十五夜の月を見ながら『竹取物語』を読む | BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

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ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

暑さや台風に祟られた夏も終わり、やっと夜空を眺めたりする心の余裕が
出てきたようなこの頃。
折しも十五夜が近づいてきた。
空にかかった月の様子を見ていると『竹取物語』を思い起こしてしまった。
この物語、もはや10世紀の半ば頃には広く知られていたようだ。
子供のお伽噺(とぎばなし)というより、
描写も鮮やかな説話物語といったスタイルで書かれている。
この説話は大きく「かぐや姫の誕生に関する説話。
多くの公達や貴公子などが求婚する説話。
月のみやこより天人が迎えに来る説話」の3つの構成で描かれている。
天人説話の段に、
「八月の十五日の月いでて、かぐや姫いといたく泣きたもう」とある。
まさに十五夜の頃、育ててもらった翁に、かぐや姫が月の都からきたと語り、
天人が迎えに来ることを明かす。
「かの国の人」について「大空より人、雲に乗りて下りきて、
土より五尺ばかり上がりたるほどに、立ち列ねたり」
「立てる人どもは、装束の清らかなること、物にも似ず、飛車一つ具したり。
羅蓋さしたり。その中におぼしき人」などの表現がある。
これを解説すると、かぐや姫を迎えに来た人たちは、
空を飛ぶ車と大勢の天人が連なりながら下りきた。
地面に直接降りるのではなく1.5メートルあたりの空中に浮かんでいる。
そして着ているものと言えば、今まで見たこともないような光る素材。
などという、まるで見てきたようなリアルさで語っている。
現代のSF作品とも見まごうばかり。なかなかの想像力。

こんな空を見上げ想いうかべなが書いたものだろうか。
この物語を古代の人たちが語り継いできた。最後はかぐや姫は月の都へと帰って行く。
翁に不死の薬を渡されたが、かぐや姫が居てこそ、その薬に意味がある。
月に行ってしまうのであればそんな薬など意味がない、と。
その薬は、富士山の頂上で今も燃やされている。
それゆえに「不死の山」と言う呼び名が今日まで続いている、
どんとはらい、というところ。
コミカル要素もあり、風刺も孕んで見事な作品。

秋の夜長と言われる日々。十五夜の月を思い浮かべつつ、
この物語を読み返してみるのもいい...。


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<了>