2年ほど前に書いた、「ハラースメントとは何か?ハラースメントと社会との関係も考えてみる」という文章が今日読まれていた。自分でも読み返してみて、非常に面白いと思ったので、注目部分を変えて再掲する。

 

今日面白いと思ったのは、(補足1)に紹介した動画とブログ記事である。補足は、インチキyoutube動画に騙されてブログ記事(「いいね」が10、コメント13)を書いた方に対し、コメント欄で「そんな馬鹿なことを信じなさんな」と説得したのだが、失敗したという話である。それは、「日本には議論する文化がない」という持論を補足するために紹介した。

 

その動画は、社会を混乱させようとしているのか、日本のネット環境の調査のために誰かが実験しているのかどうかは分からないが、日本社会に対する一つのハラースメントである。

 

以下、2020/10/22の記事中の(補足1)を再掲します。それに続いて、全文も再掲します。

 

ーーーーーーー2020/10/22の記事の補足1ーーーーーーーーー

 

昨日、「空気からエネルギーをとり、食事を取らなくても生きられる」ということを言う人がおり、その人のことを信じる方と議論になった。(私の方としては、説得に等しい)しかし、「議論とは口論ではなく、当事者二人で真実を探すことだ」と言ったが、それを聞いたその方は、椅子を蹴って去った。議論は、https://ameblo.jp/6317-513/entry-12631284170.html のコメントの欄にあります。興味のある方はご覧ください。尚、その方が信じる不食の人については:https://www.youtube.com/watch?v=R06K氏TfyzwP4

 

このyoutubeの方の本のコメントをみるのも面白いかもしれない。

ーーーーーーーーー以下2020/10/22の記事の再掲ーーーーーーーーーーーー

 

昨日朝のテレビ番組「グッドラック」で“ロジハラ”が議論されていた。ロジハラとは、正論を振りかざしてのハラースメントのことを言うらしい。このハラースメントという言葉が世界でも多用されているので、少し考えて見た。

 

1)個人の尊厳

 

他人の尊厳を踏みにじり、他人を騙し、自己の利益を暴力に訴えてでも優先するタイプの人は社会にかなりいる。そのような、他人の領域に鈍感なヒトは、この社会から何らかの規制を受けても当然である。そのような人の餌食となるのは、大抵威厳のない、体力的に弱く、優柔不断な人である。この世に生を受けたのなら、どちらのタイプにもなりたくはない。特に、後者のように虐められるタイプにはなりたくは無い。

 

学校教育では、両方のタイプを無くすることを目標とすべきであるが、日本では前者だけを問題視する傾向が強い。そのような「ナヨナヨ平和主義」が日本国の姿であり、GHQの検閲下で決定された戦後の学校教育の結果だろう。知的な人にはわかっていても改良できないのは、憲法の場合と同じで、日本人は何かを提案して、議論し改善することが、苦手な国民だからである。何度も言うが、日本は、議論と口論と喧嘩の区別が十分にできていない文化の国である。(補足1)

 

ここでの「威厳」を私流に定義すると、社会の中で、独立した人格の保持と、他人との健全な関係を保つ意思であり、人格を穢されることを防止する力となる。それは、知的、精神的、及び身体的に優れていることを前提にして、他の人と連携して社会(地域社会)の健全化に寄与するだろう。もし、規格外の迷惑な人物が現れれば、その矯正や排除は行政が受け持つべきである。(補足2)

 

また、個人としての尊厳を保つこと(=人格を穢されないこと)とは、他人からの迷惑行為や侮辱などから、自分の私的領域を守る事である。それらの行為は、犯罪と看做されない場合、「何とかハラースメント」と呼ばれることが多い。公私(パブリックとプライベート)の境界が明確でない文化の我が国では、様々なハラースメントがテレビなどで頻繁に議論されるが、誤解を多く含むようだ。

 

昨日のテレビ番組「グッドラック」での、ロジハラ(ロジカル・ハラースメント)のケース、仕事場でおこしたミスについて、上司からきつく叱責された場面だが、上記議論で区分けできると思うが、それは本来ハラースメント(迷惑行為)とは言えない。詳細は補足に譲る。(補足3)

 

2)社会とハラースメントとの関係

 

民主国家では、正当な理由なく、個人の尊厳を踏みにじることのない社会を目標としている。その為の法も、名誉毀損罪や侮辱罪など(を含めて)整備されている。勿論、行政や法人も処罰の対象となる。ただ、これらの犯罪成立要件は、公然と行われた場合である。(補足4)

 

つまり、公の空間でなされた侮蔑行為なら、対象となった人に代わってその人の訴えにより司法と行政がそれを罰する。(つまり、親告罪である。)しかし、一対一の閉鎖空間では、これらの犯罪は成立しない。その場合は、単に迷惑行為(ハラースメント)であり、法的処罰の対象とはならない。 

 

社会生活の中で、迷惑行為は必然的に発生する嫌なことだが、一定の範囲内なら話し合いを通して解決する(つまり、許し合う)か、互いに距離をとるかで解決すべきである。迷惑行為と片方が思っても、それが正当な行為である場合も考えられる。上記職場での「ロジハラ」のケースもその一つである。つまり、その“迷惑行為”はその方が現在適所に居ないことを示し、移動するきっかけを与えることになるからである。

 

社会での様々なハラースメントを話し合い等で解決することは、環境の改善とその能力を社会全体が付けることにつながる。迷惑にたいしてロジカルに苦情を表現する社会が、我慢して”ロジハラ”を避ける社会よりも、開放的で住みやすい環境に改善される。

 

この犯罪と迷惑行為の境界は、文化圏により異なる。個人では担いきれない“犯罪的迷惑行為”への対処は、国家行政の中で、その固有の文化に沿ってなされる。国家によってなされる社会の平穏と信用の維持は、個人の自由を束縛しない形でなされなければならない。

 

 

3)国家間のハラースメント

 

上記個人間のハラースメントなどとの類推で、国際関係を考えるヒントが得られる。その場合、上記個人は主権国家に相当し、法令は国際法あるいは国際条約に相当する。ただ、主権国家を罰する国際執行機関がないので、主権国家がつくる国際社会は、本質として野生の世界に近い。(補足5)

 

国際社会にも、威厳のある国家があり、他国と協力して、迷惑行為を解決する文化が積み上げられてきた。ハーグ陸戦条約やパリ不戦条約などは、その成果である。それでも、異質の文化圏から、西欧が積み上げた国際社会の文化を無視する国家が現れた場合、その迷惑行為、あるいは犯罪的行為の対象にされることのないよう、国家は軍事力と外交力を備えなければならない。最初に書いた”威厳のない、体力的に弱く、優柔不断な国家”であってはならない。

 

日本国について:

 

日本は、非武装平和主義という非現実的な憲法を、占領軍(米国)により与えられた。その後、同じ国の強制(あるいは、要請、指導)により、世界有数の軍隊である自衛隊を持ち、米国の戦略に協力する形で、自国の安全保障としている。主権国家とは言えない状況だと思う。

 

本質的に野生の世界にあって、現実的な主権国家になるには、憲法改正は必須である。しかし、最高裁は、「統治行為論」という訳のわからない理論をつくり、自衛隊の違憲判決を避けてきた。他国の利益を代表すると思われる野党(以前は社会党、今は立憲民主党など)の理想論の「ロジハラ」を、日本政府は最高裁と結託することでごまかしてきたのである。(補足6)

 

日本政府を形成する自民党は、家業の政治家の椅子に長く座るために、危険な(選挙で落ちる可能性がある)仕事をしないことを信条にする政治家で構成される。その一方、最高裁判所は、その行政府を怒らせて、弾劾されては有利な仕事を失う可能性があるから、阿吽の呼吸で行政府に忖度してきたのである。つまり、この国は西欧の真似をして作られたが、未だ中華圏の三権不分立の国である。

 

近隣の韓国や中国から、竹島や尖閣諸島を実質的に奪われても、両国によるハラースメントだと言って、日本国民の方を向いて苦情を言っている。北朝鮮に自国民を拉致されても、やはりハラースメントだとして苦情を日本国民に言っている。野生の関係の支配する空間では、善悪など存在しないことを知らない振りをして、ごまかしている。(補足7)

 

もし、合理的判断ができる行政組織と強力な軍を持っていれば、拉致はそもそも発生しなかっただろう。そして、従軍慰安婦や徴用工問題も起こらなかっただろう。これらは、日本国が愚かな小国として見なされているから生じたのである。

(午後5時20分、大幅に編集)

 

補足:

 

1)昨日、「空気からエネルギーをとり、食事を取らなくても生きられる」ということを言う人がおり、その人のことを信じる方と議論になった。(私の方としては、説得に等しい)しかし、「議論とは口論ではなく、当事者二人で真実を探すことだ」と言ったが、それを聞いたその方は、椅子を蹴って去った。議論は、https://ameblo.jp/6317-513/entry-12631284170.html のコメントの欄にあります。興味のある方はご覧ください。尚、その方が信じる不食の人については:https://www.youtube.com/watch?v=R06KTfyzwP4

 

2)ここで、人格を穢されないこととは(=個人としての尊厳を保つこと)、社会生活において、他人の攻撃や侮辱などから、自分の私的領域に属する部分を守る事だと思う。日本のように、公私(パブリックとプライベート)の境界が明確でない文化の国では、所謂ハラースメントと呼ばれる行為と犯罪の境界が明確ではない。

 

3)「グッドラック」では、仕事場であまりにも強く上司により正論的に叱責されて、うつ病になったという人が議論の対象になっていた。しかし、それが仕事上のことなら侮辱罪等にはならない。もし、それが我慢ならないなら、その従業員は職場を換えるべきである。(国家は、それが可能なように、仕事の流動性、同一労働同一賃金の原則を確保すべきである。) もし、上司が叱責過剰なタイプなら、その部門から優秀な人材が流出し、それに続く業績低下を、会社が組織として解決する筈である。それらが、会社の機能体組織としての成長につながる。叱責あるいはロジハラというが、本来正常な上下の情報交換である。その能力主義や円滑な情報交換が欠けているのが、日本病の原因である。

因みに、上記下線部の実現を邪魔するのが、経済のグローバル化である。この問題の解決と直結しているのが、今回の米国大統領選挙である。

 

4)侮辱罪は、刑法231条:事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。これは親告罪である。 名誉毀損罪は、刑法230条:事実(嘘でも)を提示して公然と人を侮辱した者は、3年以下の懲役または禁錮、50万円以下の罰金に処する。

 

5)国連安保保障理事会はそのような機能など全く無い。従って、国家が正常な国際的地位と活動を維持するには、出来るだけ強力な軍の保持と、集団的自衛権の行使が可能でなくてはならない。

 

6)統治行為論とは、「高度な行政の判断に最高裁は異論を挟むべきではない」という屁理屈である。これでは憲法問題は永久に発生しない。憲法改正を邪魔してきたのは、この最高裁の姿勢である。要するに仕事をしないで給与と名誉がもらえる最高裁判事にできるだけ居たいという、身勝手で売国奴的な姿勢である。

https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2017/10/blog-post_24.html

https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

尚、立憲民主の祖先にあたる日本社会党の党首、勝間田清一はソ連のスパイであった。共産党も同様にソ連の支持で動いて居た。

 

7)野生の世界では善悪は存在しない。このことを親鸞は、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや」といった。つまり、食うや食わずの最底辺には、社会など存在しない。(以下参考事件:

イギリス船籍のヨットミニョネット号 (Mignonette) は、公海上で難破した。漂流20日目、船員の中で虚脱状態に陥った者を船長は殺害し、死体を残った3人の食料にした。母国に送還されると殺人罪で拘束された。イギリス高等法院はこの行為を緊急避難と認めることはできないとし、謀殺罪として死刑が宣告された。しかし、世論は無罪が妥当との意見が多数であったため、当時の国家元首であったヴィクトリア女王から特赦され禁固6ヶ月に減刑された。1884年7月の事件である。

ここでも高等法院よりも世論の方が正しい判断をしたことは、陪審員制度の存在理由だろう。)

1)サハリン2のロシア国有化は予想されていた

 

ロシアの敵対国となった日本に対し、その深刻さを知らしむる事態がロシアによりもたらされた。プーチン大統領がサハリン2の運営会社の資産を国家へ無償譲渡する様に命じる大統領令に署名したのである。(補足1)https://news.yahoo.co.jp/articles/c0b3a8fc90961b6e20ecd8cb3f355d37810f128f

 

 

日本の三菱商事、三井物産、英国のシェル(shell global)がそれぞれ1012.527.5%出資し、ロシアの国有ガス会社のガスプロム社と共同で設立した石油・LNG複合事業会社である。サハリン2の天然ガスの60%は日本に輸出されているようだ。https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/bg/natural-gas-group/project/sakhalin-2/

 

大統領令には、ロシア側の条件に同意する外国企業は1カ月以内に申告すれば新会社で現在と同じ出資比率を維持できると書かれているらしい。しかし、New York Timesが報じるところによると、シェル石油は2月に撤退を決めており、既にガスプロム出資事業の価値16億ドルを損金計上したという。(原文:Shell has already written off $1.6 billion of the value of Sakhalin-2.https://www.nytimes.com/2022/07/01/business/putin-sakhalin-natural-gas.html

 

日本商工会議所会頭の方は、「信じられない。契約によって投資したものを何の理由もなく国有化するようなことをもし本当にやるのであれば、将来、ロシアに投資をしようという民間企業はほとんどいなくなってしまう」とコメントしていた。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220701/k10013698441000.html

 

「何の理由もなく」という言葉は、ウクライナとロシアの戦争に日本は無関係だと思っていたことになる。公人の言葉とは思えない。
 

中日新聞によると、岸田首相は1日、「大統領令に基づき、正式にどんな対応を求めてくるか確認しないうちに、何か申し上げることはできない」と述べたという。首相は、待っていればロシアからの要求が届き、それから国内の業者と対策を練るらしい。しかしプーチンの考えは、何も言ってこなければ無償譲渡を強制することだろう。

 

岸田首相は、上記のような説明で国民が納得すると思っているのだろうか? 馬鹿にされている国民は、本当に馬鹿なのだろうか?

 

中日新聞の一面では、ロシア企業に売却することになるととれるように書いている。しかし、二面には専門家の「今回の決定は、中国などの新たな出資者を確保した上で判断された可能性がある」という意見を紹介している。https://www.chunichi.co.jp/article/499622 & https://www.chunichi.co.jp/article/499927

 

また、同じ紙面の直ぐ近くの記事に、日本国の年金資金を管理しているGPIFは、ロシア関連資産(帳簿価格2000億円)の査定額をゼロにしたと報じている。つまり、他人のお金を管理する人たちは英国シェルと同様に早々と損金処理し、自分の資金に未練を持つ三菱商事と三井物産は、最悪の事態(ロシア国による接収)は免れられると期待していたのだろう。
 

日本の二つの商社の損害は、このままでは相当大きくなるだろう。それに、この冬の電力事情が非常に深刻になることが心配される。岸田は正直に現状を国民に知らせるべきだ。


 

2)日本の将来

 

今回のウクライナでの戦争は、ロシアと米国の代理であるウクライナとの戦争である。そのことは、何度も書いてきた。これまで数万名のウクライナ市民の命が失われたことは、非常に気の毒である。戦場と戦争遂行を請け合ったユダヤ人大統領を出来れば弾劾すべきだったのだが、それが出来なかったウクライナ国民がその報いを受けたということなのだろう。(補足2)

 

今回のロシア制裁の先頭を喜んで請け持った岸田総理を罷免できなければ、日本国民も似たような報いを受ける可能性が全くゼロではないだろう。サハリンー2の国有化は、ウクライナに続いて悲劇の主人公になりますか?というロシアの脅しなのだろう。
 

ユダヤ人が多く含まれる米国のネオコン指導部にとって、ウクライナなどどうなっても構わないので、消耗して無くなるまで対ロシアの武器として使うだろう。それと同様に、日本も米国ネオコン指導部にとって、どうなっても良い国と国民である。追随する英国も、ほとんど同じ考えだろう。
 

日本は、あの戦争で真珠湾を奇襲をした上、消耗しながらも非常にしぶとく米国軍人の命を奪った憎き相手である。そして、原爆投下という人類史に刻まれている米国の犯罪の証人である。そんな日本など、ロシアや中国と戦って消えてほしいと思っているだろう。

 

伊藤貫氏が国務省の役人たちから直接聞いたという「日本には永遠に核武装させない」という言葉を噛みしめるべきだ。アメリカは一貫して日本に対して侮蔑的であったことを、外務省のアメリカンスクールの人たちや自民党宏池会の人達は何故気付かないのだろうか?

 

補足:

 

1)サハリンー1は、サハリン北東端に鉱床を持つ。この会社にはサハリン石油ガス開発株式会社(SODECO;ロシア、米国、日本の石油資源開発が出資)が30%出資している。日本の会社は関節的に4.59%出資していることになる。未だ、国有化の話は出ていないようだ。

 

2)20世紀後半以降の国際社会では、国際法は平時の理想論である。従って、相手国が国際法違反をして戦争を仕掛けてきたとしても、こちら側の首脳に戦争発生の責任が無かったことにはならない。つまり、日本の政権も、非武装で戦争を仕掛けるつもりはありませんと宣言しても、戦争になった場合には国民に対してその責任を取らなければならない。

 

(補足2は、10:45に追加;12:45編集あり)

6月29日と30日のマドリードでのNATOリーダーズサミットにニュージーランドの首相も結局参加した。前回記事(26日午前8時43分)で参加しないという同国メディアの記事を鵜呑みにして紹介したことが悔やまれるが仕方がない。

 



ニュージーランドのNewsHubが、18日にはNATO事務総長のニュージーランドを招待するというアナウンスを、続いて25日の段階で事務次長の招待しない(タイトル:NATO says New Zealand will not be invited to join at summit, but develop its partnership)とのアナウンスを掲載していた。(以上前回記事)

しかし、27日のThe Conversationという非営利の専門的メディアに、前回記事で紹介したオタゴ大学のパットマン教授の解説が掲載されている。https://theconversation.com/some-see-nzs-invite-to-the-nato-summit-as-a-reward-for-a-shift-in-foreign-policy-but-thats-far-from-accurate-185591

そこには、米国ワシントンに本部があるon-lineニュースマガジンの”The Diplomat” による26日付けのツイートが引用されている:”Ardern首相の連合王国会議へ欠席してNATO首脳会議へ出席する決断は、ニュージーランド外交の変化を象徴している”

Prime Minister Jacinda Ardern’s decision to attend the NATO summit in Spain – but to skip the Commonwealth Heads of Government Meeting (CHOGM) in Rwanda – symbolizes the changes she is making to New Zealand foreign policy.

ニュージーランド首相の参加は、NATOとアーダーン政権との話し合いで、25~26日のどこかで纏まったのだろう。

上記The Conversation でのオタゴ大学のパットマン教授の解説では、政権側の型どおりの考え方を紹介している。そこでは世界に流れている説:首相のNATO首脳会議招待の受諾は、ニュージーランドの独自外交が新冷戦の犠牲になったという見解を否定している。

(記事のタイトル)Some see NZ’s invite to the NATO summit as a reward for a shift in foreign policy, but that’s far from accurate

バットマン教授が否定する見解:

アーダーンの参加は、最近ニュージーランドが米国とその同盟国の反ロシア姿勢に近く、中国との距離を遠くとるという外交政策に変更したことに対する見返りである。

この外交姿勢の変化は、プーチンのロシアに対する制裁、ウクライナへの人道的および軍事的支援、そして太平洋への中国の関与の高まりに対する国民の懸念という形で示されている。

これらの変更は、アメリカの権力がニュージーランドに2つの超大国間のヘッジという好ましい戦略を放棄させ、自国の利益と中国との重要な関係を犠牲にしてワシントンに従うことを余儀なくさせたことを示している。


パットマン教授はこの見解に対して「現在の国際情勢とそれがニュージーランドの外交政策に与える影響に関するこのような見方は、真実から離れている」と否定している。

But this reading of the current international situation and its impact on New Zealand foreign policy is wide of the mark.

そして、新たな冷戦など存在しないと主張する:冷戦後の世界は冷戦時の世界と根本的に異なる。1947-1989年の期間は、地球規模の同程度の二つの経済システムが競争する世界だった。そんな性質は、グローバル化が進んだ21世紀の世界には存在しない。

The post-Cold War era is fundamentally different from the period between 1947 and 1989 and its rival global economic systems and competing but comparable alliance systems. Those features simply do not exist in the globalising world of the 21st century.

このような言い訳こそ真実から遠く面白くないので、これ以上は追及しない。要するに、教授がうがった見方であるとしているのが正しい見方なのだろう。

そして、パットマン教授の語るニュージーランドの姿勢は依然親中的である。それは、

アーダーン首相は、中国がモスクワと同じ分類とされるべきではないと述べた。しかし、彼女はまた、ルールに基づく秩序に対するプーチンの攻撃に強く対抗できないことは、ニュージーランドとの活発な貿易と文化的つながりを持つ一つの州である台湾を組み込むという中国の圧力を高める可能性があることにも留意します。

Ardern has said China should not be “pigeonholed” with Moscow. But she will also be mindful a failure to strongly counter Putin’s assault on the rules-based order in Ukraine could increase China’s pressure to incorporate Taiwan, a state with vibrant trade and cultural ties with New Zealand.

オタゴ大学のパットマン教授の解説はニュージーランド政府の公的アナウンスに近いと考えて良いだろう。

以上、26日朝の記事の訂正をさせて頂きました。今後はこのように専門性の高い部分には挑戦を差し控えるようにします。(10:30参加者の写真追加;おわり)