1)安易な妥協はこの国の悪しき慣習である。安易な妥協とは、真実を明らかにせず、問題解決のための努力を避け、取り敢えず争いを中断して、日常に戻ろうとすることである。(補足1) 
 
日本人のこの習性は、大昔の厩戸皇子(昔、聖徳太子と言っていた)が作ったとされる17条憲法の第一条にある、「和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ」を、宗教のように学校などで教育した結果だろう。 
 
その大元にある聖徳太子は、実は存在しなかったという説が有力である。聖徳太子が実在しないのなら、17条憲法も日本書紀を書いた人間の創作だということになる。(ウィキペディア参照)日本書紀が、今日我々が持つ西欧的な歴史観によれば、研究資料として意味がない。それは岡田元次著の「歴史とはなにか」に書かれている通りである。 
 
日本書紀を日本の歴史であると主張する側と、それを受け取る民との間の安易な妥協が、そのようなイカサマ歴史を定着させたのだろう。つまり、真実を明らかにせず、安易な妥協を続けてきた結果が、この日本の体たらくである。 


現状の和が貴いのではなく、和を保つことが尊いのである。和を保つ為に、不断に生じる争い事とその大元にある真実を明らかにし、それを取り除かなければならない。そのためには、一定のレベルの争いは絶えることはないだろう。 

その争いを、「忤ふること無きを宗とせよ」は、封じている。一旦本当の和に達したとしても、その状態はしばらくして偽りの和に変化する。なぜなら和をもたらす状態は、時間とともに変化するからである。 

そんなことも理解して来なかったとしたら、この国の民は哀れである。 
 
2)名古屋にゴミ屋敷がある。そこの住民は、父親が経営する会社の常務であったという。その父親が死去して以来、家族内で生じたゴタゴタの結果、居場所がなくなったようである。一種の精神疾患に罹ったこの家の主は、15年前位からゴミを集めだし、元はお洒落できれいな三階建の家をゴミ屋敷としたようだ。 http://www.jprime.jp/articles/-/11218


このゴミ屋敷をなんとかしてほしいと、市役所に相談が持ち込まれたのが2008年だというから、その後10年間行政は何もしなかったようである。上記サイトには、経緯がかなり詳しく書かれているが、最後に書かれている結論は間違っているだろう。
 
関西大社会学部教授の池内裕美という方の、「そのゴミ屋敷の持ち主は、ホーディング・ディスオーダーという病気です」を紹介し、今後の市役所の対応に期待するかのように書いてその文章を閉じている。しかし、病気なのはそのゴミ屋敷の主人だけではない。 
 
日本国は、ゴミ屋敷を10年間大都市の真ん中に放置するという重病なのだ。(補足2)安易な妥協を許さず、行政も乗り出して一悶着起こしておれば、1-2年で解決していただろう。それがこのような記事を書く場合の結論でなくてはならない。仮に、「和を以て貴しとなす」を1000年以上も神聖視してきたとしたら、日本文化は病的だということになる。 (5/22/7:00 編集) 

補足: 
1) 森友問題と加計問題、ともに内閣と事務方の安易な妥協の産物である。安易な妥協の社会は、ごね得の社会でもある。外交においても、自国の利益を最大限にする努力は、安易な妥協の国の外交官にはできないだろう。
2)近所の住民はトラブルを避けて、何もできない。行政も、ゴミ屋敷の私権を強引に制限して、ごみ撤去命令と強制執行などをしない。ゴミ屋敷の主人の甘えも一種のごね得である。


以下に、「岡田英弘著“歴史とは何か”」の要約を、もう一つのブログ・サイトから再録する。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/02/blog-post.html 
 
1)歴史は、「“政治的集団”(皇帝や王などに率いられた集団;国民国家など)を形成した人々の活動や様子について、各種資料から“真実”を抽出把握及び解釈して、因果関係と伴に、(世代を超えた)時間と(地図上の広い)空間という座標上に、叙述展開した思想である」と定義できる。(注1)
 
世界中の出来事に関する記録を集めれば、単に記録の山が出来るだけである。その記録から“真実”と思われる出来事やその意味を取り出すには幅広い知性と訓練された技術が必要である。“真実”と定義したのは、その時の知性を集めて得た出来事とその意味であり、本当の意味での真実は誰にもわからないので“真実”と“ ”をつけた。
 
従って、それらの因果関係と時間的地理的関係は、解釈する者やその立場により異なるので、歴史は科学ではなく文学である。(82頁)この文学であるとの理解があれば、他国の歴史に対して、歴史認識が正しいとか間違っているとかの批判は本来あり得ない。何故なら、正しい歴史などこの世にないからである。(注2)
 
歴史を構築するとき、そして、歴史書を読む時に注意を要するのは、歴史の主人公とでも言うべき人の“政治的集団”が、地方豪族のトップである王、そしてより広い範囲を治めた皇帝、そして、国民国家などと時代と伴に変化し、場合によっては混在していることである。
 
例えば、東アジアにおける唐や高句麗の歴史を考える場合、それらの“国”を適正に解釈しなければ、本質的な誤りを犯すことになる。近代になって現れた、国民国家という人の“政治的集団”は米国の建国(1789年)やフランス革命をきっかけにして広まった(158頁以降)。その国民国家が現れて、まだ200年程度しかたっていない。
 
中世以前の帝国の歴史を分析しようとするとき、”帝国”を現在の国民国家のような感覚で認識すると、何かと誤解をしてしまう。中国と周辺諸国との朝貢関係を、宗主国と従属国という国家間の関係と一様に受け取るのは間違いであると著者は指摘する(202頁)。
 
この理解は、「琉球は昔中国へ朝貢していたので、琉球政府が消滅した現在本来中国領だ」という暴論を退けるのに役立つ。(注3)
 
2)ところで、歴史書としての起源と看做されるものは、中国の司馬遷が書いた史記とヘロドトスが書いたヒストリアイである。二つの歴史書はその性格が全く異なっている。その後の中国周辺とヨーロッパの歴史書は、夫々その影響下に書かれており、二つの歴史書は東西の歴史書の遺伝子の由来としての意味も持っている。
 
史記は中国における前漢(紀元前2世紀ころの中国)の武帝が天命により皇帝になったことを主張する為の物語である。周辺諸国の歴史書は史記のような帝国の正統性を示すという書き方をしている。日本の歴史書である日本書紀も、史記の遺伝子を継承し、天皇を頂点にして建国された日本国の正統性を示す為に編纂された。
 
つまり、7世紀後半、百済を滅ぼした唐の圧力の下で統一をいそいだヤマト朝廷が、外国への力の誇示と国内での結束を高める為に編纂した歴史書である。秦の始皇帝より古い時代から始まる歴史を書くので、神話の創造とそれを利用した歴史の創作がおこなわれた。
 
一般的に言えることであるが、歴史書はその動機や特殊性を念頭において読まなければならない。日本書紀の中にある、神武天皇の祖先が高天原から下って地上の王となったという物語を真に受けて高天原探しが始まったのは、この東アジアの歴史観と歴史書の性格を見誤ったことが原因である。(注4)また、天皇家が大陸のどこかから半島経由で日本列島に至ったという説も何の根拠もなく、古事記の歴史書としての性格を間違って評価し解釈したことによる。(96頁)
 
一方、ヒストリアイは紀元前5世紀ころのペルシャとギリシャの戦いについて調査記述したものである。ヒストリアイの序文に、「複数の政治勢力の対立・抗争により世界は変化する。それらがやがて世の人々から忘れ去られるのを恐れ、それらをかき述べる(要約)」とこの書物の性質が述べられている。そして、ヒストリアイが歴史(英語のhistory)の語源となり、歴史という文化の出発点として受け取られている。
 
現在の歴史書に関する標準的な理解はこのヒストリアイのものである。ヒストリアイの歴史観は、善(ギリシャ、ヨーロッパ)はやがて悪(ペルシャ、小アジア)に打ち勝つというもので、それはキリスト教的歴史観と一致する為、グローバルスタンダード的な歴史観となった。この歴史観と十字軍の関係についての記述もあり、興味深い。
 
以上の他に、歴史の定義と関連して重要な記述がある。それは、歴史が把握されなかった文明とその特徴である。例えば、インド文明やイスラム文明で、極最近まで歴史というものが文化の中に把握されていなかった。それは、輪廻転生の考えが支配的な文化の下では、出来事を因果関係とともに時間軸に沿って展開することが不可能だからである。
 
また、イスラム文明では、未来は神の領域にあるため、文化は(上記の歴史の定義の中にある)時間と空間以外に広がっているため、歴史が破格されなかった。更に米国が、歴史のない文明として挙げられている。米国は13州が英国から独立したのが18世紀末で、その後米国に移民として入り、自分の意志で米国民になった一世が今なお存在し、二世三世が多くなったのは20世紀の中頃である。従って、文明に歴史を展開する十分な時間軸がなく、“自国の歴史”という感覚がない。そのため、米国民というアイデンティティーは独立宣言と合衆国憲法前文だけであり、その文面をイデオロギー的に意識することになった。
 
現代、キリスト教的歴史観とアメリカ的自由主義がグローバルスタンダードとして君臨する時代である。しかし、近い将来、西欧とアジアの間のトラブルが国際社会の大きな問題となる時代が来るだろう。その際、上記国際標準の由来などを始め、歴史に関する知識と感覚が益々重要になると思う。
 
 
注釈: 
1)著者の定義、「歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、理解し、説明し、叙述する営みのことである」(10頁)を私の理解した部分を追加して定義した。 
 
2)韓国が日本の歴史は面白くないという不満の表明があっても良い。しかし、歴史は文学であるから、歴史認識が間違っているという批判はおかしいと思う。実際に被害があれば、損害賠償を要求すればよい。日韓基本条約締結後であるから、条約違反というクレイムはあり得ても、歴史認識が正しくないというクレイムはあり得ない。
 
3)朝貢は、周囲の王が中国の皇帝に会い、貢ぎ物を差し出すことである。中国の皇帝が使者を使わして朝貢を要求し、それを歓迎したのは、自分が正統なる中国の皇帝であることを証明する証拠として利用したかったからである。そのため、多くの場合、貢ぎ物より多くのものを朝貢した王は持ち帰ったのである(別の文献)。形式的にその地方の支配者であることを認める冊(任命書)やその印としての印章は、必ずしも宗主国と属国の関係を示すものではない。
 
4)日本の騎馬民族征服王朝説などは、日本書紀などにある神話を、西欧の合理主義的観点で解釈した為に生じた。
1)政治は巨大なチームでの戦いであり、政治家には大勢の官僚の組織的な助けが付く。そして、チーム戦に勝つには上からの適切な指示と下の忠実な実行が不可欠である。そのためには、下に位置する人間が上を高く評価し、上の人間が下を信頼するという、チーム全体の仕事上の関係が必須だろう。(補足1)
 
その際、上からの指示が適当でない場合も当然あり得る。その時には、上下で2-3回往復する意見交換が当然だと考える、環境(仕事場の人間関係)が不可欠である。そのことを田中角栄は、大蔵大臣就任時に官僚に向かって就任挨拶の中で訓示している。https://matome.naver.jp/odai/2148553888159033501
 
チーム戦では、成功や失敗はチームのものであり、一人の人間にその功績や責任を押し付けることは出来ない。つまり、政治において失敗があれば、それは間違いなく全体の失敗であり、トップが責任を先ず明らかにしなければならない。それがなければ、最前線で人生を賭けて仕事ができる筈がない。大蔵省のトップになった田中角栄は、そのように訓示したのだと思う。
 
その結果として、個人のレベルでの責任や栄誉が決定されたとすれば、それは納得の行くものだろう。その責任や栄誉の人事に於ける反映が、組織の新陳代謝となると思う。昨今の内閣のように、不適切な事がなされたかもしれないが、それは“忖度”により為されたことで、トップに違法性があったわけではないと言い張るのは、上記組織での戦いにおける尋常な姿ではないだろう。
 
仕事をチーム戦と捉える体制と、その各層が目的を共有して自由で現実的な対応をし、結果を生む政治が自由主義政治(リベラリズム)だろう。失敗を全て下に押し付けるのは、硬直した全体主義の特徴である。
 
そんな当たり前の図を、佐藤優さんのくにまるジャパンでの話を聞いて、思い出した。現在、日本は非常に深刻な情況にあることがわかる。https://www.youtube.com/watch?v=qdF4OfCXjS8&t=1007s
 
2)安倍総理がパレスチナ、イスラエル、アラブ首長国連邦など、中東を訪問した時、ネタニヤフ首相の晩餐会で、靴をデザインした容器にもられたデザートが出された。明らかに侮辱的な対応である。https://www.sankei.com/world/news/180508/wor1805080062-n1.html
 
その10日程経った514日、米国はイスラエル大使館をエルサレムに移した。その式典には、トランプ大統領の娘であるイバンカ氏が参加した。チェコなど米国に強く依存する数か国も代表を送ったが、日本は送らなかったようである。パレスチナ自治政府は、この式典に参加した国々から政府代表を引き上げさせた。https://www.jiji.com/jc/article?k=2018051700203&g=int
 
5月上旬にイスラエルを訪問したのだから、日本も米国のこの式典に参加したらどうか位のことを言われたのかも知れない。そこで快い返答が得られなければ、当然、靴のデザートくらいはあり得るだろう。何故、この微妙な時期にパレスチナとイスラエルを次々に訪問したのだろうか? 外務省はまともに準備を進めてきたのだろうか?
 
3)更に重要なのは、外務省は北朝鮮問題を巡る外交で、まともに仕事をしていないという指摘が佐藤優氏によりなされている。
 
米朝会談の後で、マティス国防長官が日本に来て、小野寺防衛大臣と会談するよう調整中だという。また、6月中〜下旬にトランプ大統領が日本に来るという計画もあるようだ。
 
しかし佐藤氏は、「米国から「重要な会談は終わった。その結果だが、日本にはこのようにしてもらうと決まったと、報告と要請を米国から受けるのでは、日本外交が機能しているとは言えない」と言う。

米朝会談において、朝鮮戦争の終結と北朝鮮の核廃絶に関してのみ話し合われるのなら、朝鮮戦争に関与していない日本に出る幕はほとんどない。しかし、核廃絶との絡みで、その条件となる筈の北朝鮮の経済支援とその後の東アジアの平和維持体制について議論されるのなら、日本がその話し合いの中に主要メンバーとして入らなければならない。相当の経済的負担が予想されるのだから、当然である。(補足3)
 
この重要な件で、日本が完全に外された格好になっているのは、外務省の不作為の罪だという。その様になった原因として、佐藤氏は二つ上げている。

その一つは、日本の対北朝鮮問題の考え方として、拉致問題の解決を前提に置いてしまっている政治姿勢である。この拉致問題の解決を前提におく日本の姿勢が逆に壁になって、拉致問題の解決どころか、日本の北朝鮮外交全体が動かないことになっているのである。それを、「日本外交が、拉致問題に拉致されている」とブログ記事で表現した。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43642299.html(補足2)
 
そしてもう一つは、安倍内閣の行政を進めるため、「忖度」を含めて一生懸命にやっても、ちょっとうまく行かなければひどい目にあう可能性が高いので、官僚たちはふとんを被って寝ているのだと話している。つまり、日本政府が巨大チームとして機能していないということである。
 
このような状態では、安倍政権では肝心なところで政治停滞を生じるような気がする。以上、一有権者のメモです。
 
 
補足:
1)仕事上の関係であって、そこにプライベートな部分を混ぜるべきではないと、最近のブログ記事に書いてきた。
2)尚、この考え方については、一月前にも独立した記事を書いている。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43631245.html
3)日本の経済援助は、1〜2兆円とも言われる。日韓基本条約では、韓国を朝鮮半島唯一の国家という合意の下に、経済協力が為された。従って、韓国が北朝鮮を併合すれば、そのような経済支援の根拠はない。その日韓基本条約との関係をどのように考えて、小泉政権のとき日朝関係の構築を目指したのだろう。そこから、レビューして、国民に明らかにすべきだと思う。