1)トランプ大統領が、公開すると言っていたケネディー暗殺の捜査資料などが、FBICIAの強い要請で再び倉庫で眠ることになった。CIAの高官が、「国内外の協力者の個人情報が明らかになる可能性が高く、協力者が存命の場合は個人の名誉が損なわれる懸念が出ているためだ」と説明しているらしいが、誰が信じるのだろうか?
 
ケネディー暗殺の理由には、様々な推理がある。何時も最初に出てくるのが、政府紙幣を発行したことが、紙幣発行権を持って居る私的機関(つまりFRB)の人たちの反感を買ったと言う説である。それは、リンカーンも同じ理由で暗殺されたと言われて居るからである。
 
確かに、民間銀行が国家の紙幣を発行できると、英国ロスチャイルド家の様に膨大な利益を得られるかもしれない。しかし現在では、ドル紙幣を発行しているFRBは剰余金を国庫に納入しているし、当時でもそんなにぼろ儲けなどしていないだろう。(補足1)
 
理由の二つ目に、ほとんど不可能なアポロ計画に多額の国家予算をつけることに危機を感じた人たちにより、暗殺されたと言う説がある。その他に、マフィアの復習説などあるが、最初の二つの説が有力だと私は思う。https://matome.naver.jp/odai/2142000723509551501?page=2 (この最初のページに、政府紙幣発行について書かれて居る。)
 
2)上記サイトの記事を見ていて感じたのだが、最初の二つの説を結びつければ、真相が見えてくるような気がする。ケネディー大統領は、米国を破綻状態に導く可能性を睨みながら、ソ連に対する完全な勝利に導こうとしたのかもしれない。その様な状況下で、ケネディーを米国にとって危険な人物だと感じる人がいても当然だろう。
 
先ず、冷戦が厳しさを増して来た当時の国際環境を考えねばならない。ソ連が核兵器の開発に成功したのが、1949年の8月である。その後、冷戦が一層厳しさを増して来た時に大統領になったケネディーは、米国を軍事力において追い越す可能性のあるソ連に如何に対処するかで頭がいっぱいだっただろう。そこで、ミサイル開発に拍車をかける意味でアポロ計画(1961年)を発表したのである。実際に月面に人を立たせることに成功するかどうかよりも、国際世論を味方にしながら高度なミサイルを開発することが何より大事なのである。
 
その計画の正しさをケネディーは、196211月のキューバ危機を乗り越えた時、確信した筈である。そこで、アポロ計画に拍車をかける意味で、ダラスで宇宙人探索の計画を発表する予定だったのだろう。その経費が膨大になることは明らかであり、中央銀行であるFRBの協力が得られ無いことを危惧したケネディーは、政府紙幣の発行を思いついたのだろう。
 
それを実行したのが、196364日のことである。http://dailyrootsfinder.com/cause-of-the-kennedy-assassination/
 
キューバ危機から米国を救った英雄として、ケネディーは今でも讃えられて居る。しかし、ソ連との軍拡競争とその為のアポロ計画などで、政府紙幣を使いまくれば、米国が世界の基軸通貨を発行する力を失う可能性が高い。それを深刻に恐れた人は政府中枢にもいただろう。そして、紙幣発行権を失いかけたユダヤ系資本家たちも激怒していただろう。ケネディー大統領が暗殺されたのは、19641122日である。もちろん、真相は誰も知らない。
 
3)関連したことを以下に書く。
中央銀行を政府から独立させることに、大きなメリットがある。それは、政府が放漫財政に陥ることを防ぐ役割である。日本の財政法でも、政府が国債を発行し、日本銀行に直接引き取らせることを禁止している。政府が紙幣発行権を持てば、それと同じことが簡単にできるのである。つまり、膨大な政府支出が大統領の一存で可能になるのである。
 
米国が世界一の覇権国であることは、誰も疑いはしない。その強力な軍事力と政治力の背景にあるのは、世界一の経済大国であることと、世界の基軸通貨である米ドルの発行権を持って居ることである。それは、覇権を運ぶ車の両輪のように互いに相補的だろう。それを失う危険性は、ソ連対策に大きな博打を打つよりも恐ろしいことだというのは、正しい考えかもしれ無い。
 
アポロ計画で、1969年(ケネディーの予告した最後の年)米国が発表した月面着陸はインチキの可能性が極めて高い。そのことは、すでにブログに書いた。その理由として2点あげた。一つ目は、月面の細かい砂は、真空状態であのようなくっきりしたオルドリン飛行士の靴跡を残し得無いことである。更に二つ目として、月からみた地球の像(半円形)、着陸地点、国旗の影の角度が互いに矛盾するのである。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2016/12/11.html
 
ケネディー大統領は当日ダラスで、米国は宇宙人の存在の証拠を掴んで居ると演説する予定だったということである。それは真っ赤な嘘であることは、科学的思考のできる人間なら誰でもわかる。ケネディー大統領は、アポロ計画とその軍事転用のことで頭がいっぱいだったのだろう。
 
あと22年間文書は封印されることになった。米国が現在の延長上にある覇権国家として存在したとしたら、公開を予定している年が来ても、更に50年封印ということになるだろう。
 
補足:
1)因みに、日本銀行も民間銀行である。財務省が株の多くを持って居るので、剰余金は国庫に納入して居る。株の配当はごくわずかであり、一般人が持つメリットはない。
1)世界は二つの国家や地域により形成されていると思う。自立国家と緩衝国家或いは緩衝地帯である。自立国家は、他の自立国家と衝突しないという前提で国際政治上の決定を独立的にすることが可能な国家である。一方、緩衝国家は自国の判断だけでは国際政治上の決断ができない国家である。多くの場合、戦争は自立国家の間で起り、緩衝国家や緩衝地域は自立国家の侵略などの対象となる。(補足1)
 
国の経済の発展は、 その国の政治的“力或いは大きさ”の増大とみなせる。従って、自立国の経済発展により、他国が受ける政治的圧力は増大するだろう。(補足2)有限な地球上で、どの国でも自立国家になれるとは限らない。緩衝国家の自立国家への“昇格”は、地域の力のバランスに影響するので、必ず多少ともトラブルを生むだろう。そのように私(素人だが)は思って居る。
 
北朝鮮問題は、自立国家へ脱皮することを目指す国家と、それに対する抵抗勢力との間の紛争だとみなせる。中国や米国は、北朝鮮や韓国を緩衝国として見なしているので、その点で利害が一致している。
 
自立国家の力が、緩衝国の半島に到着すると、逃げる方向はないので、そこで大きな圧力を生み、戦争になる。朝鮮戦争は、そのようにみなせると思う。緩衝国家の機能は、自立国家間の衝突で、両国が直接戦場にならないためのものだと言える。つまり、それらの存在は、強国つまり自立国家のエゴイズムによる。
 
2)緩衝国家の悲哀:
日本の隣国である朝鮮は、現在でも緩衝国家である。そして、現在の日本も緩衝国家的である。朝鮮は、中国、ロシア、そして明治以降は軍国主義大国となった日本の間の緩衝国だった。そして上記諸国や米国などの衝突の舞台となった。それは朝鮮民族の性質によるというよりも、地政学的位置によると考える方が正しいと思う。
 
それを風刺したのが、何度も同じ図で恐縮だが、下の図である。(補足3)
 
 
イメージ 1
 
 緩衝国家として一応安定するためには、自立国家としての国防を放棄しなければならない。それが、朝鮮の李王朝が独自の軍事力をあまり持たず、国防を中国に頼った理由である。軍事力を持つことは、隣の自律国家の中国と衝突することもありうるという(自律国家)の意思表明となるからである。19世紀末にロシアの脅威を感じた朝鮮が、清に応援を依頼したのが、日清戦争の理由であり、それを風刺したのが上の漫画である。
 
同じ理由で、日本国を緩衝国家とするのが、戦争直後からの米国の戦略であった。それに協力したのが吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘などの長期政権を誇った自民党とそのトップ達だったと思う。彼らとて、日本が自立国家となるべきだとは思っていただろうが、それには相当のエネルギーが必要なことも知っていたし、米国により知らされていた。一旦緩衝国家となった国が、自立国家となるためには多大のエネルギーと多くの犠牲を払うことになる。しかも、それは大抵失敗に終わる。北朝鮮の現在の姿だと思う。
 
勿論、幸運があればそれは可能かもしれない。幸運とは、これまで自立国家であった国の崩壊である。北朝鮮のチャレンジは、自律国家であった大日本帝国の崩壊と、その緩衝国家への凋落により可能となったのだと思う。
 
3)国家の生成と崩壊:
自立国家の生成は、一時的に周囲に力の真空状態が生じた場合などを切っ掛けとするだろう。日本の敗戦による崩壊のような場合である。そのほかにも、国家の枠組みが経済発展などの変化に追随できない場合に起こる自己崩壊も考えられる。両方が平行して起こることもあるだろう。
 
ソ連の崩壊は、共産党独裁という体制が世界経済の発展についていけなかった為の自己崩壊の例だろう。それと対照的に中国は政治的にも経済的にも拡大し安定して居る様に見える。それは共産党独裁を謳いながら、共産主義的政策の放棄を鄧小平が行なったからだろう。その柔軟性は、共産主義自体がもともと東洋のものではなかったからであると思う。ただ、「イデオロギーは国家が大衆を支配する道具に過ぎ無い」という考えもある。(補足4)
 
中国が崩壊するかどうかは、ある一つの小さいグループや個人による独裁政治が、経済発展した国の体制としてあり得るかどうかにかかっている。民衆の政治的意向と現在の政治体制の不一致は明白であるが、それを習近平は一顧だにし無い。独裁体制を維持したまま、国内に向けた力による支配と、外部への力による膨張の両方を用いて、安定した支配が可能だと考えて居るのだろう。
 
その路線は、中国国民にとっても、隣国にとっても大きな脅威である。一党独裁から皇帝による独裁へと向かって居る中国の姿は、中世の国家のような印象を与える。一般に、自立国家の崩壊は、多大の犠牲を伴うだろう。ベルリンの壁の崩壊やソ連崩壊のように、犠牲が比較的小さい形で進むのは奇跡的だと思う。
 
4)世界経済システムの崩壊:
もう一つの崩壊として危惧されるのは、国家ではないが米国のドル基軸体制である。米国政府の赤字体質は先に書いた通り、資産に比較して多額の負債と政府職員あての引当金を抱えて居る。中央銀行も日本よりは怪しげなファンド(サブプライムローンのファンド)を多額抱えて居る。
 
米国の財政が破綻すれば、ドルの暴落とドル基軸体制の崩壊が起こるだろう。(補足5)その場合、米国は世界に展開した米軍を維持できないので、多くの国で米国を中心とした防衛網をあてにできないようになる。
 
ソ連の崩壊は終わったが、そのほかの世界的な国家やシステムの崩壊は日本にとって、非常に危険である。それは、独自防衛力を持たない国家の宿命である。李氏朝鮮にとって、脅威だったのはロシアの筈だったが、激動のなかで支配国になったのは日本帝国であった。日米同盟がどの程度のものかわから無い以上、中国がもし崩壊すれば、或いはドル基軸通過体制が崩壊すれば、李氏朝鮮と同じことが日本に起こりかね無いと思う。
 
補足:
1)勿論、簡単には二分できないので、灰色領域は当然ある。また、国家という枠組みが緩い場合は、簡単に住人が外国に漏れ出す。この考え方は、所詮モデルである。
2)中国経済の発展は、緩衝地域への膨張として現れて居る。その膨張が異常なものなら、別の理由も考えなければならない。石平氏は、習近平による神話つくりと解釈している。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43388268.html
3)日本(左)と中国(右)が朝鮮(魚)を釣る競争をしている。ロシアは横取りを狙って橋の上から眺めて居る。緩衝国家は魚である。
4)北野幸伯著「クレムリン・メソッド」世界を動かす11の原理、P324参照。この本は、世界を見る目を養ってくれると思う。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2015/05/blog-post_23.html
5)米国の債務はドル建なので、国債を発行できる間は財政破綻を避けることは可能である。それには、日本のような属国的な国や中央銀行であるFRBが、国債を引き受ける必要がある。より危険なのは、すでに本文引用のブログで述べたように、FRBが多額の住宅ローン担保債券を保有して居ることだろう。そのローンの破綻で、銀行の救済を必要とするような場合、更に米国債がFRB資産として積み上げられることになるのだろう。それは、ドルの信用低下になり、ドルの崩壊を危惧する声が更に大きくなるのだろう。
なお、FRBのバランスシートについては:
 
 
この記事全体は、素人のメモとしてお読みください。
 
(追記:自律と自立がありますが、後者で統一します。補足5にローン債権の文字がありますが、ローン債券に修正します。10/27/am)
先日の選挙では、自民党が圧勝した。これで政権はしばらく安定し、トランプ大統領の来訪に際しても、受け入れ体制に混乱はないだろう。それを期待して、小選挙区では自民党に一票を投じた。比例区では橋下氏の次回での再出馬や、片山虎之助氏を応援したい気持もあり、日本維新の会に投票した。
 
そして、最高裁判所の判事の国民審査であるが、中にはまともな姿勢の方もいるだろうが記憶が定かでないので、全員にバツ印を入れた。その理由は、表題に書いたように、最高裁が三権分立の原則があるにも関わらず、その責任果たして居ないからである。
 
1)以下、例をあげて説明する。日本の政治家のレベルが諸外国に比べて貧弱なのは、最高裁が一票の格差が大きい選挙に対して、訴訟を起こされても違憲判決を出さないのが一因である。民主主義の要諦は、すべての有権者の政治参加の権利が等しくなければならないという点にある。
 
産業の近代化による経済の発展により、多くの若者は都会に集まった。そして、受けた教育のレベルの平均値も都会居住者で高いだろう。それらの人は政治にも比較的関心が高い筈である。その一票を、田舎の一票よりも軽くすることで、田舎に拠点を持つ世襲政治家の選挙を有利にしてきたのである。
 
もし、一票の格差が大きい時に、最高裁が違憲判決を出し、選挙無効の宣言をしておれば、その歪みが早期に是正されていただろう。違憲状態とか、違憲だが選挙自体は有効という類の判決は、自分たちの地位を守るためのごまかしである。一言で言えば、最高裁は行政の下僕となっているのである。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E7%A5%A8%E3%81%AE%E6%A0%BC%E5%B7%AE
 
もう一つの重要な例は、自衛隊の憲法判断を避ける最高裁の姿勢である。もし、自衛隊を違憲だとする判断をしておれば、政治家も自分の議席を掛けて、憲法改正に臨む気持ちになるだろうし、選挙民も防衛とは何かを真剣に考える機会を与えられるだろう。
 
この種の判断を裁判所が避ける理由は、国家統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論(統治行為論)だろう。しかし、そんな理論は法学者の一つの学説であり、それを裁判での根拠にするのは御都合主義である。
 
最高裁がこの種の行政に阿る姿勢をとるのは、日本は三権分立が完全には成立していないからである。つまり、最高裁長官は内閣が指命し、判事は内閣が任命することでわかるように、司法は行政の下にある。一方、内閣総理大臣は、国会が指名するので、司法は国民から遠い存在である。
 
幾分失礼な言い方だが、プロ根性に乏しい最高裁長官や判事は、行政の方向を向くのは当然である。その政治形態は、明治の時代から変わって居ない。もし、大統領制が採用できておれば、三権分立は可能である。(補足1)しかし、その際には天皇は元首の地位から降りなければならない。それは、天皇の立場としては、江戸時代の形に戻ることになる。
 
2)江戸時代には、天皇は政治上完全に象徴的存在であった。言葉の上では、現在の制度と似ているが、“完全に”という点が異なる。つまり、将軍が国家元首であった。その制度を、日本は明治の革命で無くしてしまった。それは、薩長の下級武士が倒幕を成し遂げるには、錦の御旗の偽造と天皇の担ぎ出ししかなかったからである。
 
その結果、大日本帝国憲法第11天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」の文章が出来上がる。錦の御旗の下で戦うことを憲法に書けば、この条文となる。この“明治維新”の政治形態の欠点を知っているのは“明治の元勲”たちだが、彼らが死んだのちには、明治憲法の改正の必要性を強く感じる政治家があまり居なかったのだろう。
 
つまり、天皇を政治利用したのだが、もう一度江戸時代のように御簾の中深くに退いてもらう工夫をする前に、明治維新の成果に酔ってしまったのである。なぜ酔ったのか、それは自分の意思で飲んだ酒ではないからである。
 
つまり、明治の革命は、英国の支援のもとで英国のモノマネを実行したに過ぎない。その歴史の検証と自分の両足で立つという作業がなされないままに、日露戦争での勝利まで進んでしまった。明治38年のことである。歴史の検証は、それが辛い人が居るうちにしなければならないのだ。
 
ポーツマスで、なんとか講和を無事成し遂げた外相小村寿太郎を非難したのは、戦争の勝利に酔ってしまった国民である。その非難が骨身にしみてしまったのか、桂・ハリマン協定を破棄することになる。そこから、米国との戦争に進むことになる。満州での権益を否定された米国はすぐに、オレンジ計画で日本との戦争をシミュレーションしたのである。その後日本は一直線で英米の敵として破滅の道を歩むことになった。
 
何が言いたいのか。それは明治以降の歴史の再評価や、日本文化の特徴などを通して、自国を知ることが将来の安定した日本の基礎であるということである。何が何でも天皇を元首にするという、自民党の憲法草案などでは、日本は再生しない。
 
補足:
1)似た方法として、首相公選制の採用がある。しかし、首相が最高裁長官を任命したのでは、実質的に大統領である。それでも首相の任命を天皇が行うのは、どう考えてもおかしい。その制度は、天皇は首相の任命を拒否する事態を全く念頭に置いて居ないからである。天皇が人間宣言をした以上、独立した意志があると考えるのが普通だが、それを否定したことになる。もし、それでもそのような事態は全くないと信じる根拠があるとすれば、暗闇の中では正義が行われると宣言していることになる。日本の民主主義の根本的欠陥である。