1)地球サミット2012 (リオ会議)でのパラグアイ大統領の挨拶が衝撃的だとして、昨夜のテレビ番組のMrサンデーで取り上げられていた。早速、日本語訳のサイトがあったので見てみた。http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/
 
ムヒカ大統領が指摘するのは: この地球は、現在の西欧型消費社会では全世界の人口70億人を養うことができないこと; 現在の資本主義経済は、大量消費を駆動力にして“無駄に”資源を浪費していること; そして、世界中の人たちはその社会の仕組みに疑問を持たない上に、それをグローバルに広げてしまっていること、などである。
 
“我々は幸せを求めているのであって、大量消費を求めているのではない。残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄の議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?”とムヒカ大統領は問いかける。
 

ムヒカ大統領は結論として、“水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということです”と主張する。

テレビでは最も衝撃的なスピーチという紹介だったが、このムヒカ大統領の指摘と疑問は昔から言われていることであり、特別新しいことではない。2004年にノーベル平和賞をもらったケニアのワンガリー・マータイ氏は、モッタイナイという言葉を利用して、大量消費社会を批判した。その原因を我々の生活スタイルと社会システムに求めたところは、表向きにはマータイ氏の主張と異なるが、それは既にだれしも気づいていることだと思う。
 
それを解決するシステムとしては、既に“共産主義社会”(補足1)という考えが人類にプレゼントされている。しかし、不均一に経済発展し、且つ、既に定員越えの地球では、物理的に採用不可能である。更に、物理的に可能な情況下でも、人間の遺伝子が、食欲や性欲と同様に労働欲をもっていない以上、そして、他人の幸せを自分の幸せと同等以上に考えられるように作られていない以上、その導入は無理である。具体的な社会像がない限り、ムヒカ大統領のスピーチは先進国批判以外の何物でもない。
 
2)この種の思想の標的になって具体的な攻撃があった場合、大きな打撃を受けるのは、資本主義社会の恩恵をどこの国よりも受けている日本国である。日本の人口は明治初頭で3500万人位であった。人口増加の問題解決のために日本政府は、外国への移住推奨と植民地の獲得という解決法をとった。しかし、それは失敗に終わった。
 
その歴史や現在の食料自給率(約50%)やエネルギー自給率(原子力を除くと、約5%)を考えると、”ムヒカ大統領式”の近代的な耐久消費材や住居を諦め、且つ、抑制した消費生活をおくる生活パターンでも、日本国内で養える人口は、その明治初頭の値以上ではないだろう。そこで、明治以降西欧先進国に倣って、資本主義経済における発展を戦後の国策として採用した。それは、現状成功していると言える(補足2)。
 
我々日本人が、十分な食料を得、水洗トイレとユニットバスを使い、一人一部屋の住居に済み、冷暖房を用いて暮らすためには、資本主義経済の競争で世界の市場のシェアを一定以上獲らなければならない。その結果としてのみ、十分な食料とエネルギーを海外から得るために、”日本円”の価値を一定以上に保つことが可能なのである。
 
人は社会において、より良い待遇を求めて他人と競争し、より良い暮らしを求めて働く意欲を生み出す。そのような競争における敗者、個人、部族、そして、民族を切り捨てて来たのが人類の歴史のミクロな姿であると思う。現在でもそれは続いており、地球温暖化や地球環境破壊の防止における国際協調は、エネルギー消費を増加させないという経済競争の枠組設定であり、経済における国際協調の枠組み設定ではない。
 

「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄の議論は、そもそも歴史上も遺伝子上も存在しない。残念だが、人間を含めて生命の本質は自分の子孫を残す生存競争であると思う。世界の指導者たちは、“友好”とか“協調”という言葉は、競争や攻撃の為の時間稼ぎに使われてきたことを忘れてはいないだろう。現実主義の世界の指導者たちから無視されても、ノーベル平和賞はもらえるかもしれないが。。。

 
補足:
1)大量消費を抑えるような協調を、国レベルが単位となって国際的に行うには、共産主義社会しかないだろう。他にあれば教えて欲しい。ムヒカ大統領は共産主義運動の再開を言っているのだろうか?
2)保育所の抽選落ちた女の人が、「一億総活躍社会をめざす筈じゃなかったのか?日本死ね」などと不満を言って話題になった。しかし、彼女は、現在日本の経済情況は既に諸外国と比較して非常に恵まれており、それは我々の祖先が必死に頑張って築きあげたものであることを、全く知らないのである。
1)女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を明らかにすることは、この犯罪の実相に迫る上で欠かせない。少女は、検査入院していた病院を28日に退院していて、東京中野の寺容疑者のアパートから逃げた理由について、両親と会いたいという持ちが高まったと話しているという。警察は、“情報提供を求める両親の姿を伝える報道を、インターネットなどで少女が目にして、逃走を決意した可能性もある”とみているらしい。
 
これが事実であるとした場合、少女の発言内容は重要である。つまり、その犯人との生活が日常化しており、その生活を異常に感じる感覚が、監禁が長期になるに従って弱くなっていったのだと思う(補足1)。ストックホルム症候群という言葉で説明できるのかもしれない。つまり、暴力的に監禁したのだが、生活をともにし時間が経過するに従って、心理的連帯感が生じたのである。
 
2)ここから突飛なことを言い出すが、是非読んでいただきたい。つまり、この少女の置かれていた状況と現在の日本国の状況が似ていると言いたいのである。
 
米国に占領されたあと、独立国として再出発するべき最初の段階において、日本国は国家機能の大きな部分である「防衛と外交」を、米国に「日米安保条約」という形で渡した(補足2)。日本は、独自の外交ができなくなったのだが、その状況は自由に外出できない少女の状況に似ているのである。「少女は、途中で逃げ出すことができただろう」と対応するように、「日本は、安保条約を止めることが1970年にできたのである」。
 
しかし少女は逃げなかったし、日本は“日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約”の解消を通告しなかった。そして、日本と米国の間には“奇妙と言えなくもない連帯感”が生じた。その結果、独自軍を持つことに反対或いは無関心な勢力が、国会において多数を抑えた。彼らにとって、米国大統領候補のトランプ氏が言及している“日米安保条約の解消と核兵器の保持容認”など論外である。官房長官も、「米国の大統領にだれがなろうとも、日米安保体制を中核とする日米同盟は、我が国外交の中核をなす」と言い出す始末である。米国大統領が日米安保条約を止めると言った場合、どうしてそれを日本外交の中核とするのか? http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42722848.html
 
安保条約は、独自に核兵器を持たなくても良い(米国の視点では、核兵器を持たさない)ことと対になっている。そのことを明確に指摘した文献として、例えば米日財団のジョージ・パッカード氏による安保改定50周年セミナーの予稿集がある。http://www.nids.go.jp/event/other/just/pdf/03.pdf その講演でパーカード氏は、安保条約は永遠には続かないことを強調している。いろんな昨今の情況もあるが、その理由の第一は、日米安保条約は二つの主権国家間の条約から出発したわけではないことである(補足3)。 

 従って、核保持反対は安保解消反対とほとんど同義である。この反核兵器の感覚を、田中宇氏の今日のブログ記事http://tanakanews.com/160402trump.htm
にあるように、自民党多数も民主党などと共有しているのである。つまり、日本政府はストックホルム症候群になっている。上記日米安保改定50周年セミナーでは、興味ある講演が多いのだが、日本人の講演においてこの条約の廃止が全く触れられていないことを、指摘しておきたい。
 
3)核兵器に対する強固な忌避感情は日本人に特有である。その理由の一つは、広島と長崎における被曝体験である。その結果、核兵器を落とした米国ではなく、その原因となる戦争に踏み切った日本政府を、そして核兵器そのものを憎んでいるのである。この核兵器を憎む、或いは、聞いただけで恐怖を覚えるというのは、言霊に怯える民族の遺伝子の所為である。しかし長くなるので、井沢元彦氏の文献を引用することで、この文章を閉じる。(井沢元彦、「なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないのか—新言霊論」、祥伝社新書2012)
 
補足:
1)ある社会学の教授⁉による”女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を問うことは暴力である”という記事もある。http://bylines.news.yahoo.co.jp/sendayuki/20160330-00055993/ しかし、私にはトンチンカンな考えに思える。
2)防衛は外交を決める基本要件である。防衛を米国に頼った以上、自主外交は存在しない。
3)つまり支配下にある少女と拉致犯人との約束のようなものである。講演要旨の中から抜粋する。But I would suggest to you that we cannot simply assume that it will survive into the indefinite future. I say this for the following reasons:
● The original treaty that entered into force in 1952, predecessor tothe current treaty, was negotiated between a victor nation and a vanquished,occupied nation, not between two sovereign states.
安保条約は未来永劫続かないことをあなた方に言いたい。その幾つかの理由は以下の通りである。その第一:1952年の元の条約は勝利した民族と占領された民族の話し合いの結果持たれたもので、二つの主権国家の間のものではないことである。
日本の国会議員はパッカード氏の講演要旨全文を読むべきである。
1)今朝(3/31)の読売新聞によると:
岸田外務大臣は4月10日から広島市で開催される先進7ヶ国外相会合で、核軍縮・不拡散を推進するための「広島宣言」を発表することを明らかにした。G7外相会合では、核兵器を保有する米英仏を含む各国外相が平和記念公園で献花し、平和記念資料館を訪問する方向で調整を進めている。
岸田外相は「広島宣言という文書を発表したい。初めて被爆地で開催されるG7外相会合なので、今しぼんでいる核兵器のない世界に向けての機運を盛り上げるメッセージを発信したい」と述べた。
 
私が最初にこの記事を読んだ感想は、「この外務大臣は政治家なのだろうか? 単なる夢想家ではないのか?」というものであった。なぜなら、核兵器廃絶は世界政府ができない限り実現しないと思うからである。現実を見ればそれは明らかである。核兵器が米国で発明されて以来、核保有国が増加し続けている。そしてその理由は、ちょっと考えれば直ぐ解る。つまり、核兵器保有国を近くに持つ場合、核兵器の保持以外の方法で核抑止力を持つことが極めて困難だからである

また、出すのなら、英米仏の核削減計画と、中国やロシアなどの核兵器をどのように削減させるかの、それぞれ具体策を添付しなければ全く意味がない。言葉を虚空に投げるような宣言を出して、何の意味がある。

外務大臣は、G7(英、米、仏、独、伊、加、日)の中で、最も核兵器の脅威に晒されている国は何処だと思っているのだろうか。それは明らかに、中国や北朝鮮の核兵器の脅威に晒されている日本である。その二カ国が参加しない会議で、そのような声明を出すことにどのような意味があるのか?インドやイスラエルは日本国民を気の毒に思ってくれるかもしれないが、中国や北朝鮮は薄気味悪く笑うだけではないのか。
 
また、そのような宣言を出すことは、日本が核保持のオプション放棄を宣言することになる。現在最も核抑止力を必要としているのは日本、韓国、台湾の順である。そして、核兵器の脅威は核保持でしか除去できないのだ。もし、米国が孤立を目指し、且つ、世界の多極化を許すのなら、日本の核抑止をどう実現するのか?ミサイル防衛スステムは、米国の専門家も完璧には程遠いと証言している(以下に引用する)ので、それ以外のオプションを具体的に示すべきである。
 
2)G7外相会合でそのような「広島宣言」を出すのなら、岸田外相には中国と北朝鮮の核の脅威に対して、どう対処するかを明らかにしてもらいたい。米国のミサイル防衛システムが完璧には程遠いだろう。湾岸戦争で米国のパトリオットはスカッドミサイルを全く打ち落とせなかったこと、細長いミサイルが軌道上で回転して的が絞れないこと、THAADでも囮弾と実弾の区別がつかないなどの弱点が議論されている(ウイキペディアのパトリオットミサイルと下記サイトを参照)。http://english.hani.co.kr/arti/english_edition/e_international/697543.html

韓国の新聞に、THAADなどのミサイル防衛システムがたとえ配備されたとしても、システムそのものの有効性に対する疑問とともに、多額の負担金に関する心配などが報道されている。http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/23681.html
 
米国が核兵器に対する防衛の基本としているのは、当然核兵器による反撃だろう。米国に核反撃を受ければ当該敵国の滅亡は確実なので、通常の場合は核兵器保持だけで核抑止力がある。しかし、国家的な自爆テロ(国家滅亡を覚悟の上での攻撃)には、核兵器保持だけでは核抑止力にならない。そのような彼らの視点で異常な国家(北朝鮮、補足1)を対象にした核抑止力が、ミサイル防衛(MD)システムであると思う。最初の一撃をMDシステムで打ち落とせば、あとは核報復で敵国を完全破壊できる。米国は、この二つの抑止力で完璧を期しているのだろう。それは米国などの核保有国にのみ有効な理屈だろう。
 
そもそも、鉄砲の玉から身を守るために、発射された鉄砲玉を撃ち落とすという技術が完璧に働くと考える方がおかしい。最新型であるTHAADシステム(補足2)を、日本や韓国などの同盟国が買うことは、米国の防衛産業の防衛には非常に有効だろう。そのためには、北朝鮮の脅威は好都合である。北朝鮮から核兵器開発を朝鮮戦争の終結という形で阻止できたにもかかわらず(補足3)、放置して北朝鮮に核兵器を持たせた魂胆はそのあたりにあるのではないだろうか。
 
3)何故、日本の政治家はこれほど頼りないのか?その答えは、マッカーサーにより無害と判断された政治家の二世三世議員が日本の与党の政治家群を構成するということにある。他のタレントやスポーツ選手出身の政治家は、更に頼りにならないだろう(補足4)。
 
例えば、岸田外務大臣は3世議員である。父の岸田文武(以下敬称略)は元衆議院議員で、祖父岸田正記も元衆議院議員。参議院議員の宮沢洋一は従兄弟であり、伯父の宮沢喜一元首相の地盤を継いだ。宮沢喜一元首相の弟の宮沢弘は元法務大臣で、お祖父さんは元鉄道大臣の小川平吉。小川平吉の長男の小川一平は元衆議院議員で次男小川平二も文部大臣などを歴任。(以上ウイキペディアによる)宮沢喜一元総理は、非武装を宣言した憲法を守ると証言している(片岡鉄哉「日本永久占領」472頁)。
 
このような世襲政治家が非常に多いことを、国民はどう思っているのだろうか? 一国の大臣はその国の天才的人物がなって然るべきであるが、世襲でどんどん天才を生む家系などこの世に存在しない。第二次安倍内閣が出発した時の大臣の50%が二世議員だったという記事がある。http://blogos.com/article/96845/ バカバカしい限りである。
 
補足:
1)米国は、その他にイスラム国などや昔の大日本帝国などを想像するだろう。米国(など覇権国)は、「完全降伏か、それとも死か」という選択を相手に迫ることは、自爆テロ的反撃を生む可能性があることを想像できないのだろうか?
2)高度100kmから高速で落下してくるミサイルにも対応できるという。しかし、囮と本物の区別ができないなどの弱点があるという。
3)菅沼光弘「守るべき日本の国益」5-6章、特に230頁参照
4)例外もある。アントニオ猪木議員のイラク人質解放での功績は忘れてはならない。また、北朝鮮からの人質解放でも相当努力されたようだ。https://ja.wikipedia.org/wiki/アントニオ猪木