中庸とか、中道とか、ワケわかめ。 | BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

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ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

「中庸(ちゅうよう)」という言葉がある。
この言葉は、日本では偏りのない中間的な位置を表す言葉として使われることが多いが、
元々は儒教を起源とする言葉で、
「過もなく不足もなく、偏りがない調和のとれた状態」を表現している。
これは、孔子の書とされる『論語』一部「述而編」にある
「孔子、怪力乱神を語らず」という言葉と関連している。


この「儒教」だが、分類で言えば、宗教の一種とみなされる。
宗教の一種として見做されはするけれど、
神や霊や来世のことについては決して語ることはなかった。
この「怪力乱神を語らず」という言葉の意味は、
怪(あや)しげな力(ちから) に頼ることや世を乱すこと、そして神や霊魂のことを語らない。
すなわち、これらに頼ることなく常に理性的で、偏ることのない中庸を目指したという。
孔子は、そういった面ではハッキリしていた。

偏らないことが、かえって偏りと見えたりするもの。
中国の王朝が変わると「焚書坑儒」なるものが起こったりした。
これは、儒教関係の書物を焼き捨て、儒者を生き埋めにせよという何とも厳しいおフレ。
これは、秦の始皇帝に始まるが、文化大革命時代の中国も然り。

中庸は、考え方によっては中庸ではないようだ(^。^)

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<了>