1)大国は棲み分けを考える:

 

棲み分け(住み分け)をネット検索すると:

「生活様式のほぼ等しい異種の生物群が、生活空間や生活時間・時期を分け、競争を回避しながら共存する現象。 ヤマメが下流に、イワナが上流にすむ例など。」と書かれている。

 

何となく分かりにくいかも知れないが、建設業界で行われている「談合」も同じだと言えばわかるだろう。対象となる地域や業界など、其々の建設業者が「得意とする分野」の地図を作り上げるまでは、小競り合いがあるかもしれないが、やがて棲み分けの地図が出来上がり、安定化する。勿論、談合は違法行為だが、暗黙の了解は法律の網では引っかからない。

 

棲み分けが起こる条件は、空間が限られていることである。空間の獲得競争が始まれば、実力者たちはすぐに「互いに傷つき共倒れになって、近くにいる無能な弱者に生きる権利を与えるのは愚かだ。それよりも、互いに棲み分けた方が利益となる」と考えるだろう。その後は、其々の覇権域で弱者を脅して利益を吸い上げれば良いのだ。

 

現在、地球という限られた空間と限られた資源とエネルギーを、世界は正確に把握している。現在も静かに存在する国家間の冷戦は、その棲み分け範囲の微調整であり、どちらかがもう片方を潰すという類の争いではない。

 

2)来年、米国は中国と、どのように棲み分けるかの話をするだろう

 

今回のコロナ肺炎で、デカップリングが起こると言って、中国の世界経済からの締め出しを夢想する人が多いようだが、中国が自壊するのなら兎も角、そうでなければ起こり得ない。つまり、一旦中国を自由主義経済の枠組みに入れた以上、そこからの排除を行うのなら、リーダーとなる米国の強い決断、追随する諸国の堅い結束がなければ不可能である。

 

中央政府の基盤が、大衆の一票にある制度の下では、経済情況が悪化すればするほど、冷静な判断が出来なくなり、衆愚政治へ向かう。例えば米国では、今後生じる可能性の高い困難を考えて、デカップリングという高遠な目標を示しても、大衆は日常の豊かさを要求して近視的な政策の政権を選ぶだろう。

 

具体的には共和党トランプは次期大統領選に破れ、バイデンの民主党が政権を掌握するだろう。そして、中国敵視策に見えた共和党の政策はゴミ箱に捨てられ、中国とのデカップリングではなく、棲み分けの話が始まるだろう。

 

国家と国家の関係では、圧倒的に独裁制国家が強い。21世紀後半は、中国が世界を支配するだろう。それは、以前中野剛志が指摘したロックインモデルで予測されることである。既に、米国は民主国家が独裁国家に支配されるレールの上に、世界を乗せ、世界はその道にロックインされている。

 

トランプが直感的にその危険性を感じて、アンロックの道を探ったが、中国のちょっとした小細工によりもろくも崩れることになった。中国にとって、100万人が死亡する作戦など、小細工のうちである。米国のブレジンスキーも言った筈だ、知りすぎた100万人は説得するより殺すほうが簡単だと。彼らは、感覚的に通じ合い、棲み分けの話ができる相手だろう。日本? 今の政権の体たらくを見た上でする質問ではないだろう。その頃には無くなっている筈だ。

 

 

3)火事の前のきな臭さ:

 

先日、NHKはJ.F. Kennedyの暗殺の謎を探る番組を放送していた。オズワルドはCIAの捨て駒となり、ソ連に派遣され、帰った後の仕事が例の事件を引き起こすことであったということをサジェストしている。明日、その続編があるだろう。

 

昨日の及川幸久氏のYoutube動画の題目は、米国政府がついにUFOを認めた!?」であった。https://www.youtube.com/watch?v=KvTBcz50xZw&t=612s

この元の記事は、ニューヨーク・タイムズのペンタゴン(米国国防総省)はUFOのビデオを公開したという内容の記事と、その動画である。https://www.nytimes.com/2020/04/28/us/pentagon-ufo-videos.html

 

何故、今 UFOなのか? そう言えば、ケネディ大統領が暗殺されなければ、ダラスでUFOや宇宙人に関する情報を公開し、ソ連と核兵器という刀の柄を握りながら争う愚を犯さないで、宇宙人との共存を図るべきであると演説する予定だったようだ。その一環として、アポロ計画があったという。これは以下の本だけでなく、いくつかの本などで読んだ。

飛島昭雄ら、“失われた地底人の魔法陣「ペンタゴン」の謎”

 

この時期、これらの話が米国から流れてくるのは、米国一般大衆の一部がパニックになりかけているからだろう。UFOとは未確認飛行物体である。カラスが夜空に飛んでも、確認できなければUFOである。こんな馬鹿げた話が、米国では国防総省から発表され、New York Timesが報じるのである。 

 

ニューヨーク・タイムズの裏に居るのが、ウォール街の金融資本家たちである。おそらく、トランプに「何らかの道」を取れと、強力に進言しているのだろう。どの道? 何時か来た道である。

過去一定の閲覧があったものを再録しています。以下は2015年1月に投稿のものです。

古いものは、グーグルでの検索に引っかからなくなるので、読み直して価値があると自分で判断したものを再録しています。

 

三島由紀夫著「金閣寺」の感想


(補足:この感想文は、7月10日の禅問答と小説金閣寺の前編です。是非、後半もご覧下さい。2015/1/12記す)

 小説はあまり好きではないので、ほとんど読まないが、以前から金閣寺の事が気になっていたので、読んでみた。三島由紀夫の本は、初めてである。正直言って難解な部分もあったが、自分流の解釈も加えて以下に粗筋と感想を混ぜて書く。(1)

 内容のエッセンスは、人は社会を造って生きる様に出来ているため、人から拒絶されることを過剰に恐怖する場合が多いということである。主人公は吃りであり、それが社会との関門となって一生苦しみ、やがて自分の苦悩を言わば(苦悩とバランスをとる様に)美として変化させ貯め込んだ心象としての金閣寺が大きくなり、それに耐えられなくなって実在する金閣寺に放火することになったのだと思う。

 小説はその主人公の語りで進められている。子供のころ父親から金閣寺の美しさを聞かされてはいたが、始めてみた金閣には全く美を感じなかった。金閣寺に弟子入りしたものの、孤独と特に女性関係において進歩の無い人生を、幼少期からの乗り越えられない吃りとそれによる自己嫌悪の所為にする癖から抜けられない。一方その消化しきれない心理的抑圧に耐えるため、金閣の美への憧れへ逃避することにより、辛うじて生きて行くエネルギーを得ることになる。初めて見た金閣に、全く美を感じなかったことでも判る様に、金閣への憧れは自分の停滞する人生と心理的にバランスを取るためのものである。そしていつの間にか、自分の劣等意識の証人的存在である金閣が、空襲により焼失することを願う様になる。しかし、京都への空襲は無く、金閣は戦火を逃れる。

 金閣の焼失を願う様になった経緯は、数年前の中学生のころ、密かに心を寄せた近所の女性有為子との出来事と相似的である。ある日の早朝、憧れが原因で咄嗟に自転車で出かける有為子の前に、立ちはだかったことがあった。そこで、何か言い訳をすべきところで、言葉が喉から出る直前で詰まってしまい、有為子にバカにされることになる。有為子の告げ口で、彼女の親が下宿先に抗議にきた。そして、有為子の存在は恥と劣等感の証となり、彼女の死を願うようになったのである。その後、有為子は海軍病院で知り合った兵士と恋仲になり、その兵士の子供を宿すことになる。そして、経緯の詳細は書かれていないが、その兵士が脱走兵となり、捜索する軍兵士と捜索に加わった主人公の目の前で、二人は強い絆を見せつけるように心中したのである。主人公の願いはかなえられ、自分の呪いの力を信じることになるが、この体験は主人公の劣等意識に加算され深く刻み込まれる。

 大谷大学予科で知り合いになった柏木は、内飜足でありながら、そのハンディキャップを逆に利用するほど世俗的になることで強く生きていた。その友人に何度か女性を紹介されるが、喉まで出て来た言葉が詰まってしまう吃りの症状のように、最後の段階で失敗をする。その際、金閣寺が女性との間に立ちはだかる様に表れる幻想を見る。それは劣等意識の為の失敗であっても、金閣が開き始めた自分の人生を妨害するかのような錯覚を持つ。そして、「いつかきっとお前を支配してやる。二度と私の邪魔をしに来ない様に、いつか必ずお前を我が者にしてやるぞ」と金閣に呼びかけることになる。

 金閣に放火することを決めてからは、そのエネルギーを得るために、金閣寺の住職に嫌われるような行動を敢えてとるようになる。また、柏木から借りた金で、生まれ故郷の方向に出奔することなどで、住職から「お前を跡継ぎにすることも考えたこともあったが、今はその気はない」という趣旨のことを言われる。その後は、坂道を転げ落ちるエネルギーで、金閣を破壊する決断をすることになる。この当りからは、私はこの本を駆け足で読むことになってしまった。

 自分の吃りというハンディキャップから、世界と自分の間に厚い壁を作ってしまった主人公は一生その壁を取り除くことができなかった。近くに鶴川という暖かい友人と柏木という内飜足というハンディキャップを乗り越え強く生きる見本を見せてくれた友人を持ちながらである。柏木は特に、そして鶴川とて同様に、思い通りにならない人生を生きていることに、全く気付かないほど自分の劣等感と常に対峙していたようである。

 最後にこの小説にたいする疑問点を書く。それは、最後に、「生きようと私は思った」と書いている点である(2)。もちろん、金閣寺放火直後に自殺する筋書きでは、放火犯の一人称で小説を書くことは矛盾しているのは判るが、金閣寺を放火しても、“私”に生きる力はわいてこない筈である。何故なら、主人公が自分を決して受け入れない社会の全てを、想像上の金閣寺に押し込んだのであり、実際の金閣寺はその象徴に過ぎないからである。金閣寺の放火は、自殺の始まりだからである(3)。
 

 

 注釈:


1)http://ja.wikipedia.org/wiki/金閣寺_(小説) ウィキペディアに粗筋と諸氏の評価・分析が書かれている。
2)上記サイトに小林秀雄との対談として、三島自身の言葉として「殺した方がよかったですね」と書かれている。
3)この小説の至る所に、著者の人や世界にたいする理解の深さを感じる記述がある。例えば、父親の遺体を前にしたときの記述:”屍はただ見られている。私はただ見ている。見るということ、ふだん何の意識もなしにしているとおり、見るということが、こんなに生けるものの権利の証明であり、残酷さの表示でもありうるとは、私にとって鮮やかな体験だった”

新型コロナ肺炎(COVID-19)の問題を本格的に考え続けて、2ヶ月以上になる。ここで、ほぼ全体が見えてきたように思う。この病気が世界的大問題となった背景には、恐らく、人類の脆弱化と複雑な国際政治があるのだろう。この問題を、一般肺炎による死者数の年間12万人という数字で相対化してきたつもりだが、政治の貧困に対する攻撃により、取り扱いが大きくなり過ぎたかもしれない。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12580811884.html

 

この病気には、本当は集団免疫を得るまで緩やかな規制を続け、高齢者と基礎疾患保有者を隔離する方法をとり、結果としての相当の被害には目をつぶるスウェーデン方式が、賢明な政策だったのだろう。それは、都市閉鎖など力ずくで抑え込んだとしても、集団免疫が出来なければ、第二波と第三波などが来た場合、経済の疲弊による被害の方が大きいかもしれないからである。

 

しかし、世界ではSocial DistanceとかLock Down とか言って、強い規制がCOVID-19に対する正当な戦略であるとの考えが主流である。それは個の主張が極大化した現在、それと反比例的に人間社会が脆弱化したことの裏返しかもしれない。疫病の世界でのパンデミック自体はそれほど大きくは無くても、国際政治の舞台ではズームアップされたり、過度に照明されたりして、狂気の支配が始まっているのかもしれない。ここで、一度全体を振り返ってみる

 

1)第一波流行における中国の責任

 

武漢や重慶など巨大都市では、中国政府はほぼ完全な都市封鎖を行った結果、現在ではこの疫病を完全に抑え込んだとしている。4月27日には、武漢での入院患者ゼロを宣言した。その結果、中国全土での死亡者総数は、最近統計に漏れて居たとして加えた1200名を入れても、4633名(4月29日現在)であり、現在の米国死者数の1/13に過ぎない。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200426/k10012406651000.html

 

中国で発表された、(検出された感染者の数を分母にしての)致死率は、武漢で5%程度であり、他の省では平均して0.8%程度である。(抗体検査などで見積もった)実際の感染者数を分母にすれば、数値は数分の1になるだろう。(補足1)これらの数字から、COVID-19に関する国際紛争において中国がとる戦略が読める。中国は、医療崩壊を引き起こさなければ、中国発のCOVID-19の致死率は小数点以下(%)であり、普通のインフルエンザレベルの病気であると主張するだろう。

 

①インフルエンザが何処で発生しても、その責任追及は国際慣例として行われて来なかった。従ってCOVID-19が最初中国の河北省で発生したとしても、その責任を欧米が提示する様には負いかねると主張するだろう。逆に、それが可能な様に数字を抑えているという見方も存在する。また、②武漢の5%を超える高い致死率は医療崩壊の結果であり、他国に非難されるべき対象ではない。更に、③その後欧米でウイルスに変異が起こって大きな被害が出たとしても、それら変異株がそれらの国の諸条件下で生じたものなら、中国の責任だと攻撃するのは論理的でない。

 

これらは、元のウイルスが天然に発生したウイルスであったなら、ほぼ正当な主張であると思う。更に北京政府は、流行初期に隠蔽したこと、そしてそのために武漢の李文亮医師らを弾圧したことは、全て湖北省地方政府担当者の犯罪行為であったとするだろう。ただそれも、「流言飛語により医療崩壊を起こす危険性を察知してのことであり、弁護の余地もある」として、トカゲの尻尾切が可能である。

 

中国政府は、通常のインフルエンザレベルの風邪の流行の原点になった責任は、都市封鎖により制圧したことで完全に果たしたと主張するだろう。4月下旬以降、旧満州地方でのCOVID-19の流行は、上述のように外国から持ち込まれた変異株によるものであり、この流行第二波においては中国は被害者であるとの主張し、その声は時間を経るに従って大きくなるだろう。

 

以上のような戦略で、中国はその責任を最小限に抑える戦略をとると思う。それに同調する国として、セルビアやエチオピアなどの親中国家が準備されている。

 

元の数値はジョン・ホプキンス大の発表しているデータから取った。https://coronavirus.jhu.edu/map.html

 

2)COVID-19流行第二波による被害とウイルスの変異株について

 

最初の流行(第一波)を、2−3ヶ月かけ都市をロックダウンして抑え込んだ場合、大きな集団免疫は出来ない。そこで、経済活動を再開すれば、一定期間後に第二波がくる可能性が大である。それは、特効薬やワクチンができない限り必然だろう。変異株が生じた場合、その被害は更に深刻になるだろう。

 

既にこの第二波が中国で起こり始めているようだ。(上のテーブルの黒龍江省や内モンゴルのデータを見てもらいたい。)欧米からの逆輸入による第二波に関しては、中国は被害国であるというのが、中国の考える歴史の筋書きだろう。勿論、それは事実かもしれない。ただし、COVID-19パンデミックに人為的要素が無い場合に限られる。

 

欧米では第一波が既に大流行となり、模範的な対策を取っているドイツやスイスでも検出感染者数を分母にすれば、致死率は5%を超える。フランス、イタリア、スペインなどでは、10%を大きく超えるだろう。それは韓国の2.5%、中国の武漢以外の0.8%より遥かに大きい。

 

この欧米での深刻な被害の理由は、変異株によるのだろう。最近のProNAS(米国科学アカデミーの論文誌)に掲載された論文では、幾つもの変異株とその変異ルートが記載されている。そこではメインな変異株として、A, B, Cを上げている。Bは東アジアでメインであり、Cは欧米及びブラジルで猛威を振るっているもののようだ。そして、Cは中国本土諸省では見られなかった変異株であると書かれている。(補足2)https://www.pnas.org/content/117/17/9241

 

つまり、中国が考えた通り、欧米での大流行は、変異したウイルスによるのであり、中国本土で発生したオリジナルなウイルスではない。最近、国立感染症研究所の報告によれば、4月に入って日本で急激に流行拡大しているのは、欧米から流入したものだと言う。多分、上記タイプCが日本でも猛威を振るっているのだろう。https://www.youtube.com/watch?v=pDLXTTKRRB4

 

この変異の速さと、ウイルスの凶暴化は、どのように説明されるのだろうか。更に、変異を続ければ、仮に一旦集団免疫ができたとしても、それは変異株には万全でない可能性がある。人類にとって、最大の危機なのかもしれない。 

 

中国は、国家の威信を掛けて、COVID-19を抑え込んだ。それは、上記のように欧米からの賠償要求を斥けるため、或いは、最小限に抑えるためには、相当役立つだろう。ただ、医療崩壊がなかった武漢以外の省での都市のロックダウンは集団免疫が出来ないので、第二波の流行を考えれば良い策ではなかっただろう。

 

それも中国は十分知っていた筈である。それでも尚、武漢以外の大都市、例えば重慶などを都市封鎖したのは何故か?

 

最初から、何処かに不自然なものがある。中国の主張する流行のモデルと異なり、最初の発病者が武漢の海鮮市場とは無関係のところで生じていること、P4研究所のGoogle地図上での消滅(https://www.youtube.com/watch?v=Cm0lZ8uDYRE; 12:00ころから川添恵子さんが言及)、更に、最初にこの病気に対する警告をネットにアップした李文亮医師らへの武漢政府の弾圧など(死後北京の中央政府は表彰したのだが)、賠償問題とは別に中国には説明する道義的責任がある。

 

3)治療法の無いパンデミック疾患は、集団免疫ができるまで続く?

 

集団免疫の話では、国際政治評論家の田中宇さんが、昨日配信のメルマガで議論している。(http://tanakanews.com) 田中氏の引用文献によれば、このSARS-CoV2ウイルスに対して免疫を持つ人は、河北省武漢でさえも人口の3%に過ぎないとのことである。もし3%が感染者だったとすると、河北省人口7470万から計算すると、本当の感染者を分母にした致死率は0.2%となる。武漢を含む河北省での流行でも、インフルエンザの倍程度の致死率だったのだろうか?

http://www.wsj.com/articles/wuhan-starts-testing-to-determine-level-of-immunity-from-coronavirus-11587039175

 

スウェーデンは、最初からCOVID-19の脅威を正しく理解し、弱者を隔離する方法(感染者の隔離ではなく、感染の可能性が大きい無感染者の隔離)を採用した。国家と国民の間に信頼感のある国でのみ可能な方法だろう。そして、世界で唯一、集団免疫を正面から目指す戦略を取っている。田中氏の記事によれば、近くほぼ集団免疫60%を達成するそうである。

 

米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペインなどの殆どの欧米の国々は、強い規制を敷いた。その結果、これら西欧諸国は恐らく5月中に、流行第一波をほぼ抑え込むだろう。これらの国々は第一波の対策で経済的に疲弊しており、第二波や第三波の流行では、ロックダウン戦略を取れず、第一波以上の被害を出す可能性がある。

 

集団免疫を得るまでの最終的な被害者数は、たいして変わらないかもしれないが、経済的損失とそれによる自殺者などの被害を考えると、スウェーデン方式を採用した場合が最小の被害となる可能性が大きいと思う。(補足3)

 

日本は、スウェーデンに近いレベルの緩やかな規制で対処してきた。しかし、その被害は隠れているのではないかと米国から指摘され、現在その規制を強化している(米国により強制されている)と田中宇氏は解説している。(補足4)

 

COVID-19を“武漢風邪”レベルという、与党有力議員(松田学氏;https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12589838716.html)の発言から察すると、日本政府は、集団免疫を達成する方針だったのかもしれない。しかし、それをスウェーデンの様に、国策として正面に掲げると、英国同様、世論に潰される。それをどう実現するかを専門家会議で考えた結果が、クラスターを追いかける戦略(https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2020/03/blog-post_16.html)だったのだろう。

 

そして、それを正当化すために、最初専門会議の副座長が言った言葉は、「感染者の80%は他人に感染させない」という不思議な台詞である。ドタバタした結果、人的被害を相当拡大することになったのだろう。(補足5)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00011.html


イギリスのジョンソン首相も、最初は集団免疫を作る方向で、多少の犠牲はやむを得ないとは言っていた。しかし国民の非難などがあったのだろう、数日でギブアップした。

 

第二波や第三波は秋以降にくるだろう。繰り返すが、高齢者と基礎疾患を持つ「弱者」のみを隔離し、その他は各自の判断で、感染者がいる空間での活動を許した方が、最終的な被害を考えれば最良の戦略だったのだろう。大きくなった個人の声と、複雑化し狭くなった国際社会の政治という不利な環境で、全体としてみれば民主主義体制を採る国家とその民は、近代文明誕生後の最大に危機にあるのかもしれない。

(午後4時に全体を編集しました。)

 

補足:

 

1) 致死率は死亡者が分子にくるのは自明だが、分母に検出された感染者を置くのか、推測される全感染者を分母に置くのかで数値が大きくことなる。通常最後に残る数値は後者だろう。その場合の分母には、一応疫病が終わったのち一定数の抗体検査から全体の感染者数を計算し、それを置く。例えば、ニューヨーク州での死者数は23,500人ほどであるが、最近行われた抗体検査での感染率13.9%で全感染者を推定すると270万人になる。そうすると、致死率は0.9%以下に落ちる。これでもインフルエンザの9倍程の致死率である。疾病流行の途中なので、本ブログでは一貫して前者の定義を用いてきた。ここでも単に致死率という場合は、分母として検出された感染者を用いた値を指す。

 

2)3月3日に発表されたOxford AcademicのNational Science Reviewに発表された中国の研究者による論文では、主に二つのタイプS(古いタイプ)とL(変異した症状のキツイタイプ)があると言う。類似のものをまとめているので、変異株の数自体は50を超える。Lは武漢で猛威を振るったが、都市封鎖により鎮圧されたようである。このSとLのタイプがあるという結果は日本でも報道された。この論文は、全文PDFで公開されている。

https://academic.oup.com/nsr/advance-article/doi/10.1093/nsr/nwaa036/5775463

 

3) ドイツやスイスでも致死率は患者数の5%程度である。そして、その背後に無症状な感染者が大勢入れば、感染者ベースの致死率は大きく減少するだろう。それでも、集団免疫を目指す方法を取れないのは、20世紀後半から先進諸国の人権意識の高まりと、同時に起こる“命の値段”の高騰だろう。最終的な被害は、スウェーデン方式が最小となると考える人は、知識人の間では多いだろう。

 

4)田中宇氏は、米国にたいする見方が非常に厳しい国際政治評論家である。李氏朝鮮時代の隣国のように、日本では事大主義者(大きな国に従属することが賢明で自然だと考える人)が政治評論家でも主流であるので、タイプが異なる伊藤貫氏同様、日本のマスコミに登場することは殆どない。

 

5)「これまでに国内で感染が確認された方のうち重症・軽症に関わらず約80%の方は、他の人に感染させていません。一方で、一定条件を満たす場所において、一人の感染者が複数人に感染させた事例が報告されています。」と書かれている。