庭園に広く苔がむしているところからこの名で呼ばれるが、
この庭園を設計したのは鎌倉時代から室町時代にかけて禅宗を広めた
臨済宗の禅僧・夢窓疎石(むそうそせき)。
後醍醐天皇から後土御門天皇に至るまでの7代の天皇に帰依を受けたところから、
七朝帝師とも呼ばれる。
金閣寺の開山。禅寺として名を馳せる天龍寺の庭園の設計。
様々な大事業を展開し76歳でその生涯を終えた。
その当時の破格の長生きだったろう。そんな人生があるのなら、長生きも悪くはない。
大事ギュ主のように見えるが、禅僧には、一つ成し遂げなければならないことがある。
それは、いわゆる”悟り”を開くこと。
こればっかりは、凡人には理解できない世界。
彼の僧としての歩みは、天台宗から始まり、旅を重ね鎌倉の禅寺・建長寺で
一心不乱に修行。されど”悟り”の境地は得られず、陸奥、常陸の山中での修行を繰り返す。
ついに”悟り”を開いたのは、全く他愛のないこと。
庭の木の下で座禅を組んで、立ち上がろうとした時に目の前に土塀があると錯覚して転倒。
その瞬間、”悟り” を開いたという。すなわち”解脱”。
プルーストの小説『失われた時を求めて』の表現に、
「紅茶にプチットマドレーヌを浸し、それを口に含んだ時に過去のことが急に蘇る」
ことが描かれている。これは”プルースト現象”として知られるもの。
この箇所以外にも、噴水の水など、幾たびか、この現象が文章上に出てくるが、
この小説の終盤「見い出された時」の章の中で、
「私」が、貴族であるゲルマント大公の家に招かれ、そこで中庭の礎石につまづき、
バランスを崩した時に、この「現象」に襲われた、という表現が出てくる。
夢窓疎石は、バランスを崩した時に失笑して立ち上がったとあるが、
この小説も、そこで「私」が”悟り”のような感覚に襲われるシーンが出てくる。
そういえば、我が姿も似たようなところがある。
先日、駅の階段から転げ落ちた。
残念ながら、いかなる”悟り”もなく、強打の痛みだけが残った。
偉人と凡人との差は、こんなことかも...
*無断転載を禁止します*严禁复制粘贴**
本"Boots strap"博文禁止复制粘贴。如有发现,本人将采取法律措施。
*2カ所のブログランキングに参加しています。
↓↓下のアイコンにポチッとお願いします。押すとランキングのページに行きます。お手間ですが戻ってきて、もう一つ下のアイコン(にほんブログ村)にもポチッとして頂ければ、、。

エッセイ・随筆ランキング
↓↓ にほんブログ村は、こちら。
にほんブログ村
フレンドリーでリーズナブルな外国語スクール
*外国語リニア
芦屋市大原町7-8-403
*ALEX外国語スクール
神戸市中央区旭通5-3-3 5F
<了>