ーー 危機は歴史の無知から生じる ーー
はじめに:我々が享受する「日常」という名の奇跡
現代の日本において、蛇口をひねれば清潔な水が出、スイッチ一つで明かりが灯り、コンビニエンスストアには世界中の食材が並ぶ。この光景を「当たり前の日常」と捉える感覚が、今の日本社会を支配している。この繁栄が恒久的なインフラであるという感覚は、実は「傲慢な鈍感さ」なのである。
自己の生存を最優先するのが当たり前の人類が、自分たち民族の生き残ることが可能なように、領域と方法を争ってきたのが数万年の人類の歴史である。その全体を俯瞰すれば、この現在の状況は「極めて特殊で危うい奇跡」に過ぎない。
我々の日々生きる足元の下は、強固な岩盤などではない。近代以降に、精緻に組み上げられた「動的平衡」のシステムである。内部の矛盾や外部環境の変化によって脆く崩れる脆弱性を持っている。その奇跡の構造を理解しない限り、現在の日本が直面する危機の正体を捉えることは不可能である。
現在の繁栄を奇跡と感じる感覚こそが、現在の危機を国民全ての英知で乗り越えるために必須であると思う。また、過去においてその感覚を欠き、傲慢さと熱情の中で悲惨な歴史を経験したこと、その歴史から何も学ばなかったことを知るべきである。
1.生存の原点――「食料」が人口を決めた時代
①土地の収容力と「人口」との真実
明治初頭の日本の人口は約3,500万人。江戸後期から150年以上、日本の人口はほぼこの水準で横ばいだった。当時の合計特殊出生率(一人の成人女性が生む子供の数)は、推定で4人から5人程度であったと言われている。本来であれば人口は爆発的に増えるはずだが、現実は違った。
人口が横這いだったと言うことは、この4人、5人の子供のうち、成人まで育つのは平均して2人に過ぎなかったことを示している。残りの半数以上は、成人する前に低栄養や劣悪な生活環境の中で、病死、餓死、あるいは人災や天災などによって命を落としていたのである。https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2006pdf/20061006090.pdf
これが、数万年間の人類の歴史の真実であり、近代以前の日本における「土地の収容力の限界」という冷徹な実態である。当時の人々にとって、飢えや疫病は「日常」の隣り合わせにあり、人口は増えようとしても食料生産の壁に阻まれ、過酷な自然淘汰によって一定数に抑え込まれていたのである。
ここで読者の方に聞きたい。この歴史の原点を学校で学んだことがありますか?江戸や安土桃山時代の大河ドラマに、このような冷厳な歴史の真実が含まれていましたか?
②科学技術という名の福音
この「多産多死」の地獄から日本を救い出し、1億2000万人が生存できる社会へと変貌させたのは何か。それは、西欧を中心に発展した近代の科学と技術、そしてそれを「開かれた政治及び経済の文化」の力で世界に普及させていった人々の営みが存在したのである。
化学肥料の量産による農作物の爆発的増加、医療・公衆衛生の飛躍的向上、そしてエネルギー革命。これら科学と政治と経済の総合としての成果が、土壌の生産性を高め、それまで「自然淘汰」の対象であった命を救い上げた。
日本民族も、この「西欧発の知と文化」を迅速に吸収し、自らのシステムへと展開させたプロセスが、現在の繁栄の出発点である。我々はこの文明的恩恵を享受することで、本来の国土の収容力を大幅に超えた「奇跡のフェーズ」に到達したのである。
上に過去の悲惨な失敗について記しているが、今回はそこには深くは立ち入らない。詳細は過去の記事を参考にして、この原点思考を適用して思考してみてください:https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12965187857.html
以下に石油と天然ガスというone issueだけを取り上げて、議論を進める。
2.エネルギーと材料科学が紡ぐ「奇跡の連鎖」
① 1万キロの生命線と石油の流れ
現在の日本の生活を、エネルギーと材料科学の側面から見れば、その核心には「石油」という資源とそれが血管を流れる血液のように日本に運ばれるシステムがある。中東のペルシャ湾から日本までの距離は約12,000km。この長大な海上交通路(シーレーン)を、タンカーが絶え間なく往来することで、日本の心臓は鼓動を続けている。
この地図に示された「チョークポイント」の一つでも閉鎖されれば、日本経済という巨体は即座に窒息する。この脆弱なルートが維持されているのは、戦後、米国を中心として築き上げられてきた国際秩序という人類の政治と経済の「公共財」が存在するからに他ならない。
この石油の流れを維持するシステムには、シーレーンの保護に関する協定の他、この図には見えないが石油の流れと逆の方向への決済通貨(主に米ドル)の円滑な流れがなくてはならない。後者のシステムの利用も当然と考えることが出来ないことを、例えばロシアの資産凍結というニュースなどが教えてくれた筈である。
②加工貿易という精緻なシステム
この国際秩序を前提として、日本は「加工貿易」で米ドルを獲得する方法を完成させた。まず、中東から届く原油やナフサ、オーストラリアからの天然ガス、そして中国からのレアアースといった原材料を、世界共通の決済通貨である「米ドル」で調達する。これらを国内の高度な材料科学と製造技術によってプラスチックや電子部品、高性能な製品へと加工し、付加価値を創出する。
こうして生み出された製品を再び全世界に売り、その対価からその付加価値分の外貨(米ドル)を純益として獲得するのである。そして、この稼ぎ出した外貨を使い、カロリーベースで6割を海外に依存する「食料」を買うことや、生活環境の改善などにより、1億2000万人の人口を維持しているのである。
かつては国内の食料生産の限界によって「成人できるのは4-5人に2人」だったこの島国で、その3倍以上の人口が“飽食を享受”しているのは、まさにこの精緻な連鎖があるからこそである。現在、ドル決済網の中にいるものの、安全なシーレーンの確保が出来ないと言う理由で、経済的危機に面している。
3.原点を欠いた認識の危うさ
我々が毎日手にするプラスチック製品や安価な食料は、この壮大な「奇跡のリレー」の産物である。日本のある部分からナフサ不足が指摘されたとき、現在の政権や言論界などには、ホルムズ海峡の通過障害というone issue しか頭にないように見える。
リレーのバトンを繋ぐ国際秩序の変容や、ドル決済システムの揺らぎといった、システム全体の根幹に対する危機感が著しく欠如していると思う。
「このシステムが、誰によって、何を目的に、どの時点でなされたのか?」という、このシステム構築の歴史に対する原点からの再現があってこそ、そのどこにおける変化が、表層としての戦争と海峡封鎖につながっているのかが理解出来るのである。
奇跡の時代の終焉:
現在、先進国であっても、その奇跡を一様に享受する時代が終わりに近づいている。それに気づかなければ、悲惨な地獄のツボに投げ込まれることになるだろう。
日本がこの「奇跡の物語」を次世代に継承するためには、国民全体が「自分たちの繁栄がいかに複雑で脆弱な土台の上にあるか」を歴史の原点から復習することで、その知識と感覚を心に刻み込まなければならない。
かつての「多死」の時代を人類史の標準として見つめ直すとき、そして、過去の歴史の過ちを再履修することで初めて、我々は、現在の危機を克服するための冷徹な理性を研ぎ澄ますことができるのである。
追記: 本原稿はGoogle AIのgeminiの協力を得て作成されました。勿論、本記事の文責は100%ブログサイト管理者にあります
