使って人々が憧れる生活をおくるということが、米国では自然な姿である。大谷選手は控え目であり、この米国文化にはあまり馴染んでいない。

 

そんな米国にあって、大谷選手は方々に多額の寄付金をバラマキ、金にあまり執着しないで、野球に全身全霊を打ち込む修行僧のように見える。しかもMLBの神様であるベーブルースの記録を塗り替えてしまう。そんな大谷選手は、米国社会とは水と油の関係かもしれない。他の有名選手らは、自分たちもあの修行僧のようにならないといけないのかと、ある種のプレッシャーを感じ戸惑っているかもしれない。

 

そして今、米国では以下のような言葉も聞かれるようだ。「オータニが100%賭博していたんだろう。通訳は代わりに罪を被っているんだ」とか、「オータニが賭博をして、彼の友人であり通訳でもある一平をスケープゴートにしているんだろう。オータニが何も知らないわけがない」等。https://bunshun.jp/articles/-/69750?page=4

 

この件、仕組んだ者がいたとすれば、願ったり叶ったりではないだろうか。或いは、そのような声を中国の五毛党のような人たちにネットを利用して配信させているのかもしれない。

 

このような“陰謀論”を語るのには理由がある。日本でも類似のケースが最近あったからである。それは大相撲からの白鵬追放の動きである。白鵬は、大鵬の優勝回数を上まわる成績を上げ、歴代横綱の最高の成績を残した。白鵬は、日本の相撲の神様的な大鵬の優勝回数を抜き、同じく神様の双葉山の69連勝の記録を塗り替えそうになった。
 

彼が40回目の優勝会見のときに、土俵の脇で万歳三唱の音頭をとった時、彼は大相撲を理解していないと感じた人が多いだろう。ネットなどでもこの白鵬の行動に違和感を感じた人が非常に多かったようだ。https://www.iza.ne.jp/article/20171127-BHQY7HYXWBLVVPROBCPXSZM7JA/

 

白鵬は日本の大相撲での偉大な成績とは裏腹に、相撲界から追放される危険性が高い。今回の北青鵬の暴行事件にたいする監督不行届への処分は、それを利用し白鵬の大相撲から追放することを念頭においたものだろう。白鵬の方にも責任のかなりの部分がある。白鵬は親方として実績を残し、将来的にはなんと相撲協会のトップを狙っている。そして、大相撲の大改革を考えているという。(補足2)そして現在、反社会組織との付き合いの告発も進行中である。https://news.yahoo.co.jp/articles/7ee3adc91f2de7a00fca0ff57f41e43a1af441d0


 

終わりに:

 

今回の大谷選手に予想される大リーグの処分と日本相撲協会の白鵬に対する処分との類似点は言うまでもないだろう。暴行事件の北青鵬は、賭博事件の水谷一平氏である。日本人の感覚では大谷選手に全く罪がないと思う様に、モンゴルの人も白鵬(宮城野親方)に全く罪がないと思うだろう。しかしスポーツベッティングが禁止されているカリフォルニアでは、大谷選手は賭博のほう助罪になる可能性が高い。税法上の罪も、あるかもしれない。一方の白鵬選手は、弟子の監督不行届きは日本では親方の資質が問われるのは自然。しかも、反社会組織との付き合いが取り上げられるかも知れない。大谷選手と宮城野親方はともに、日米両国のスポーツにおける歴史を書き換えた選手であるが、地元の文化には馴染まない存在である。

 

 

補足:

 

1)米NBCテレビが水原通訳が卒業したとされるカリフォルニア大リバーサイド校を取材、大学広報が学校に在籍した記録がないと報じた。(中日スポーツ)そのような男なら、本文に書かなかったが、もう一つの可能性として、ブックメーカーのマシュー・ボウヤーという男と水原通訳が組んで詐欺を働いた可能性もある。その場合、6億という多額の借金に対する不自然さ等多くの疑問が消える。

 

2)2021年10月7日のFlashの記事には、白鵬の取材を長年続けている大相撲ライターの以下の言葉が記されている。

「白鵬は、理事長のポストを目指しています。彼の理想は、相撲をワールドワイドにすること。モンゴルだけでなく、南米、欧州からも弟子の獲得を目指す。さらに、積極的に海外巡業もおこなうんです。その変革を助けるのが、元横綱の朝青龍と日馬富士。彼らを角界に復帰させるのが当面の目標です」https://smart-flash.jp/sports/159248/1/1/
私は、白鵬が大相撲を改革したいと考える気持ちは良く理解できる。しかしそれは、大相撲をスポーツと考えた場合である。大相撲が日本の神事であるという事実から離れて、尚国民から人気を集めることが可能かどうかは分からない。

(21:55、補足1の追加;翌早朝2,3修正で最終稿)


今日は現実的問題から離れて哲学的思考の重要性について書く。一般には、哲学は宗教学とともに難解な形而上学的分野であると考えられ、関心が薄いかもしれない。しかし、本当は、科学も哲学の中から発展した哲学の一部である。実際、自然科学で有名なパスカルやニュートンなどは哲学者としても紹介されている。つまり哲学は、この人間が生きる世界について論理的に思考し探求する学術であり、非常に広く且つ重要である。

 

哲学の歴史等については全くの素人なのだが、それにも拘わらず哲学関連で書こうと思ったのは、日本では伝統が浅く上記のように誤解されていることと、そして、現代は時代の節目であり、哲学的思考が社会そして政治を考える上で非常に大事であることの二つが気に掛かったからである。突っ込みどころ満載かも知れないので、諸賢のコメントをいただければ有難い。

1)和製漢語である「哲学」とその定義

明治時代、日本は西欧文明を受け入れる決断をして、西欧の概念を取り入れる為に多くの和製漢語を創作した。哲学もその一つである。この他、和製漢語には、国家、人民、共和国、平和などの多くの政治用語、科学、化学、物理、音楽、工学、原子、分子などの学術用語、主観、客観、理性、宗教などの日常言語など非常にたくさん存在し、それらの殆どはこの時代に創られた。

和製漢語のリストは膨大である。これらの多くは隣国中国にも輸出され現在も利用されている。これは、清の時代から孫文などが活躍した中華民国時代にかけての中国人の現実主義と度量の広さを示していると思う。https://www5b.biglobe.ne.jp/~shu-sato/kanji/waseikango.htm


西欧語を翻訳し和製漢語として取り入れた後には、思考の傾向やその幅や質などに、そしてその後の日本の文化にも相当影響があったと考えるべきだろう。ただ、それらの原語は元々西欧文化の中で創られたのであり、その西欧文化のある部分が日本に定着しなかったとすれば、それらの言葉も誤解されている可能性が高い。

その誤解された和製漢語の中の重要な一つが、「哲学」だろうと思う。哲学は英語のphilosophy(ドイツPhilosophie)からの翻訳であり、好きであるという意味のphilと知或いは知恵を意味するsophyとの合成された言葉である。

ロシアを含めてヨーロッパやアラブ圏などでも日本語の哲学に相当する言葉は、語源的に英語と同じくphil(好む;愛する)とsophy(知、知恵)の合成、つまり「知を愛すること」を意味する。つまり、ユーラシア大陸の広い範囲でphilosophyという言葉に共通の理解がある。(補足1)

一方、日本では、「(明治時代に)西周(にし あまね)が賢哲の希求という意を表すため希哲学と訳したが、やがて哲学という訳語が用いられるにいたった。世界・人生の究極の根本原理を追及する学問(広辞苑、第二版)と理解されている。何故そんなに日常あまり用いない漢字を用いて、型ぐるしい分野に押し込んだのか? philosophy=愛知で良いのではないのか? 

この日本のphilosophyに対する取り扱いに違和感を感じる。(補足2)この定義だと、哲学は形而上学であり、古代の自然科学を産んだギリシャ哲学の足跡のかなりの部分が消えていると感じるからである。西欧のphilosophy に存在する、何かについて前提を置かずに理解する(=何かについての知る)という意味から遠いからである。何故、知を愛する「愛知」が用いられなかったのだろうか?(補足3)

勿論、西欧でもphilosophyという概念は、古代ギリシャ時代の時代の非常に広い意味から現代の人文科学的な分野に変化してきたのは事実だが、それでも何かについての知を追求するという元々の意味がphilosophyという言葉に保存されている。


2)思考における3つのレベル

伊藤貫氏は何本かの動画で、思考する場合に思考の枠組を設定するのが普通であり、それには3つのレベルが存在すると話していた。(補足4)それぞれ、policy level(戦術レベル)、paradigm level(パラダイムレベル)、philosophical level(哲学レベル)という様だ。因みにパラダイムとは学術等の分野を意味する。

私なりの理解を記すと: 全く未知の事や物を解釈するには、出来るだけ広く思考の枠を設定する必要がある。その一方、既知の物や現象の変化等の解釈では、専門分野の狭い思考の枠を設定した方が能率的である。その思考の枠を狭い方から順に、戦術レベル、パラダイムレベル、そして哲学レベルと呼ぶのである。

 

何か未知の物事を理解するために哲学レベルの思考の枠を採用する場合、原点から何の前提を置かないで、まず議論或いは思考に用いる言葉の定義の確認から始める。そして広い知識と深い洞察力を持つ賢人が出来れば複数で議論し、論理展開に誤りがないかどうかをチェックしながら思考することが必要となる。

論理に誤りがなければ、思考の枠が広い程導き出したその物事に関する理解はより確実となる。戦術的思考では、その分野の専門家の議論だけで可能となるが、情況が大きく変わった場合や長期の予測では根本的間違いを犯す可能性がある。

 

高度に組織された現代世界の長期の傾向の予測は、一般に困難である。特に、現在のような大きな時代の節目で、世界政治の進行など考える場合には、原点から根本的に問題を考える哲学的思考が不可欠だろう。そして、専門分野の境界を撤廃し、広い知見を同じテーブルに乗せ、異なる分野の専門家が分野間の正しい情報伝達にも注意して、集団で思考するシンクタンク的な思考が必要になるだろう。

現在あちこちで発生している戦争を考える場合、それら戦争は多民族間(異文化間)の争い(或いは或いは付き合い)だが、戦術的思考だけでは、その意味や進展に対して確かな予測が得られないと思う。これが思考の枠組みという考え方と哲学的思考(の枠組)の重要性である。



終わりに:


現代、世界は時代の節目に差し掛かっている。国際政治は近代西欧文明の枠組みで考えるのが普通だったが、その枠組みでの常識は通用しなくなった。何故なら、西欧の近代が築いた文化が米国を中心に破壊されようとしているからである。ある有力な(少数)民族が国際的に力を持ち出し、その内層での激しい動きが遂に国際政治の表舞台に出るまでになったのである。(補足5)

この米国の情況は、一言で言えば文明の終焉でありその基礎にある言語の破壊とも言える。男女、結婚、国家、戦争、法、人権、司法、歴史など、全ての概念が現在の米国ネオコン政権により破壊され、そしてその動きがグローバルに展開されようとしている。LGBT法など、何の哲学思考なく国会を通したのは、日本国の言語文化の貧困と哲学の欠落を示していると思う。

 

日本は、令和の時代を生き残るために先ずこれらのことに気づく必要があると思う。


補足:

1)哲学に相当する諸外国での単語を、言語名或いは国名とペアで示すと、英語philosophy;フランスphilosophie;ドイツPhilosophie;イタリアfilosofia;トルコFelsefe;スペインfilosofía;ロシアфилософия(filosofiya);ギリシャφιλοσοφία(filosofía);アラビア語falsafaである。これらは、phの表記がф、φ或いはfに変化するが、英語と同じphil「好む」とsophy「知」を合成した概念で「知を追及する(好む)こと」を意味する。philは、一般には「愛する」の意味とされる場合が多いが、本文で「好む」とした。それは、日本語の「愛する」は、対人心情を表す意味が濃いからである。勿論、若い世代では「愛する」の意味も、定年後の世代でのようには“湿った”意味が少ないので一般的表現にした方が良いかもしれない。

2)東アジアではエリート層が知を独占する文化がある。愚民統治の伝統である。例えば、仏教でも儒教でも、日本の教育は重要な文章を丸暗記させることを重要視する。一方、西欧ではギリシャでも中東でも、重要な言葉についてはその真意から伝達しようとする。聖書と仏典の大きな違いは、そこにある。恐らく西欧には奴隷制度があり、そこからの解放があった。しかし、東アジアではその代わりに愚民政策があったのだが、そこからの解放されたという文化を一般民は持っていない。

 

3)愛知県の愛知は、哲学の意味ではない。愛知県のHPに、「万葉集巻三の高市黒人の歌「桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮干にけらし鶴鳴き渡る」に詠まれている、「年魚市潟(あゆちがた)」の「あゆち」が「あいち」に転じたと言われている」と書かれている。

 

4)何かを分析する場合、言葉の定義、設定する条件や前提、何を解明するかという思考の目的を明確にする。これらは通常の科学論文では序文(introduction)として記す。実験系の分野では、用いる装置な物質などを書く部分が続く。これらの設定がここでの「思考の枠」に相当する。文系では、例えば「不景気」という言葉を議論に用いるには、厳密な定義を示さないと、思考が進まない。

 

5)最近、米国左翼の地区検事の下では、日本円で15万円程度の万引きは軽犯罪であり即日釈放される。或いは、これも度々引用するのだが、ユダヤ教のラビ(つまり先生)である サイモン・ウィ―ゼンタール・センター のアブラハム・クーパー副館長が、新潮社編集部の取材で、広島と長崎への原爆投下について、「率直にお話ししますが、個人的に言うと、私は原爆投下は戦争犯罪だと思っていません」(「新潮45」2000年12月号)と語った。ハーグ陸戦条約とか国連憲章とか、近代西欧が築いた政治文化などを前提にしていては議論など出来ない。そのような言葉が出るのが時代の節目なのである。「ロシアのウクライナ侵攻は国家主権の侵犯という国際法違反であり、それ故ロシアが悪い」などという日本の右派の人々の言葉が如何に浅薄なものかわかるだろう。

(15:00、編集)