今回のブログ記事は、先日のG7サミットでの議論や結論を批判した近現代史研究家の渡辺惣樹氏のyoutube動画「イタリアG7「戦争サミット」・最後の「おバカさん」会議」を批判した内容である。勿論、G7サミットを高く評価した訳ではなく、もっと真相に迫る内容にしてほしいという意味である。この件に関する本ブログの結論は、現在の世界政治の解釈には前回記事に書いたような広い分野に立脚するもっと大きなモデルが必要だということである。

1)イタリヤ・プーリアでのG7サミット首脳に対する渡辺惣樹氏の批判


6月13日から15日にかけてイタリア・プーリアにてG7サミットが開催された。議題及び参加者・招待者については外務省のHPにある。https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/pageit_000001_00752.html

最重要課題と考えられるウクライナ支援についてはウクライナのゼレンスキー大統領の参加もあって、長期に渡る支援が合意された。https://it.usembassy.gov/fact-sheet-the-2024-g7-summit/

中でも注目されるのは、西側で凍結されたロシアの金融資産の利子分をウクライナ支援金に充てるなどの決定である。それらは、G7諸国とロシアとの関係悪化をより一層深めるものである。このことは、G7首脳たちはロシアとの和平など全く考えていないことを何よりも明確に示している。

これらの決定の理由については、上記米国外務省及び現地領事館からの公表文書やホワイトハウスの “イタリアでの米国とウクライナの二国間会議で決定された協定に関する文書”に書かれている。
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2024/06/13/bilateral-security-agreement-between-the-united-states-of-america-and-ukraine/

要するに、ウクライナの対露戦争はロシアの侵略からウクライナの自由と民主主義を守るための戦いであるとし、G7がウクライナを支援する理由はウクライナの安全はヨーロッパ大西洋領域の安全に不可欠であるからだとしている。

ただこの論理は、米国がソ連崩壊後、NATOを利用し且つウクライナの内政に介入する形で進めたウクライナの対ロシア前線基地化と、そこからのロシアへの軍事圧力強化という経緯を考えれば既に破綻している。つまり、ウクライナの受けてきたロシアからの脅威は、ウクライナを経由して米国がロシアに与えていた脅威の反射或いは反作用である。

ウクライナに対するロシアの脅威を排除するもっとも有効な方法は、2014年米国が深く関与して現職のヤヌコビッチ大統領をウクライナから追い出したクーデター(マイダン革命と呼ばれる)の時から変わっていない。米国がウクライナに対する軍事的関与を止めることである。これは、今日にも実行可能であり、1ドルも掛からない。トランプが、自分が大統領なら24時間以内に戦闘を止めることが出来ると言った背景にはこの事実が存在する。米国は何故実行しないのか?

近現代史研究家として著名な渡辺惣樹氏は、この会議を「本来なら如何にして世界を平和にするかを話し合うべきですが、ウクライナ支援の継続を決め、相変わらずロシアを問答無用の悪者に仕立て上げる会議でした」と総括する一方、そこへ参加したG7首脳をお馬鹿さんと評価した。www.youtube.com/watch?v=OkbIeBgqQLc

 


これは誤解を招く内容の動画である。渡辺氏は以下のようにも言っている。「集まった(首脳の)面々の一人でも正常な精神そして憐みの精神があれば、戦争継続で苦しむウクライナそしてロシアの国民の気持ちを慮ることができた筈。核戦争にもなりかねないこの戦いを局地戦として封じ込めながら、如何にして早期に終結させるかを語ることができた筈です。責任ある世界の指導者であれば、その為の知恵を出さなくてはいけなかったのです」と。

しかし、米国が明確な意図(ロシアの弱体化)をもってウクライナの内政に関与し、ロシアに軍事圧力を掛けたことが始まりなので、米国がNO1の覇権国である限り、他の国には米国を諫めることなど出来る筈がない。米国が止めようと思えば、ウクライナへの軍事関与を止めればよいだけであり、米国だけの決断ですぐ出来る。7か国の会議など不要である。

つまり、このG7首脳に対する渡辺氏の評価は基本的に間違っている。英米以外の5人の首脳は、世界の政界に並び力のある7ヵ国の首脳の会議という”イカさま劇”を演じさせられただけである。G7の範囲では、米国は唯一無二の巨大強大国家であり、他の6ヵ国はその取り巻きに過ぎない。勿論、英米首脳の二人も、自分の地位と安全のために動いているだけだろう。彼らはお馬鹿さんなどではない。単にバカ芝居の演技を強制させられただけである。

つまり、G7の内英米以外の5ヵ国首脳の“バカな演技”は、それぞれの国或いは個人に掛けられた米国の方向からの強力な圧力或いは脅しの結果だろう。どの国でも米国と一対一の形で制裁されれば、その経済は破壊される。個人への脅しとしては、確証はないものの日本で2年前の7月8日に起こった事件を思い出す。

いつも米国の政治について有益な議論を動画でアップしている渡辺氏なので、今回の動画は非常に残念だった。


2)「G7の首脳は愚か」なのか?

この命題(「」内)が「偽」であることは既に書いた。その理由をもう少し丁寧に考察する。

渡辺氏は動画のすこし後の方で、2022年3月にトルコが仲介してウクライナとロシアとの停戦合意が実現しそうになった時、英国ジョンソン首相がウクライナに乗り込んでそれをつぶした件に言及している。

ジョンソン首相(当時)個人に元々そんな能力や権限があると考える人は居ないだろう。得体の知れない何者かが彼を動かしたのであり、そのようなか企みが可能な巨大な力の存在を知れば、英米以外の国の首脳たちには、もしこの歴史の流れに竿させば、ウクライナが経験している困難な情況と同程度の情況に自国が陥った姿が頭をよぎるだろう。(ただ単に自分と家族の安全を考えるだけのバカ殿もいるだろうが。)

我々市井の素人が研究家や評論家たちに期待するのは、その陰から巨大な力を英米の首脳に対して働かせる何者かに対して、それを明らかにし告発する議論であり、G7の首脳はお馬鹿さんであるという風に問題を矮小化し、その場での小さな稼ぎを得ようとする姿勢ではない。

トルコの外相が、「NATOの中にはウクライナ戦争を長引かせたい国がある」と発言したことはその時広く世界中に伝えられている。その時の発言を遠藤誉氏が書いた記事からコピペして以下に示す。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/1efdbe2b0f9da5cdcb277e5e5fd4327e9f1098c1

NATO外相会談を通して、私はある印象を抱くに至りました・・・つまり、いくつかのNATOメンバー国は、戦争が長引くことを望んでおり、戦争を長引かせることによってロシアを弱体化させようと思っている(=ロシアを弱体化させるためにウクライナ戦争を長引かせようとしている)ということです。

更に遠藤誉氏は、レーガン政権時の外交アドバイザーが「米国政権はロシアの弱体化のためにウクライナを戦わせている」と述べているという、米国保守系ウエブサイト「The American Conservative」の記事を引用している。https://www.theamericanconservative.com/washington-will-fight-russia-to-the-last-ukrainian/


つまり、渡辺氏が考えるウクライナ戦争などの世界の混乱は、実はあるシナリオに沿って進められており、米国や英国がその作戦実行を担当しているのである。陰から或いは地下から巨大な力を行使してこの戦争を英米に指示している本体は明らかになっていないものの、ウクライナを米国の代理とする米露戦争であるというこの戦争のモデルは、今や世界の常識であり、渡辺氏も過去何度も語っていた筈である。

何故、何十万人というウクライナの青壮年を犠牲にしてでも、或いは何十兆円という米国資金を使っても、この戦争を続ける必要があるのか? その謎が解けないので、日常的な「平和が大事である」とか「人命には最大限の配慮をすべきだ」などの価値基準で、無理やり分析して出した安易な結論が「G7首脳のお馬鹿さんたち」なのだ。

日本の多くの評論家も、「何故、米国ネオコン政権は執拗にロシアの弱体化を多大な犠牲を払って実行するのか」という謎を解くこと、或いはそれを説明する有力なモデルが設定できないので、このウクライナ戦争の真実について知ることが出来ないのである。というより、そのようなモデルを完成している人は大勢いる。ただかれらはマスコミにも出ないし、ネットでも蚊の鳴くような声で発信できるに過ぎないのだ。日本でも米国でも、マスコミは既存勢力に支配されており、隠ぺいするように働いている。(追補参照)

この様なモデルを構築するには、思考上の障害を幾つか取り除く必要がある。例えばそれは、「人は平和を望む存在である」とか、「責任ある世界の指導者は、世界平和の実現に貢献するのは当然である」などの“お経”から、自分の頭と心を解放することである。(補足1)つまり、思考のレジームを現代政治のパラダイムに置くのではなく、哲学的思考に戻る必要がある。筆者は前回のブログ記事でそのモデル(勿論真実かどうかはわからない)の一つを示した積りである。


追補: ウクライナ戦争の解決は、トランプが次期大統領に就任すればある程度期待できるだろうが、今後半年間に彼に何か大きな困難が起こる可能性がある。また、すでに多くの個人的な圧力が掛けられている筈である。ただ、米国にはウクライナ戦争の真相を語る人物もいる。例えば、シカゴのミアシャイマー教授やタッカーカールソン、ウィキリークスやプロジェクト・ベリタスなどの団体である。それが米国の偉大な点である。

 

因みに、ウクライナのゼレンスキー大統領も戦争をやめたいかもしれない。国際政治評論家である田中宇氏は、最新のメルマガで、最近ハンガリーのオルバン大統領がゼレンスキーを訪問した後ロシアを訪問してプーチンと話し合ったのは、ゼレンスキーからの依頼でロシアとの仲介に乗り出したという説を主張している。

 



補足:

1)お経とは、古い常識の意味である。原点思考・哲学的思考をするには、つまり日常的な思考から哲学的思考に移動するには、意図的に日常採用している思考の枠組みを排除することが必要である。それがここでいうお経から自分の頭と心を解放することの意味である。


以下は筆者の頭の中にある現代世界政治のモデルを記述したフィクションです。ただ、固有名詞は現実のものなので、現代の世界政治の理解に役立つかも知れません。安倍総理暗殺を題材にした柴田哲孝著「暗殺」に似た性格のものかもしれません。出来は今一かもしれませんが、適当に読み飛ばしてください。


以下本論:

産経新聞によると、岸田首相は7月2日ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)のクラウス・シュワブ(Klaus Schwab)会長の訪問を受け、日本政府のダボス会議との連携を深めたいとする意向を伝えた。世界経済フォーラムはグローバリストたちの活動の表向き根拠を世界に発信するプロパガンダ機関である。 https://www.sankei.com/article/20240702-SBZE7TPGF5NGBBMMQ2UKXZSSVQ/

 

WEFは、世界が現在抱える数々の問題を改革するには、政治・経済の構造を抜本的に変える”グレートリセット(以下GR)”が必要であると主張している。WEFの背後には、世界の大企業を支配する(ユダヤ系資本家を中心とする)国際金融資本のグローバルエリート(以下GE)が存在し、GRはその人たちの世界改造へ向けた戦略のキャッチコピーのようなものである。

日本の岸田内閣は数兆円のウクライナ支援や無意味なロシア制裁など、グローバリストたちに支配され売国政策を続けている。その事実とグローバリストの陰謀(的戦略)とについて記すのが本稿の目的である。陰謀があれば、現象の多くは地下深く隠れている為、その議論は必然的に陰謀論的になる。彼らグローバリストたちはマスコミを支配下に置き、陰謀論という言葉を防御壁にして、その陰謀を隠してきたのである。



1)グレートリセット(GR)は既にスタート

世界が抱える問題としては、地球資源に限りがあること、増加する化石燃料消費による気候変動(補足1)、地球規模の流行病(パンデミック)問題などがある。WEFは公にはしていないが、これらの問題の原因は地球人口の急増であり、彼らGEたちの真の目標はその解決の為の地球人口削減だと思われる。(補足2)最近のパンデミックが屡々プランデミック(計画したpandemic)と言われるのは、この手段でもあると考える人が居るからだろう。


WEF首脳は決して公にはしないが、上記目標達成のために武力による世界統一と世界支配を考えている筈である。GRを旗印とする世界改変或いは世界戦争はそのプロセスを円滑に進めるための入口であり、それは既に始まっているのだろう。

WEFの中心とその仲間たちは、世界の国々を三つに分けている。それらは、①手ごわい敵国、②利用できる国、③自分たち仲間である。①にはロシアやイランが入るだろう。②にはウクライナをはじめ西欧諸国、東アジアでは日本・韓国・台湾などである。③はおそらくイスラエルとその仲間だろうが、この篩分けはGRから世界再興を経て明らかになるだろう。

シュワブが早期に北京をWEFの活動拠点に選んでいることは、江沢民までの中国型資本主義は彼らのGR後の世界のモデルだったからかもしれない。(補足3)更に、共産党独裁国中国を抱き込むことが、上記革命の近道だと考えたのだろう。習近平の中国については、上記篩分けは未だ全くわからない。①かもしれない。

GRの謳い文句は、「株主資本主義から利害関係者(ステークホルダー)資本主義へ世界をリセットする」である。何の具体性もない共産主義童話のようなこのフレーズは、同志集合のための旗印であり、上記篩分けの道具でもある。

本節サブタイトルは、GRがプーチン大統領の支配する民族主義ロシアを消滅させる企みでスタートしたという意味である。現在進行形のウクライナ戦争のことである。ロシアは大きな核戦力を持ち、GRという世界革命の最大の障壁だと考えられる。ただ、昨今の情況から見ると、グローバリスト達はこの出発点で躓いた形となったようだ。

立ち止まってしまっては失敗が確定的になるので、次の作戦に移ったのがイランの消滅作戦である。ロシアが戦術核を用いてウクライナのポーランド国境付近を攻撃した後、イスラエルがイランを核兵器で破壊することが予定されていたかもしれない。更にその次の作戦の舞台は極東だろうが、世界の人たち(大衆)はGEの企みに気づき始めている。

 

もし極東でこの続きの戦争が始まれば、間違いなく日本の危機である。


2)岸田は日本のゼレンンスキー

岸田首相は、就任後の声明に新しい資本主義なる言葉を何度も用いていることからも想像できるように、日本人の命を犠牲にしてでも協力するようにとGEからWEFを通して指示を受けているように見える。実際、一昨年の4月25日、昨年の7月4日、そして今年7月2日と、シュワブ会長の表敬訪問を毎年受けている。https://www.gov-online.go.jp/prg/prg24334.html

日本のマスコミは日本の政治において重要なことは報道しない。シュワブ氏が何度も首相官邸を訪問していることやその会談の内容についても殆ど報道していない。会談時間が20分と短いことから、今回は単に岸田が従順かどうかのチェックに現れただけなのだろう。https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page6_000690_00001.html

或いは、表に出せる会談の内容が20分程度だという可能性もあるが、外務省の上記サイトには何も書かれていない。兎に角、政府は内容の詳細は国民に知らせたくないようだ。岸田政権は下にも示すように売国政権なので、長引けば長引くほど国民の損失が嵩むことになるだろう。

岸田のGRへの協力と日本破壊の例を挙げる。地震災害からの復興など放置する一方ウクライナへの数兆円の支援の約束、ロシア制裁で日本の石油び中東依存度を97%まで高めエネルギー危機の確率を高めたこと、新ニーサをつくり日本の預金を米国に誘導したこと、パンデミック(プランデミック)の時に、遺伝子ワクチンを強制することで国民の生命を脅かすことなど。

 

因みに、貿易赤字のあるところで新ニーサで円安を加速すれば、日銀は利上げせざるを得ないかもしれない。その場合、800兆円ともいわれる日本国の国債残高が、国家財政破綻の原因になるかもしれない。(補足3)

また、同じ日に岸田内閣は新型インフルエンザ等政府行動計画を閣議決定した。これは最近WHOによって強硬採決された世界保健規則改定に沿って、ワクチンの強制接種などの円滑化に向けた計画だろう。遺伝子ワクチン供給国により決定された遺伝子が操作されていた場合、原水爆による破壊よりも凄まじい結果になる可能性がある。このシステムは、グローバリスト達の地球人口削減計画において重要だろう。


3)ダボス議連の存在

岸田氏は、ワクチン接種の後遺症が疑われる日本の何十万人にも上る超過死亡など知ったことでは無いようである。岸田氏は、ダボス会議などの考えの通りに動いて、日本人の生命と安全の危機を招き入れようとしているのである。是非以下の動画を御覧いただきたい。岸田内閣は日本人の敵であると、政治評論家の山口敬之氏が言及している。https://www.youtube.com/watch?v=RYJf1sXDfEQ

 


岸田政権は、グローバリストのGRに協力するほか、日本の政治体制もその協力が円滑に進むように着実に変更されている。その一つが、ダボス議連創設であり、自民党の伝統的売国奴政策に近い人物である牧島かれんがダボス議連事務局長である。クラウス・シュワブが自民党の中で如何に重要な存在であるかは、以下の写真が物語っている。https://go2senkyo.com/seijika/123742/posts/923705

WEFの日本への浸透は、20世紀末には始まっていただろう。与党自民党だけでなく、民主党にも「民主党ダボス会議支援議員連盟」なるものが結成されている(2001年)。鳩山由紀夫氏や故岩国哲人氏などが中心に居たようだ。http://archive.dpj.or.jp/news/?num=9807

このようにWEFによる日本政治への浸透は小泉政権のころに始まり、安倍さん暗殺から現在の岸田政権誕生によって完成したように思う。それが表題の意味である。なお、古くからWEFに近い人物としては竹中平蔵氏が有名である。



補足:

1)空気中二酸化炭素の増加で、どの程度温室効果が増加するのかについて説得力のある研究はないだろう。温室効果により地球表面からの放熱が減少するというのが地球温暖化の仮説であるが、近赤外線吸収スペクトル等を用いた定量的研究は無いと思う。

2)米国ジョージア州には、何者かが建立した巨大な石碑が存在した。そこには世界人口を5億人程度に調整するとの一部の方々の目標が書かれていた。GRつまり世界の改変が本格化したとき、その石碑は破壊されたようである。

 

3)中国政府により、クラウス・シュワブは中国近代化に貢献した世界の10人の一人に選ばれ顕彰されている。日本の松下幸之助もこの10人の中に入っている。

 

(12:00 編集)


おとといだったか、円ドルレートが160円を超えた。神田財務官が若干の口先介入をしても何の効果もなく、160円は単なる階段の踊り場かもしれないという予感を誘う。経済評論家の大井幸子氏がその原因について議論している。

 


その一つが日米の金利差であり、米連銀の高金利政策で各国通貨ともに対米ドルで安くなっている。ほとんどの国が政策金利を上げて対応しているが、日本はそれが軽々にできない状況下にあり、いまだゼロ金利のままである。(下のグラフで、日本円の価値は対ドルで今年12%減少している)


大井幸子氏は更にこの円安問題の根本的原因として、構造的に日本が赤字体質になっていることに言及している。大井さんが強調するのが、昨今のデジタル赤字である。米国の例えばGAFAMのデジタルサービスやコンテンツ利用に支払う金が年々増加している。2023年で5.6兆円、2030年には15兆円の赤字が予想されている。

これは、赤字体質の原因として日本に先端産業分野を牽引する企業が育ってこなかったこととも重なる。なぜ、日本にGAFAMやNvidiaが育たなかったのか? 大井さんは、日本の産業政策の失敗とそのような産業を育てる金融政策がなかったことなど、国家が行うマクロ政策の失敗を取り上げておられる。

この後半部分の考え方は間違いだと思うので、私は以下のコメントを書き込んだ。

日本の構造的赤字の原因として経済政策のまずさを取り上げておられるが、それは根本的に間違っています。日本に先端産業が育たない原因は日本文化にあります。日本の雇用文化、教育文化、美的感覚など。例えば和服と洋服の違いを見れば、その一端がわかる。和服にはボタンがない、服を上下に分ける工夫がないなど。陶磁器を見ても、自然に迎合し人工(アート)を排除する日本文化の特徴が現れている。(翌日削除; 6/30 再度コメントアップ)

その後失礼になると思い削除し、ここでこの文章の意味について記事を書くことにした。

これ以外に重要な点として、大井さんは食料品とエネルギーに関する日本の構造的貿易赤字について看過しておられる。それに言及しないでは画竜点晴を欠く議論になってしまう。あまりにも当然のこととして、言及されなかったのだろうが、一般向けの動画配信では一言だけでも言及すべきである。

この円安の問題は5月14日の記事にも書いているが、円安の原因は明らかである。日本は米ドルで買うものが多く、売るものが少ないのである。そんな状況下で、国民に米株買い入れを推奨するような新NISA制度を制定し実施するのでは、円安が益々進むのは当たり前である。

 
2)経済及び産業に対するマクロ政策について

日本の産業政策や金融政策が原因で日本にはGAFAM等が育たなかったという議論だが、一理あるものの、国家が行うマクロ政策に期待するのは本来間違いだと思う。

マクロ政策が大きなプラスの効果を出せるなら、共産党独裁の方が経済発展や産業振興には有利ということになる。それが間違いであることはソ連崩壊や中国経済の困難な状況が既に証明している。

自由主義経済の方が産業振興には良いのは、民間全体に経済主体が分散し其々が有利な方向を探す方が結局経済発展の効率が高いのである。従って、防衛・治安や厚生・保健など広い意味でのインフラ部分以外には、小さな政府で対応することが自由主義経済でも有利だと言うことになる。

 

経済産業省が支援金をばらまく場合でも、文科省が大学を一律に支援する場合でも、結局金の無駄使いに終わる可能性が圧倒的に大きい。

また、財政・金融政策だが、公式通りに進めることが必要だろう。アベノミクスの一本目の矢の異次元の金融緩和策は、病弱企業に一定の息継ぎを与えることになったものの、今日の円安の大きな原因となった。3本の矢のうちその他の2本を上手く放てなかったのは、上述のように政府による有効な産業振興策など元々無理な話であることを示している。

画期的アイデアは周辺の思わぬところから飛び出てくる。 米国のアップルやツイッターの創業物語などを読めば、国家の政策変更であのような企業が生まれるとは到底思えない。それら企業の成功は、創業者の人生を賭けた戦いや偶然の結果であり、米国の金融政策や産業政策の結果ではない。

スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)もジャック・ドーシー(ツイッター創業者)も大学を中退し、様々な出会いと闘いの中で、あのような先端企業の種を生み出すことになった。そのような様々な人生と多彩な出会いが可能なことの背後に、日米の大きな文化の違いがあると思うのである。


3)日本文化の問題

近代の西欧は、産業革命を経て大きな産業技術の発展を遂げた。そして、近代工業が世界に広がり経済活動が活発化した結果、世界人口が急激に増加することになった。19世紀初頭には10億人に満たなかった人口が1950年には25億人になり、2023年には80億人を超えた。

この産業革命とその後の産業発展は金融の発展とともに西欧文化の中で進んだ。西欧では、人間は自然(人を養っている)と対峙し対立・克服する形で生活の改善を行っている。そして、自然と人工をNatureとArtという形で峻別する。(補足1) 一方日本では、人は自然と調和するのが良いとする文化である。

西欧における自然と人工の分立は、人工側(人間側)に連携を生み出す。人間側は自然の観察を集団で行い、対話と議論の文化を生み出す。西欧では、人の基本的な生き方は人(味方)の中で生きることであり、日本では人は基本的には自然の中で生きるのである。(補足2)

更に、西欧の神は民族のリーダーから生まれ、人の形をしている人格神(ヤハウェ)であるが、日本の神は自然(神道)である。日本人は外敵(野蛮人)よりも荒れる天候の方をより強く恐れたのだろう。

従って、日本人は自然に服従するが、西欧人は自然を克服する。人と人の連携なくして自然を克服することなどできないので、西欧は個人の人格を尊重すると同時に、人と人の間に“デフォルト”で味方である(補足2)という感覚を持つ文化を作り上げたのだろう。

その文化の違いによると思うのだが、日本人は自然に対しては受け身で対応する。例えば、日本の住宅は自然の空気を受け入れる形で造られ、冷暖房の工夫があまりない。日本の庭園は、自然を模倣する形が基本である。

その受け身の姿勢では、不足や不便が創意工夫と直結しない。不足や不便には先ずは我慢することが大事だと学校でも教える。それらの感覚が産業の種として育ちにくい。新しい次元の人工物にとっては、日本は砂漠である。

したがって、西欧の文化では人工的なデザインと工夫が重要だが、日本の工芸文化は自然の利用と模倣、つまり自分自身を自然に順応させるという部分が大きい。(補足3)

その結果の一つとして、日本の衣服には上下を分ける工夫がないし、ボタンで留めるという工夫もないことを思い出す。この日本文化の特徴は、ある意味深刻である。自分たちに馴染みのない環境が現れると、先ずはその環境を作り変えることを考えるべき時でも、そこへの順応を考えてしまう。それは、例えば戦後の日米関係のように、一歩間違えば卑屈な姿勢となってしまう。

上述のように日本では外の空間での人と人の心理的距離が遠い。(追補1)そのため会社などの機能体組織を屈託なく作ることができない。それでも組織を作らねばならないので、封建主義体制のような強い結合形式を会社は採用する。

それでは適材適所の原則が生かされず、労働の流動性も低くなる。9時〜17時は社会に出て機能体組織に参加して働き、それ以外の時は家庭でプライベートな時間を過ごすという西欧文化が日本に輸入できていないのである。

一事が万事、日本は隅々まで近代化されていない。明治以降、西欧文化を積極的に取り入れたが、どのようにして西欧文化が出来上がったかという歴史に学ぶことなく、その外形を模倣しそれに順応する方法で取り入れた。教育制度も学校や大学の制度を取り入れても、何故そのようなシステムを必要とするかについてはあまり学んでいない。

その根本原因を探すと、そこには言語文化の問題が横たわっている。言語の原点にある哲学が日本には育っていない。(追補2)そのため個人の思考や複数人の間の議論が深いレベルで出来ない。伊藤貫氏が言及していたのだが、日本では知識人でもパラダイム思考や哲学的思考(補足4)という思考の設定が不得意なのである。

追補:

 

1)他人の存在を無視するのではなく、むしろ重視し他人に遠慮することがその原因である。

 

2)日本では哲学を特別な学問のように考えられている。私は、何の前提も置かずに、単にそそぐ知的探求心を物や概念にそそぐ行為だと思う。自然科学が哲学の一分野として発展したことが、本来すんなりと理解されなければ、概念として「哲学」を理解できたことにならない。

 


補足:

1)artはnatureの対語である。artは普通芸術と訳されるが、人工と訳してもよいと思われる。それはartから派生したartificialという単語の意味を知ればわかるだろう。このように日本語と英語の間の壁は厚い。そのような注意は、schoolを学校、faceを顔と訳す場合にも必要である。

2)デフォルトは他に指定がなければという意味。ピッタリであり、既に日本語化していると感じたので用いた。

海外を旅した経験のある人は、ホテルから空港へのシャトルバスなどでも話かけられる経験をする人が多いだろう。私の乏しい経験からしても、日本での公空間における人と人との距離は外国でのそれよりもかなり遠いと感じる。日本語の赤の他人とか人ごみ(ゴミではなく混みだという人も多い)などの表現がこのことを暗示していると思う。

3)テレビ番組の「なんでも鑑定団」で、茶器等の鑑定を行う中島誠之助氏のセリフ「自然釉の作った景色が素晴らしい」などは、幾何学的模様と花鳥を描く西欧陶磁器の世界とはまるで美意識が異なる。この工芸品の世界でも、日本では自然を重視し、欧州では人工(アート)を重視する。

4)哲学的思考とは、原点から思考することである。そのことすらわかっていない人がほとんどである。物がなぜ下に落ちるか? その問題から地球が引っ張っているからであるという結論を出したのがニュートンである。日本人のほとんどは、「物が下におちるのはあたりまえだ」としてこの問題を思考できないだろう。そして上下の区別には定義が必要だと気づく筈。そこから人と人の間の上下とは何だろうという疑問がわき、社会学の視点を得るだろう。

 

(翌朝編集、追補を追加し最終稿とする; 6月30日、コメント再度アップ)