——GENIUS法の裏側と日本の生き残り策——

 

はじめに

海外Yパパラジオの動画「アメリカの新しい金融戦略。ステーブルコインってなんですか」を視聴し、米国が進める新しいドル防衛戦略について考えた。https://www.youtube.com/watch?v=EsELuCflHEo

 

ステーブルコイン(Sコイン)とは、1コイン=1ドルのように法定通貨との交換価値を安定させたデジタル通貨である。スマホから低コストで送金・決済できるため、ドル建てSコイン(以下DSコイン)が世界に普及すれば、事実上の「デジタルドル」が世界中を流通することになる。

 

米国政府が狙っているのは、単なる便利な決済手段の普及ではない。世界の金融における米ドル覇権の維持である。

 

1.GENIUS法――世界の資金で米国債を買わせる

米国の政府債務は40兆ドル近くに達している。中国や日本など、従来の巨大な米国債購入国をいつまでも当てにできるとは限らない。

 

そこで2025年7月に成立したGENIUS法(施行2027/1月)は、DSコイン発行体に発行残高と同額程度の米ドル資産の保有を義務付け、その中心に短期米国債を置く仕組みを作った。

 

世界の人々がDSコインを持てば、その裏側で米国債需要が生まれる。新興国の富裕層が自国通貨からDSコインへ逃げても、企業が国際決済にDSコインを使っても、その資金の一部は米国債へ向かう。つまり米国は、これまで政府や中央銀行、金融機関が中心だった米国債の購入者を、世界中の一般企業や個人にまで広げようとしているのである。

 

しかもDSコイン利用者には原則として国債利息が支払われず、その金利収入は発行会社側に残る。だから民間企業にもDSコインを大量に普及させる強い動機が生まれる。アマゾンやウォールマートなどの巨大Eコマース会社も、それがインセンティブとなって、DSコイン発行の子会社を作り取引をSコインに限るように政府に誘導されるだろう。

 

米国政府が直接デジタルドルを発行するのではなく、民間企業を使ってDSコインを世界にばら撒き、その裏側で同等の米国債を買わせる。巧妙な国家金融戦略である。

 

2.銀行も生き残りをかけてステーブルコイン発行へ向かう

この仕組みで脅威を受けるのは既存銀行やクレジットカード会社である。預金、送金、決済がSコインへ移れば、銀行は預金も決済手数料も失う。それ故、ゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカ、シティ、ドイツ銀行などの巨大銀行までDSコイン発行へ動き始めている。

 

これは新事業というより、銀行の防衛策と見るべきであろう。日本でも三菱UFJ、三井住友、みずほの三大銀行が共同で円建てステーブルコイン(以下、YSコイン)の実用化へ動いている。現在は円建てが中心だが、世界の決済がDSコイン中心になれば、日本の銀行も結局そのネットワークと接続せざるを得なくなるだろう。

 

PayPayのような巨大決済網も無関係ではない。PayPayPayPay銀行、カード、証券を持つソフトバンク系金融圏は、もしSコインが一般決済へ広がれば有力な担い手となり得る。ほかに郵貯Payや楽天Payなども、Sコインの方向に向かう可能性がある。

 

世界ではすでに、銀行、IT企業、国家が入り乱れた通貨と決済の争奪戦が始まっている。

 

3.日本の問題は日本人の金融資産を誰が使うかである

米国が欲しいのは世界中の資金である。しかしEUがユーロ建てSコイン(ESコイン)を普及させれば、中東やアフリカの資金の一部が必ずESコインへ向かうだろう。中国も人民元圏を作ろうとするだろう。従ってSコイン問題は、どの通貨圏が世界の資金を集めるかという国家間競争である。

 

日本にも2000兆円を超える家計金融資産がある。ところが戦後、日本人の金融資産は繰り返し海外市場へ向かう仕組みの中に組み込まれてきた。郵貯・簡保について、米国は長年市場開放を要求した。

 

近年の「貯蓄から投資へ」と新NISAも、結果として大量の日本人資金をS&P500など米国株式市場へ向かわせる経路となっている。そして今度はドル建てSコインである。日本人が円預金の代わりにドルSコインを持てば、その裏側で米国債を支えることになる。

 

問題は単純である。日本人の金融資産を、日本の再建のために使うのか、米国の財政と金融市場を支えるために使うのか。日本政府が本来考えるべきなのはここである。

 

4.円を信用できなければ日本人自身がドルへ逃げる

さらに日本には、もっと深刻な問題がある。巨額の政府債務と日銀の巨大な国債保有によって、金利を上げれば政府と日銀の負担が増え、金利を上げなければ円安とインフレが進むという困難な状態に入りつつある。日銀が利上げしても円安が止まらなければ、国民は当然、「円を持っていて大丈夫なのか」と考える。

 

そして円への信頼が失われれば、米国が強制しなくても日本人自身が円預金をドル預金、米国株、DSコインへ移すだろう。

 

円資産がドルへ逃げる => 円安が更に進む => 円資産が更にドルへ逃げる。

 

この循環が始まることこそ、日本にとって最も危険である。これは、個人にとっても難しい問題である。円預金をドル預金へ移せば円暴落には備えられる。しかし現在のような円安水準でドルを買った後に、円キャリートレードの逆回転などによって円高へ戻れば、大きな損失を受ける。

 

つまりこれは賭けである。しかし円だけを持ち続けることもまた、現在の日本では一つの賭けになりつつある。

 

5.銀行を銀行本来の仕事に戻せ

銀行の本来の仕事は、将来性のある企業を探し、経営者や技術を評価し、リスクを取って資金を貸し、産業を育てることである。その銀行の機能を、現在の日本の銀行は忘れつつあるのではないのか? これは、日本経済と日本の銀行が持つ別の重大な問題である。

 

ところが現在は、日銀当座預金に資金を置くだけでも付利を受け取れる。企業を探して育てなくても一定の収益を得られるのである。これは小さな問題ではない。企業を育てなくても食っていける銀行を持つ国は、やがて企業を育てる能力を失う。

 

経済を発展させるのは金融資産ではない。人が働き、設備投資を行い、技術を開発し、労働生産性を上げることである。金融はそのために資金を送り込む仕組みに過ぎない。金融そのものが巨大な不労所得装置になれば、国は衰退する。

 

おわりに

GENIUS法は単なる暗号資産規制ではない。米国は民間Sコイン企業を利用してデジタルドルを世界へ広げ、その裏側で米国債への新しい需要を作ろうとしている。それに対して欧州も中国も、自国通貨圏を守ろうとするだろう。問題は日本である。

 

日本には巨大な国民金融資産がありながら、それを日本の産業再生や国家再建に使う明確な金融戦略が見えない。その間にも、日本人の資金は米国株へ流れ、今後はドルSコインと米国債へ流れる可能性がある。米国から学ぶべきなのはSコインそのものではない。

 

自国通貨、自国国債、国民金融資産をどう組み合わせて国家を生き残らせるのかという戦略を持つことである。日本に残された時間は、それほど長くないように思う。

追記

本稿の作成にあたり、GENIUS法および日米欧のステーブルコインをめぐる動向についてgemini やChatGPTによる資料調査と文章整理の協力を受けた。最終的な見解と判断は筆者自身のものである。