比較するまでもなくノラと飼い猫、その表情も違う。
愛情を受けた飼い猫は、おっとりとして屈託のない表情をしている。とっても愛らしいと思う。
これに対してノラちゃんの表情は、険しい眼差しで警戒している様子が窺える。
ときどき出遭うノラちゃんは、こちらの動きを斟酌(しんしゃく)しながら見つめ、
危険!と判断すると、時として素早い逃げの行動をとる。
場合によっては、威嚇することもある。
受けている愛情の差が、この眼差(まなざ)しを作っているのだろうかと思ったりする。
翻(ひるがえ)って、人の僅かな眼差しの中でも、この体験をすることがある。
この人は、十分な愛情を受けてこなかった人だ、、と感じることがある。
そして、もし出来るのであれば、この人をささやかな愛情で包んであげたい、、。
そんな気持ちにさせる映画スターが居た。
ジェームス・ディーン(James Byron Dean) である。

彼は、どこか、そのような眼差しを持つ俳優だった。
彼の代表作『理由なき反抗』(原題:Rebel Without a Cause)は、1955年(昭和30年)製作・公開のアメリカ映画で、一大センセーションを巻き起こした。
<あらすじ>
17歳の少年ジム(ジェームス・ディーン)は、転居をしてきたばかり。しっかり者の母親と意志薄弱の父親。そこで、ジムは不良仲間の反感を買う。彼等のボスのバズに喧嘩を売られ、その夜“チキン・ラン"と称する度胸試しをやることになった。(これが、この映画、かなり印象に残るシーン。)
夜の高台で、ボロ自動車を崖の端までフル・スピードで走らせ直前で飛び降りるというもの。
先に飛び降りた方が負け。ジムは飛び降りたが、バズは、そのまま谷底へ落ちてしまった。
警察へ届けようとしたが、両親は許可しない。不良仲間は、そのことを警察に知られたくない。
いきがかりで、仲間の一人がジムを追って父親の拳銃を持って出て行く。
警察の動くところとなり、乱射する仲間が警察に打たれて死んでいく。
偶発から生じた出来事がこの結果となる。ジムは、その血だらけの死体に取りすがって泣き叫ぶ。
両親がこのときはじめて、ジムのことを「我が子」として慰める、というストーリー。
ジムの家族は、普通の家族であり、別段変わるところがない。
親は、人並みに愛情を注いでいるつもりでいる。
ところが、その『こころ』をどこか見抜いているものなのかもしれない。
親子として、人並みのことはしている。
夫婦として人並みのことは”してやっている”。
彼氏、彼女として人並みの愛情を示している。
本当だろうか?
家族のようにふるまい。
夫婦のようにふるまっている。
「ふるまっている」だけじゃないか!
この問いかけがなされている様な気がする。
『愛情』は、一瞬一瞬のそして永続的な厳しい戦いである。
『理由なき』反抗というものは、少なくとも、この映画の中に存在しない。
この映画の中で示しているものは、人が愛情だと思っていることへの
理由ある『反抗』なのだ。
なまぬるい『愛情』は、危険。
我々の生活の中にも『理由なき反抗』など、ありはしない。
あるのは、見せかけの『愛情』への挑戦である。
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<了>