この史実は、米国への配慮もあってか、
知る人は、少ないかも。
(NHKでも、放送されました)
ドイツが、15年、米国を超える、
研究開発の成果物、
ロケット戦闘機、
ジェット爆撃機、
月面到達に至った、
ロケット姿勢制御技術、
など、
当時、最大サイズの「Uボート」で、
・量産に至る、技術資料、
・鍵となる、パーツ類、
・そして、開発研究のトップから、
製造責任者まで、
日本に、渡すために、
米軍艦船の巣であった、
日本近海を通過して、届けようと、
決死の出航を、行っている。
(計3回)
その結果は、悲劇的で、
最初のUボートは、
米軍に見つかり、撃沈、
全員死亡の、
国家の損失に値する、
悲劇となっている。
ここで、双方、
あきらめると思うのですが、
ドイツ人は、鋼鉄の意思らしく、
2隻目を、覚悟の出航、
この時か、
3隻目の、Uボートが日本に到着、
日本との約束を守っている。
終戦後、特攻作戦は、
軍部の独断で、立案されたと、伝えられていますが、
同盟関係のドイツは、日本が望む特攻回避策を、
日本に開示して製作しています。
残念ながら、当時の日本では、目標の工作精度を
実現できず、日本に上陸する米国艦艇に衝突する、
時速200kmに到達するパワーボートが、
できなくて(全ての兵器も同様)、
開発を断念しています。
おわり。


