昨日のNHKTVで、軍事費の中から研究予算をもらうことの是非について報道されていた。大学研究予算の削減に伴って、研究続行の上で予算獲得の問題は重大であるが軍事予算には手を染めたくないという人が多いようである。放送では、ナノファイバー研究を防衛省に予算申請した豊橋科学技術大学の教授が紹介されていた。そこで、今回は大学での軍事研究の是非について少し考えてみた。
 
日本科学者会議の平和問題研究委員会が、軍学共同(大学・研究期間における軍事研究)反対アピールの署名を集めているようだ。http://no-military-research.a.la9.jp/
そこの代表らしい池内了という方が東京新聞に寄稿した文章(新聞コピー)も引用されており、その運動の趣旨を知るために読んでみた。http://no-military-research.a.la9.jp/documents/tokyo-np_20140905.pdf
 
その中で池内氏は結論部分でこう書いている。「科学研究の場に軍事研究が忍び込んでくる可能性がどんどん高くなっている。このことは真実と平和を追求する科学を歪めさせ、研究の自由への大きな阻害要因となることは確実である。軍学共同は、世界の平和と人々の幸福を追求すべき科学が道を謝る危険性が高く学問の危機である、決して見過ごすことができない。断固反対を表明しておきたい。
 
この結論を読めばわかるように、人間社会や歴史などとは無縁のところで暮らして来られた方の文章のようである。例えばこの方は、「科学は真実と平和を追求する」と勝手に決めておられる。「科学は真実を追求する」については“一応良し”とするが、「科学は平和を追求する」は独り合点である。まさか、核物理学が原爆の開発を可能にし、それが20万人の日本人の命を一瞬にして奪ったことを知らぬはずはあるまい。また、「原爆投下は戦争の早期終結を可能にし、数十万人以上の人命損失を防ぐ、平和のための行為であった」という意見に与するつもりではあるまい。
 
池内氏は結論部分の少し前で、「言うまでもなく、現代の科学・技術は民生けんきゅうにも軍事研究にも等しく適用できる。これをデュアルコースというが、このことによって研究者が軍事研究に参加するハードルを下げることになる。軍機関から金はもらってはいても自分は基礎研究をしており、軍事研究は軍機関が行っているという言い訳ができるからだ。」とも書いている。
 
実際に大学等で防衛省からの予算でこれまで行われた研究課題名のリストを、上記サイトは防衛省のHPから引用している。それによると、これらの研究は課題名から判断する限り、冒頭に引用した豊橋科学技術大学の申請研究と同様、民生研究となんら変わらない。http://no-military-research.a.la9.jp/documents/collaboration_list.html
 
防衛省から金が出ている限り軍事研究であり、民生研究あるいは基礎研究であるというのは言い訳だと池内氏は主張するのだろう。この訳のわからない言葉が何故元々知的な方から出るのか考えると、どうも池内氏らが反対するのは防衛省の存在そのものであるらしい。つまり池内氏は、共産党や社民党の”非武装中立こそ日本の平和に貢献する”という考え方の受け売りを行っておられるようだ。論題を離れるが、両党が日本の政党ならば一言:「日本が非武装中立路線をとるとき、その結果について唯一言えることは、日本の犠牲によって近隣諸国の平和に貢献するだろう」と言いたい。
 
歴史を見るとわかるが、自分たちの平和はそれに敵する者たちの災禍であるし、自分たちの災禍により敵する者たちの繁栄がもたらされてきたのである。従って、できることは自分たちの範囲を広げて、災禍を受ける人たちの絶対数を減らすことしかないのである。そして、その災禍を受ける少数に自分たちが入る悲劇を、なんとか避けようとするのが政治の役割である。
 
仮に世界政府が樹立されて、軍事部門が警察部門として機能するようになっても、それに反抗する勢力は研究を行って新しいタイプの兵器を開発するだろう。従って、自分たちが与する勢力の軍事研究は、自分たちの平和と安全のために不可欠なのである。もちろん、純粋な軍事研究は軍事機関がするだろう。ここで問題になっているのは、そこに利用される可能性のある科学や技術の研究である。
 
また、原爆の例でもわかるように、これまでの偉大な研究成果は強力な武器開発に利用されてきた。核物理だけではない、全ての科学技術においてである。例えば、インターネットも元々は軍事関連研究の一環として研究されてきたし、https://ja.wikipedia.org/wiki/軍事技術 シリコンバレーそのものも軍事関連研究施設が起点である。
 
軍事研究に利用されることを恐れるという言い訳を利用して、防衛省からしか予算がとれないので研究をしないというのは、給料だけもらって遊びたい者たちの言い訳である。研究者なら、防衛省の予算であってもなくても、自分の専門とする分野で画期的な研究を目指して研究を進めるべきである。