昨日午後の「そこまで言って委員会」で天皇制に関する議論があり、その一部を視聴した。天皇のあり方は憲法第1条に記述されているので、憲法問題として重要である。また、その話に入る前に、日本書紀に書かれている天皇家の神話時代からの由来や、天皇家と神道の関係に関する議論などもされていた。
 
出席者としてレギュラーの他に、宗教学の方から島田裕巳氏や逆説の日本史などの本で有名な井沢元彦氏らが参加していた。そこでの議論を少し引用しながら、天皇制と日本の明治以降の政治の関連、天皇制のあり方などについて私の考えを書く。コメントなどがいただければと思う。
 
1)神道と天皇家の関係:
 
天皇は、神道の行事をされるだけでも非常に多忙だと言われている。この神道は、伊勢神宮を頂点とする神道の一派である。私はこれを伊勢神道とよんでいる。何故なら、我々日本人のほとんど全員の心の中にある神道は、伊勢神道とは異なると思うからである。オリジナルな神道には経典はなく、社殿も元々ない。しかし、伊勢神道にはアマテラスの神話が用意されているし、社殿も偶像的なものも存在する。
 
オリジナルな神道における信仰心は、アマテラスを主神とする伊勢神道のそれとは違い、「大自然に対し畏怖の念をもつ」がその核心にあり、それのみである。従って、信仰の対象は人により様々である。太陽であったり、山であったり、滝であったり、或いは、大空であったりする。
 
この自然に対する畏怖の念は、自然がもたらす農作物を日本人が食するとき、「いただきます」という言葉となって現れる。また、日の出の太陽を見た時、ありがたいと思う。その古来日本人の信仰心を、アマテラス信仰と一緒にするのは間違いである。(補足1)
 
アマテラスは天皇家の祖先として日本書紀に登場する。それは天武天皇のときに編纂された歴史書であり、その時の体制の正統性を主張するために書かれた。つまり、漢の武帝の正統性を示す(主張する)ために書かかれた「史書」の日本版であると考えられる。天武天皇に至る皇統を、当時の主なる宗教であった神道に結びつけることは、その正統性主張の重要なポイントだったのだろう。
 
伊勢神道と日本国とを強く結びつけたのは、明治の革命政府である。その目的は国家神道、具体的には靖国神社を創建し戦死者の霊を受容する器とすることで徴兵を容易にし、兵士を勇敢に戦わせるためである。現在の左派系の人たちは、その方針を個人の人権と自由を蔑ろにする卑劣な手法と考える人が多い。しかし、それは間違いだろう。
 
西欧では、日本の江戸時代に主権国家の時代(ウェストファリア体制)となり、更にフランス革命後には国民国家の時代が始まり、日本も同様の国家体制を急ぎ整える必要が生じた。日本が西欧の植民地となるのを避けるために行った、国家神道の創製とその利用は必要だったと評価されるだろう。何故なら、明治新政府は権威を天皇に頼り、兵士の士気高揚も天皇に頼らざるを得なかったからである。
 
倒幕の評価は別問題として議論する必要があると思うが、それを前提にすれば明治政府による国家神道の利用は、日本が生き残る上で必要だっただろう。(補足2)この点を国民が理解することなしに、日本が再び国家としての体裁を整えるのは困難だろう。つまり、江戸末期から昭和に亘る近代史の総括は、日本の緊急の課題である。
 
 
現在、その歴史を直視せず未だに伊勢神道と靖国神社の存在意義を、明治時代のように考えるのは時代錯誤だと思う。私は、靖国神社の建物などは国営墓地として改組すべきだと思う。日本国民なら、国の為に戦って死亡した人々に対する尊崇の念には、いささかも変化は無いはずである。
 
2)天皇の政治的位置について:
 
憲法第1条:天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
 
「国民統合の象徴」という表現は分かりにくいが、 要するに“日本国民は天皇を中心にまとまる”ということだろう。明治憲法ではその第1条で明確に、日本国(大日本帝国)は天皇が統治すると謳っているが、現在の憲法には天皇は国家元首であるという表現はない。
 
上記TV番組では、国家元首は天皇であるという考えが、「実質的に」或いは「諸外国はそのように考えている」という形容とともに語られていた。儀礼的な場面では、天皇は国家元首的な役割をしているように思う。しかし、それだけでは本当の意味での国家元首ではないだろう。
 
内閣総理大臣が国家元首であると考えると、国家元首が実質的に与党内で選ばれるということになるので、制度的に問題である。また、国権の最高機関と規定されている国会に指名されるので、国会の方が内閣総理大臣より上位の存在であり不自然である。国会の議決で最重要な決断をするのは良いが、それでは非常事態などには対応できない。
 
つまり、日本には明確な国家元首は居ないのである。この深刻な主権国家としての欠陥を本質論から論じないのは、誠に不思議である。日本は占領軍憲法により骨抜きにされたままなのである。
 
天皇の機能を具体的に考えてみる。戦前の大日本帝国憲法第55条では、国務大臣は「天皇を輔弼し、その責に任ず」とある。一方、第11条に「天皇は陸海軍を統帥(指揮監督)する」とある。それら2つの条文は整合性に欠ける。そのことが陸軍大臣の指揮を離れて陸軍が暴走する原因となったのは周知である。(補足3)明治憲法では、特に軍を指揮する場面において、権力の系統が不明確であった。
 
現在の憲法第3条には、「天皇の国事行為には、内閣の助言と承認を必要とする」と書かれている。これを誰でも理解出来るように説明すると、国事行為の脚本を内閣が書き、それを天皇が演じるということになる。天皇は国家元首を演じるだけであるから、現時点では内閣総理大臣が実質的或いは代行的な国家元首としての役割を果たすしかないと思う。
 
非常事態宣言を出さねばならないような時、日本国はどうなるのだろうか。憲法には非常事態宣言の規定がないのだから、勿論、そのような宣言をする国家元首の規定もない。このような権力の在り処がさっぱり分からない国では、主権国家とは言えない。憲法9条の改正だけでは、日本の憲法はまともなものにはならない。まともな国を目指すのなら、憲法は全面改訂或いは一旦破棄するしかないと思う。
 
日本の政治家は世襲の政治屋である。日本国民は、天皇という元首のような元首でないような分かりにくい存在をいただく無言の集団である。論理的思考になれた外国人には、不気味な存在だろう。外交的議論する以前に、既に述べたように近代史の総括と、それを基に日本国家のあり方そのものを議論するのが急務の筈である。
 
3)明治維新と天皇制の関連:
 
明治の時代に薩長の下級武士たちが新政府を作り、その要人となった。その権威に欠ける新政府が、天皇の地位を非常事態的に過度に利用して、戦時体制的な国家を作り上げた。(補足4)その国家の枠組みを、国難と言える情況を克服した段階で、平常時のものに改めるべきだった。
 
しかしその時既に、天皇の地位が明治の始めと異なり、絶大になっていたのである。それを示す大事件が、例えば226事件だったと思う。それを国家組織の欠陥と捉えた人は政府要人にも多かっただろう。しかし、天皇ご自身からの発案でなければ、畏れ多くて議論など出来なかったのだろう。
 
改革の必要性を、身を賭して天皇に具申できるような人物は、明治の初めのときならともかく、昭和の時代には居る筈はなかった。天皇直属の陸海軍を、天皇から切り離して内閣の下に置くことなど、天皇ご自身におかれても深い考察と強い決断の末でなければ出来ないだろう。
 
その天皇と内閣の関係の残渣が、現在の憲法にも存在している。憲法における日本国統合の象徴という規定である。憲法が占領軍の天下りだとしても、それでは大敗戦という犠牲を払いながら、何も学んでいないことになる。この日本国憲法の条文は「天皇は、唯物的に日本国を支えるのではないが、精神的な日本の中心である」と規定しているのである。(補足5)
 
それが日本を国際的に分かりにくい国にしている。天皇は日本国の故郷的存在だとしても、現在の日本国は都会に住んでいる。日本国は、40歳過ぎても故郷の親から仕送りを受けて都会で暮らす人に似ている。
 
 
補足:
 
1)私が理解する神道は、この大自然の中に生まれ育ったことに感謝し、起こること全てを大自然を司る神の意思と考える宗教である。しかし、その意思の在り処や法則性は人間の知るところではない。神への祈りも、祈れば成就するという確証など全く信じていないが、口に出すときは信じていると言うしかない。反対の事が起これば、神を畏れる気持ちを新たにするのみである。受け身の宗教だと思う。
 
2)幕末の孝徳天皇は、薩長勢力よりも徳川慶喜の幕府を能力ある政治組織と考えていた。その急死に疑問を持つ人は多い。
 
3)最高戦争指導会議は、首相、外相、陸海軍の大臣、陸海軍のトップ(参謀総長と軍令部総長)を構成員とした。しかし、その下に実際に軍を指揮する大本営が存在する訳ではない。
 
4)陸海軍とその兵士の士気を高めるため、両軍を天皇直属とし、皇軍とよんだ。戦死した兵士の霊は、靖国神社に神として祀られるという国家神道を作り上げた。
 
5)人の人たる所以は、物理的な(physical)人体にあるのではなく、精神にある。先に紹介した昨日のTV番組で、明治天皇の玄孫という武田恒泰氏が言ったことば「明治憲法の天皇に関する規定と、現在の憲法における規定に差は殆どないのです」が、何よりも明快に天皇の位置を語っている。しかし、日本人は歴史に学ばない国民ということになる。
非常に興味ある動画が配信されています。西岡力氏や櫻井よしこさんらの対談です。あのレーザー照射事件は、脱北者を捕獲するよう北朝鮮からの要請に応じて、韓国側が軍艦を出して捕獲した可能性があるという話です。

それと、北朝鮮の朝鮮赤十字会中央委員会が「近年、遭難したわが船員たちが無事に帰国できるように数回にわたって人道的援助を提供した日本当局に謝意を表した」ことの違和感との関連も興味があります。


1)昨日報道されたニュースによると、政府は、アイヌ民族を「先住民族」と初めて明記したアイヌ新法案を今国会に提出するという。朝日新聞デジタルによると、自民党の国土交通部会などの合同会議が5日、法案を了承した。
 
法案は差別の禁止や、観光振興を支援する交付金の創設からなる。政府には、アイヌ文化を観光資源とし、訪日外国人客数の目標達成の一助にする狙いもある。近く閣議決定し、今国会での成立をめざす。
 
政府は新法により、生活向上のための福祉や文化振興を中心にしたこれまでの施策から、地域や産業の振興、国際交流を見据えた総合的なアイヌ政策へ転換を図るとしている。
 
法案の背景には、アイヌ民族をめぐる過去の経緯や、先住民族への配慮を求める国際的な要請の高まりがある。加えて政府が狙うのは、東京五輪・パラリンピックが開催される2020年に4千万人達成の目標を掲げる、訪日外国人客へのアピールだ。
 
この最後の法案の背景と記した部分は、非常に浅い理解しか示されていない。まともなメディアなら、何故今なのか、何故急な可決なのか、国際政治を睨んだ探求が必要である。日本のマスコミは非常に知恵が浅いか、反日であると言わざるをえない。
 
2)この新法に危惧を示したのが、評論家の藤井源喜氏である。もはや日本人として完全に同化しているアイヌ民族を殊更取り上げる意図に外国、特に中国の陰を感じるからだろう。https://www.youtube.com/watch?v=AlLsCmbcKkc1:46頃から)
 
つまり、中国を中心とした反日連合(セクション3で言及する)は、アイヌを先住民族として国際的に強く印象つける第一の段階が終われば、次に日本民族によるアイヌ虐殺の歴史をデッチ上げる可能性がある。そのことに政府与党の多数は気づいていないか、無関心である。
 
大部分の自民党政治家は単なる政治屋であり、田舎を票田とする給与と歳費を受け取るだけの家業継承者に過ぎない。彼らが関心を持つのは、現在2倍以上の一票の格差で守られた自分の議席のみである。(補足1)その為、内閣や自民党幹部の意のままに動く結果、あの新入管法も殆ど何の議論もなく可決成立したのである。
 
藤井氏は、昔北海道周辺にアイヌ民族が棲んでいたものの、統一した民族という意識はなかったと指摘している。そして、この数百年間日本人と雑婚状態であり、現在では完全に日本民族に同化していて、アイヌ民族がアイヌ文化の下で独立して生活している訳ではない。
 
このあたりのことは、今後勉強したいと考えているが、差し当たり以下のサイトを紹介する。このアイヌ民族とアイヌ問題全体について、小林よしのり氏と香川リカ氏が議論している。これは、新しく問題を考える人の全てにとって一読に値する文献だと思う。https://ironna.jp/article/1552?p=
 
藤井氏が述べるように、そして、上記小林・香川の議論にあるように、アイヌであるという認定は自己申告から始まり、アイヌ協会が認定する。つまり、アイヌ関連のかなりの予算が計上される今回の法律制定により、その団体は今以上に巨大な利権を握ることになる。
 
実際、藤井氏の紹介にあるように、昨日(5日)の衆議院予算委員会でも、日本維新の会の丸山穂高議員は、現在既に存在するアイヌ文化振興法(補足2)も乱用され、それによる福祉詐欺などが横行しており、問題があるのではないかという質問があった。
 
陰の勢力が、アイヌ記念館の創設などにより、日本民族がアイヌの国を侵略したという歴史を作ろうとしている可能性が大きい。
 
3)重ねて言うが、このアイヌ新法の動きには複雑な裏がありそうである。過去になんども言及したことだが、201211月、中国は、ロシアと韓国に「反日統一共同戦線戦略」を提案した。http://rpejournal.com/rosianokoe.pdfもしや、これが第二次大戦のときのヤルタ会談に似た役割を持っていないかどうか、日本国民は真剣に考えるべきである。(補足3)
 
注目すべきなのは昨年12月、ロシアのプーチン大統領が、アイヌをロシアの先住民族と呼ぶ提案に賛成したことである。提案に賛同する模様は、プーチン大統領と露大統領人権評議会のメンバーとの会合の逐語記録に残されているらしい。https://jp.sputniknews.com/russia/201812185720111/
 
在日朝鮮人・韓国人(在日)がアイヌ利権を手に入れる活動をしていたことも事実である。そのような在日を呼ぶ言葉「ザイヌ」が存在することから、相当話題になっていることがわかるだろう。
 
また、中国人は北海道の土地を買い占めていることは周知であり、それは前々回の記事の中に引用したチャンネル桜の番組「日本の自死」の中で、最初に小浜逸郎氏が問題視したことである。この番組の3時間目でも、この件に関して議論がなされているが、中心的話題にならなかったのは残念である。兎に角、中国が北海道大きな関心を持っていることは、中国首相李克己強が訪日した際、特別に北海道を視察したことでもわかる。
 
アイヌ問題をテコでこじ開けて、日本列島をアイヌから取り上げたという侵略史観を作り上げようとするのは、米国が東アジアから撤退したのちの日本を料理するレシピの一環の可能性が高い。

 

慰安婦問題よりも大きな問題となるかもしれない。慰安婦像設置などで主な舞台となったのは、言論の自由が保障された米国であり、その国には、「官憲等による強制連行の捏造」を暴くマイケル・ヨン氏のようなジャーナリストが現れる余地があった。しかし、今回のケースでは、そのような可能性は皆無だからである。(マイケル・ヨン氏の本については:https://ironna.jp/article/1355) 
 

 

補足:

 

1)野党議員の多くは、辻元清美議員のように、外国人から資金協力を得て、明らかに外国の利益のために国会に議席を持っていると多くの日本人が感じているだろう。その類の人を含め、反日スパイのような議員が与野党ともに多いように思う。日本の政治は、韓国の政治同様に迷走している。
 
2)1997年制定。同時に、北海道旧土人保護法(明治32年)および旭川市旧土人保護地処分法(昭和9年)は廃止された。この法律は、アイヌ文化の振興とアイヌの伝統等に関する国民の理解を通して、我が国における多様な文化の発展に寄与することを目的としている。

 

3)私は今回の法制定で、安倍総理は日露平和条約の締結に前のめりにならない方が良いと思うようになった。或いは、以前書いたように、日露平和条約は安倍総理が退任後にした方が良いと思う。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43860903.html
国際情勢が非常に流動的な現在、安倍総理は米国中心であるべき外交の軸足を、不安定な方向に動かしているように見える。