自民党議員には既に二世三世議員が多い。中には、幼少期から政治家である親を見て、優秀な政治家に育つ場合もあるが、それはおそらく100人に1人いるかいないかだろう。ちょっと賢い人なら、自分の実力を考えて躊躇う人も居るだろうが、饅頭屋が家業を継ぐ感覚で、引き受ける人が殆どだろう。

 

現在大臣をやっている人にも、首相や副首相を始め、かなりの二世三世四世議員がいる。リーダーと元リーダーの他にも、将来のリーダーとなるべく中心的な閣僚を務めている人もいる。その一方、期待をもっぱら知的に洗練されていない方々から集めている人もいる。

 

永田町は実力だけで動く世界でなく、悪貨が良貨を駆逐する場合も多いので、選挙の段階で送り込む人材を選ばなければならない。つまり、一旦議員になっても、不適格者は振るい落とすべきである。このネット社会の特徴を活かし、全ての代議士にランダムに選ばれた複数の組み合わせで、ネット討論に参加することを義務付け、それを有権者が観て、投票する候補選択の材料とすると良い。

 

議題は国民から募集し、希望の多い議題から採用すれば良い。国会議員からランダムに5人ほど選び、5回ほど合計25人ほとに議論してもらう。勿論10回、50人位でも良い。司会とアシスタントは、関係が深い内閣各省庁のトップなど二人位に担当させる。そうすると、参加した議員とともに大臣の実力も明らかになる。

 

例えば、「拉致問題を解決できないのは何故でしょうか」という議題が国民から多く出されたとする。司会とアシスタントは、国家公安委員長(担当の国務大臣)、防衛大臣、外務大臣、法務大臣、拉致問題担当大臣などが関係深いので、彼らにやってもらう。

 

因みに、拉致は国交の無い北朝鮮により行われた。この第一の責任は、自国の国民の安全を守れなかった日本国政府にある。従って、国家公安委員長を兼務する自治大臣が第一回の討論の司会を担当すべきである。

 

採用されるべき解決方法は、話し合いではない。何故なら、拉致は明らかに国際法にも国際道徳にも違反する犯罪であるから、解決方法としては、本来「威嚇と戦争を含む外交」によるべきである。従って、第二回目の司会は外務大臣が妥当だろう。

 

戦争になった場合、勝ち目があるのかということが非常に大事であるので、防衛大臣は全ての討論において、行政側からの参加者として参加すべきだろう。

 

拉致問題を話し合いと経済支援で行うという馬鹿なことを、嘗て試みた総理大臣がいた。おそらく米国に叱られて中止したのだろう。このような総理大臣を生む政治文化では、これからの10年間の内に日本は巨大な隣国の自治州になるだろう。

「主権国家が国際社会つくり、国際法や国際慣例などにそった外交を行う」というのは、17世紀から20世紀にかけて作り上げられた欧米の国際政治文化である。その文化が万能でないことは、既に中国と米国の対立で明らかである。つまり、国際政治は本質的に野生の関係である。拉致問題と中国問題を議題にして、本質的な部分から議論を10回程試みれば、そして、国会議員や国務大臣がまともな知性をもつならば、この自覚が日本国民にもたらされることが期待される。

1)先ほど投稿した記事で、言霊の意味がわからない人が多いと思い、たまたま見つけたユニクロ会長の言葉とそれに対するコメントを材料に再度「言霊の国、日本」を解説する。

 

ユニクロの柳井会長が韓国誌に話した内容の紹介がヤフーニュースで公開された。表題は、ユニクロ会長の指摘「言うことを言えないという日本文化ゆえに、“日本は滅びる”」=韓国報道である。(9月5日、Wow Korea)

https://news.yahoo.co.jp/articles/f19e623137d4c35fb672e0ca72c07ea6e82e9559

 

4日、柳井会長は最近のインタビューで「企業と個人たちが正しいことを言えなければ、日本は滅びるだろう」と語った。

 

その中から抜粋: そして、国際関係について以下のように語った。

 

①「日本は中国と共存しなければならず、米国とは同盟国関係を維持しなければならないが、度が過ぎた同調は問題だ」

「米国と中国の間で二者択一を迫られた時、信念にしたがって語ることのできる勇気がないゆえに、何もできていない」

 

この記事との関連で去年の10月に同じメディアから転載された記事が引用されていた。そこでの柳井発言;

 

②「日本が韓国を敵対視するのはおかしい」「日本が韓国に反感をもつようになったのは、日本人が劣化したという証拠だ」

「今までの30年間、世界は急速に成長してきたが、日本はほとんど成長できず、先進国から中進国になっていって、もしかしたら開発途上国に転落してしまうかもしれない」

 

そして、具体的に2つの改革案を提示した。一つ目は、財政支出を半分に減らし、公務員の数も半分に減らすこと、二つ目は、参議院と衆議院がきちんと機能していないとし、議会を単院制に替えること、である。

https://www.wowkorea.jp/news/korea/2019/1016/10243554.html

 

後者の記事には、日本人読者の反感に満ちたコメントが掲載されている。例えば、

 

(匿名ID: 78f59c)気が狂ったとしか思えない柳井会長。今までユニクロをそれなりに利用して居りましたが、もうお店には行きません。

 

数百のコメントのうち、上から20ほど見た限りでは、ほとんどがこの類の感情的な反応のものだった。このコメントには理性的な返信がついていた。しかし、それを支持する人は少数であった:

返信:(仮帯ID: f8aab3)気に食わないからユニクロ行かないという短絡的行動自体、やっていることが反日と同じですよね。(サムアプ;3、サムダウン:28)

(以上、要約と引用終わり; 詳細はオリジナルをご覧ください)

 

2)記事と投稿されたコメントに対する私の考え:

 

言霊の国の言語文化の特徴は、言葉にそれを言った人の霊が伴うと感じることである。

日本人では、この柳井会長の意見をまともに聞けない人が殆どである。柳井会長の意見の殆どは正論だが、そこに親韓国のスパイスが少し入ると、完全に拒否してしまうようである。

外交に関する意見①など、全く正論である。考えたことを、自然人も法人も、自由に発言し、それを全ての日本国民が思考の材料として、まな板の上に置けなければ、日本は滅びるだろう。

 

②の日本人の韓国への反感だが、それは日本の所為というより、韓国の所為である。韓国は、慰安婦問題のデッチ上げをしつこく行っているし、「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」を制定して、親日というだけでその方の資産を没収するというとんでもないことを事後法適用で行なっている。

 

ただ、②の意見そのもの(日本の韓国敵対視はおかしい)は正しい。本来、日米韓で協力しなければ、中国や北朝鮮の脅威に対峙できないからである。柳井氏は私の上記反論を否定しているわけではない(韓国の反日が正しいと言ってはいない)。

 

本当は、韓国の反日の深層に、李氏朝鮮時代に対する強いコンプレックスがあるのだ。それを直視すべきだと、私は韓国に言いたい。反日でごまかすなと。

 

ただ、日韓問題を悪くするのは、どちらにとっても得ではないと思うので、柳井会長の意見が間違っておれば、それを指摘し、柳井会長が更に反論するのなら、それを思考の材料にすれば良い。

 

議論は、より正しい結論を得るための複数の参加による思考である。そこで、貴重な思考の材料をアクティブに提供してくれる人を、人格が嫌いだとか言って拒否するのは愚かである。その拒否のメカニズムが、言霊の国の正体である。つまり、その人の言葉とその人とを同一の存在と考えてしまうのである。その言葉が、それを言った人の霊を伴っていると受け取るのである。今回のその人の言葉は、議論の末には、間違いだったと訂正されるかもしれないのに、である。

(18:55編集)

高脂血症のため、できるだけ散歩をしている。熱帯夜でなかったので、今朝は清々しい中、2.5km歩いた。新興住宅地のあちこちに様々な標語が掲示されているので、写真をとった。今日見た看板や掲示の一部を下に示す。(本当に今日撮ったもの)

 

今朝は、気温が低かったので、散歩する人が多かった。人々はひたすら無言で散歩しているのが面白い。右下の標識が示すように、幅2m程の自転車道と散歩道が並行して作られているのだが、遠くに同じ筋を逆方向に進む人を見つければ、自転車道を歩いていれば、歩行者道に筋を替えて無言で衝突を防ぐ。因みに、バイクは日本では自転車を意味しない。モーターサイクルを意味する。(補足1)

 

バイク(エンジン付き)乗入禁止なら、何らかのオーソリティからの警告だと受け取る人がほとんどだろう。また、上段左端の政党のプロパガンダビラには、それなりの効果がある。そのほかの看板や掲示には、なんとも奇妙な感じがする。設置した者たちは、これらの看板や掲示が、近くの人に語りかけることを期待するのだろうか?

 

「交差点 急ぐ気持ちが 事故のもと」という看板は、川柳か何かの展示と見てしまう。それを見る多くの人は、急ぐ気持ちがいけないと自分に言い聞かせるのだろうか? その作品を見て不注意になり、むしろ車に跳ねられる危険性があると思うのは私だけだろうか。

 

「空き巣にご用心 声掛け鍵掛けしっかりと」も75調の作品のようだ。こんなもの街角に置いて何になるのだろうと思う。ただ、設置する側の感覚では、町中に緊張感を持ち込んで、犯罪を減らすことが出来ると言うのだろう。

 

更に、上段の「ぼくの飼い主はグッドマナー」なんて、笑ってしまう。勿論、犬の散歩のときに排泄物を放置するのはマナー違反ですと書く、隣の掲示と同じ効果を考えている。ただ、「あなたもマナーをわきまえた紳士・淑女ですよね」と勝手に決めつけているのである。

 

下の段の左端の掲示は、小学校の校門近くに設置された掲示板である。「心豊かなたくましい子供に育てよう。究める子、温かな子、鍛える子」と書かれている。地元のロータリークラブの寄贈した看板である。これも不思議である。この看板にいったいどのような効果があるのか?

 

この看板を寄贈したロータリークラブの方々は、「心豊かなたくましい子供、究める子、温かい子、鍛える子」とはどのような子供であり、それを育てるにはどのような教育をすべきか、答えてもらいたい。答えなど用意していないだろう。

 

以上の看板や掲示のほとんどは、当事者が何らかの報酬を得るために仕事として行った、街中へのゴミのバラまきにすぎない。

 

2)言霊の国日本:

 

 看板に書いてそっと置くのは、日本人は目の前の人に注意など怖ろしくてできないからである。何故なら、注意することはコミュニケーションではなく、言葉による攻撃だからである。日本人が議論できないのは、言葉の交換(つまり議論)は、言葉による格闘になるからである。従って、議論から新しい見方を手に入れることが非常に苦手である。それは日本病の一つだと私は思う。(石破茂氏の評価に関するバトル:https://www.youtube.com/watch?v=b4-7o4MR_-s&t=112s

 

例えば、チャネル桜などで右系の方々が議論しているのは、本当の議論ではない。単に、話の合う人達が意気投合して気分を盛り上げる井戸端会談にすぎない。言霊の国日本を副題にしたのは、そのような意味を込めた。

 

(17:00、2番目のセクション追加)

 

補足:

(以下の補足は削除します。evacuation areaは避難場所の意味があります。2023・11・19)

1)災害の時の逃げ込む場所である小学校の体育館に、避難場所、evacuation areaと書いてある。本当は、a place for refugeの意味だろう。それなら退避所位が適当な言葉だと思う。ポルトガル語らしき、local de refugioという掲示が最も正しいのではないだろうか?