(本稿は、筆者の問題意識に基づき、OpenAI ChatGPTの協力を得て構成・整理したものである)
はじめに
2026年は、戦後世界秩序が決定的に組み替えられる年として記憶される可能性が高い。国際秩序はすでに理念や規範によって維持される段階を終え、各国が自国の生存と勢力圏を露骨に追求する時代へと移行している。そのような大変革の只中で行われるのが、今回の解散総選挙である。
本来これは、日本がどの方向に進むのか、どのリスクを引き受け、どの道を回避するのかを国民全体で確認するための選挙である。しかし、今回の解散はそのような国家的文脈の中で語られているだろうか。
以下に示すのは、解散総選挙を決断した理由について、高市内閣総理大臣自身が語った記者会見である。(https://www.youtube.com/watch?v=W4fkj9YBqQY)
本稿では、首相の言葉と政治評論家の解説などを参考に、高市政権がなぜ解散総選挙という強硬手段を採ったのか、そしてその選択が日本の将来に何をもたらすのかを検討する。
1. 人脈形成に失敗した政権と「信任型解散」
政治学者・白井聡氏は、高市政権の最大の弱点として、自民党内で政権を安定的に運営するために不可欠な人脈形成に失敗している点を指摘している[注1]。
これは単なる性格や調整能力の問題ではない。自民党という政党は、理念政党ではなく、人脈、派閥、非公式合意の積み重ねによって統治が可能になる政党である。この構造を前提にすれば、党内に広範な信任と協力関係を築けない首相が、安定政権を維持することは本質的に困難である。
高市氏は総裁選を勝ち抜いたものの、公明党との連立解消、衆参両院での過半数割れという状況の中で、党内に「自発的に支える多数派」を形成することができていない。この構造的弱点は、外部の分析にとどまらず、本人の言葉によっても露呈している。
総理は記者会見で、今回の解散について「高市が内閣総理大臣で良いのかどうか、主権者たる国民に決めていただく」と述べ、解散総選挙を政策選択ではなく、首相個人への信任投票として位置づけた。
さらに、26年続いた公明党との「突然の別れ」、自民党が衆参両院で過半数を持たない現状、維新や他会派の協力によって辛うじて首班指名を勝ち抜いた経緯を自ら詳述し、「政権選択の洗礼を受けていないことをずっと気にかけてきた」と語っている。
ここで重要なのは、党内で人脈と信任を構築できなかった首相が、党外=国民に直接信任を求める形で解散を正当化しているという点である。
これは議院内閣制の論理から見て、明らかに歪んだ構図である。首相の正統性は本来、議会多数によって担保されるべきであり、党内統治に失敗したことを、国民投票的な解散で補おうとするのは制度の迂回にほかならない。
今回の解散総選挙は、国家的危機への対応ではなく、人脈形成に失敗した政権が、自らの不安定さを覆い隠すために選択した政治的手段として理解されるべきである。
2. 責任ある積極財政という名の危うさ
総理は会見で、今回の解散で国民に問いたい政策転換の「本丸」は「責任ある積極財政」であると明言した。行き過ぎた緊縮思考と未来への投資不足を終わらせる、というのがその主張である。
仮に総選挙によって、従来の自民党色が薄れ、「高市氏の政党」と言えるほどに権力構造が塗り替えられた場合、最も大きく変わるのは財政運営である。
高市氏の周辺では、プライマリーバランス黒字化目標の事実上の放棄、国家債務の対GDP比改善を新たな目標とする方針転換が現実的選択肢として語られている。名目GDPが拡大すれば分母が増え、債務比率は改善する。しかしこの発想には、決定的な落とし穴がある。
積極財政が本格化すれば、金利上昇と円安が同時に進行する可能性が高い。日本は巨額の国債残高を抱えており、金利上昇は国債借り換えコストの急増として直ちに表面化する。円安は輸入物価を押し上げ、エネルギーや食料品を通じて国民生活を直撃するだろう。
さらに根本的な問題は、政策手法そのものにある。政府が「重点分野」を恣意的に定め、そこに財政資金を集中投入するやり方は、市場による資源配分を歪め、失敗の責任を不明確にする。これは本質的に、社会主義政権的な産業政策である。
政府がまず行うべきは、投資分野を選別することではない。為替・金利・税制・規制・エネルギー価格といった基礎条件を安定させ、企業が自発的に投資に向かえる環境を整えることである。積極財政とは、国家が経済主体になることではなく、民間が投資リスクを取れる土台を整えるためにこそ用いられるべき手段である。
3. 安全保障政策の規範的誤り――米国戦略転換と日本の前線化
米国は昨年12月、新たな国家安全保障戦略および国家防衛戦略を公表した。[注2]この文書において、米国は自国の最優先課題を、西半球における覇権の維持と本土防衛に明確に位置づけた。
そして同時に、欧州・中東・東アジアにおける軍事関与については、従来のような無制限の関与ではなく、同盟国・地域諸国により大きな負担と責任を分担させる方向へと戦略を修正している。
東アジアにおいても、米国は影響力を保持し続ける努力をするだろうが、それは、あくまでも米国の利益の為のものであり、同盟国防衛を目的にはしてはいないだろう。後者を期待するには、あくまで日本を含む同盟国が前線国家としてリスクを引き受けることを前提とした話だろう。
高市政権の安全保障政策は、日本が中国と対立する構図を前提としている。それは米国のトランプ政権以前の戦略に協力するという意味では「正しい」のかもしれない。しかし、日本自身の安全保障という観点から見たとき、その構図が正しいとは決して言えないだろう。
国家の防衛とは、本来、国民の生命・安全・福祉を守るために存在するのであって、他国の戦略目標を達成するためのものではない。それに米国の戦略が東アジアでの覇権維持ではないと発表された今、「高市政権の安全保障論の根拠は何なのか」という根本的疑問が浮上している。
日本が中国と正面から対峙し、東アジアにおける米国の戦略兵器として組まれることを良しとすることが、国民の安全と福祉に貢献するとは思えない。それらの疑問に答えないまま、抑止力、長期戦、前線化だけが語られるならば、それは安全保障ではなく、地政学的動員に近い。
結語 解散権と議院内閣制の齟齬
衆議院の解散は、内閣の専権事項として憲法に規定されている。しかしそれは、首相に自由な政治的裁量を与えるための規定ではない。本来この解散権は、議会と内閣の関係が行き詰まった場合に、主権者に最終判断を仰ぐための制度的安全弁として位置づけられている。
議院内閣制とは、国民が直接首相を選ぶ制度ではなく、議会多数を通じて内閣が正統性を得る仕組みである。今回の解散は、「首相個人がふさわしいかどうか」を問うという点で、大統領制的発想を議院内閣制に持ち込んでいる。ここに、制度と運用の齟齬がある。
今回の解散総選挙は、人脈形成に失敗した政権が、世界構造の大転換という重い現実を真正面から語らないまま、自らの不安定さを補うために選択した政治的賭けなのである。
注釈
1)白井聡「(高市政権に関する政治分析・発言)」
※自民党内における人脈形成能力の欠如が、政権運営上の致命的弱点であるという指摘。https://www.youtube.com/watch?v=FKi97xv-s4M
2)National Security Strategy of the United States of America, The White House, December 2025
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/12/2025-National-Security-Strategy.pdf