母国語で一応流暢に喋れる筈の日本語だが、未だに十分理解していないことに出くわす。それほど日本語はわかりにくい言語だと思う。その一例として、私はときどき助詞の「は」と「が」の使い方を間違える。そこから話を始める。 
 
「私はバカです。」という文章に主語があるのかないのか? この質問に答えられる日本人は少ないだろう。上記辞書によれば、「私は」は「私について述べれば」という意味であり、英語の主格「I (アイ)」と同じ意味ではない。「犬は哺乳動物である。」の「は」も同様である。厳密に言えば、これらの文章には主語は表に出ていない。 
 
「は」は上記のサイトを参照すれば分かるが(当然、広辞苑第二版も同じ記述である)、係助詞であり、体言を受けて主格にする働きはない。
「が」がその働きをする助詞なのだが、「私がバカです。」と言う場合、その前に「誰がバカですか?」という疑問文に答えるという場面がなければ不自然である。 
 
通常の動詞を伴う文章、例えば「私は、これから勉強します。」のなかの「は」も同様である。このような場面でも「私が、これから勉強します」という文章は、単独では使わない。(補足1) 
 
つまり、日本語は主語を嫌う。「AがBをする」などという行為の主体を単一の文章の中に入れるのは、現実の会話の中ではないだろう。それが、対話や議論に極めて不向きな言語である理由だと思う。 対話とは主体と主体の情報交換であり、議論は主体と主体の意見交換だからである。対話や議論という(言語の機能を発揮する中心的な)場面において、二人の間の空間に投げるような日本語の言葉は、不向きである。
 
「私はバカです」の「です」についても、私は十分わかっていない。「です」を辞書で引くと、”助動詞で、体言、副詞、形容詞、一部の助動詞の連体形、助詞「の」に付く。「である」「だ」の丁寧表現で、相手に対して改まった気持ちを表す。”と書いてある。単に「I am a fool」と言うのに、何故相手に対して改まる必要があるのか。
 
バカは形容詞又は名詞である。しかし、「私はバカです。」に動詞がない。「です」を英語のbe動詞と考えれば良いかもしれない。しかし、そのアイデアは、「私は、本当にバカだったのです。」の文中の「です」を考えれば、もろく崩れる。「です」をBe動詞とすれば、後の方の「です」は別の品詞として区別する必要があり、日本語文法が益々ややこしくする。
 
私の言語の構造についての知識は、英語に関して中学校で教わったものである。SVO, SVC, SVOC, SVOOなどの分類は、頭の中に焼き付けられている。Sは主語サブジェクトのSで、Vは動詞(バーブ)のV、Oは目的語(オブジェクト)のOであり、Cは補語(コンプリメント)のCである。
 
それなのに、日本語の文法の知識は殆ど何もない。小学校で6年間(幼稚園がない山奥だった)、中学校と高校で6年間、国語という日本語の授業を受けたはずである。「は」と「が」の文法も十分しらない。
 
明治初頭に後の初代文部大臣森有礼が、また、終戦直後に「憲政の神様」尾崎行雄が国語を英語にすることを主張したという。(補足2) 私も、国語が英語であったらと思う。今はせめて、学校でもう少し日本語の基本をしっかり教えたら良いと思う。現在のような敎育では、日本で日本語がまともに話せる人や書ける人は少数派だろう。いったい学校で国語の時間に何を教えているのだ?
 
補足:
1)格助詞「が」は、主格だけでなく、目的格や所有格もつくる。「私は猫が好きだ」の「猫が」は目的語であり、「我が妻」の「我が」は所有格である。格助詞「が」についても、何が何だか訳がわからない。
2)志賀直哉は国語をフランス語にしたらどうかと、言ったそうである。「国語外国語化論」で検索すれば、そのような話が出てくる。
金正恩の訪中とトランプによる中国などに対する報復関税の決定により、米国を始め世界の殆どが参加して行ってきた朝鮮半島非核化の動きは、横座標的には殆ど振り出しにもどり、縦座標としての危機は大きく膨らんだ。
 
今回の北朝鮮問題は基本的には、朝鮮戦争の当事国である米国、中国、北朝鮮、韓国(形式上は、当事国でない)の四カ国の図式の中で考えるべきだと思う。そこで、縦座標を緊迫のエネルギー、横座標を非核化の動きと定義する。
 
北朝鮮がどれだけ真剣に非核化を考えるかは、金正恩の米中二カ国からの距離に依存すると思う。文在寅が米朝会談に道を開くまでは、金正恩は中国からも米国からも遠い距離に居た。そして、非核化をある程度真剣に取引材料として考えた。


しかし、米朝会談がセットされると、思考の単純なトランプ大統領は周辺を強硬派で固め米国の怖さを演出することで、北朝鮮の非核化が可能だと考えてしまったのだろう。その間違った自信が、次の問題である対中国の貿易赤字に手をつけ始めてしまったのだろう。

この動きで、中国こそ米国の最大の仮想敵国だという本音を中国や北朝鮮に見せてしまった。その瞬間を見事に捉えたのが、金正恩である。習近平に会談を申し込んだ。張成沢と金正男で、自分を葬り去ろうとした習近平に、朝鮮戦争以来の兄弟国に戻ろうと提案したのだろう。
 
文在寅韓国大統領が行った米朝会談の橋渡しは、一時尾根伝いにしても平和への道に見えたことがあったが、今は蜃気楼だったかのようである。その蜃気楼に惑わされた安倍総理は、日朝会談を行うつもりになってしまったのは、非常に危ないことだろう。モスクワ在住の北野幸伯氏の記事では、日中国交回復の時のニクソンとキッシンジャーの言葉を思い出すと書かれている。
 
このブログの筆者は、日本は最後まで蚊帳の外であり、最初からそれで良いと考えてきた。そして、独自の核抑止力などの防衛体制を考えるべきだと書いてきた。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43573275.html そのような考えでいれば、文在寅の熱意で南北会談が開催されることになっても、米朝会談が開催されることになっても、自国の防衛に思考を集中できた筈である。
 
そもそも、今回の米朝会談などは朝鮮戦争の延長上の問題であり、それに参加しなかった日本は蚊帳の外なのは当然である。何故、焦って日朝会談など米朝会談がどうなるかさっぱり分からない段階で言い出すのだろうか。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43594363.html
 
上記ダイヤモンドの記事で、北野氏は「自己顕示欲の強いトランプ大統領は、安倍総理の抜け駆けを許さない筈」と書いている。なんという情けない内閣と日本の政治だろうか。西部邁氏の言葉jap.comが思い出される。
安倍晋三と言う人が理解できない。こんなときに、日本で稼ぎながら日本と運命をともにしたくないアグネス・チャン(補足)の子供の結婚式披露宴に出席したのだそうだ。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180329-00000506-san-pol 

一般人なら別に何にも言うつもりはないが、安倍晋三氏は日本国総理大臣であり、日本外交で大変な情況である。まだ日本は滅びていないので、一般には忌引の必要はない。しかし、日本は国難なのだ。

アグネス・チャン一家は北朝鮮からミサイルが飛んで来そうになれば、カナダかどこかに行けば良い。しかし、多くの日本人はそんなことは出来ない。

披露宴の行われた28日といえば、北朝鮮金正恩の中国訪問をどう分析するのか、今後日本はどう北朝鮮と付き合うべきかなどで頭が一杯だと思っていた。しかし、どうも違うようだ。森友といい、加計といい、何かとプライベートが国政と二重写しに見える人である。

トランプは強硬派で周囲を固めて米朝会談に望む。北朝鮮は中国を味方につけて、防備をかためている。米朝の間に会談が開かれてもスンナリとはいかないだろう。その場合は、かなり強い衝突の場面が来るかもしれない。そこで、トランプというマッドマンは切れる可能性もある。

その時、米国の某大学がシミュレーションしたように、韓国と日本で210万人の死者が出る事態に成らないとも限らない。そうならない場合は、日本にとって今後核武装した朝鮮と対峙することになる。佐藤優氏がいうように、トランプが日本に「白紙の小切手を北朝鮮に渡せ」と言う可能性がある。https://www.youtube.com/watch?v=hCfTwnS03ug

佐藤氏がいう”日本外交大敗北”の夕方、総理は中国系英国人家庭の披露宴に出席するのか?それが普通なのか?

補足:
アグネス・チャンはイギリス籍で、子供は米国で産んで米国籍だと思う。父祖は中国人で、美齢と言う本名は宋美齢(蒋介石の妻)を思い出させる。