BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

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ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

気づいてみれば、55歳から66歳に至る今日まで、
ほとんど毎日ブログを書いて暮らしてきたことになる。
そして、この分でいけば、ずっと、この習慣を続けることになるのだろう。
ほとんど毎日書いて、年内には4,000回を越すことになる。
「得たもの喪ったもの」という表現がある。
ブログを書くことで得たもの喪ったものも数限りなくある。
幾多の犠牲を払いつつ書いてきた側面もあるが、
ブログによって得たことも限りなくある。

ロートレアモンの『マルドロールの歌』の一節に
「ぼくは、ぼくに似た魂を探していた。だがしかし、見い出すことができなかった。
ぼくは地上の隅々までも探し回った。ぼくの不撓不屈も無駄だった。
それでもぼくは一人ぼっちじゃいられない。」と出てくる。

思えば、ブログは、自分自身の気持ちを込めたり、
自分のウィットを発信する意味で書いているところもある。
発信することの根底のどこかにあるのは、上記のように、
「ぼくはぼくを発信しつつ、ぼくは、ぼくに似た魂を探していた。」
というところかもしれない。
実際にブログを発信することで、ぼくに似た魂を持つ人とのテレパシーのような
交流ができているように思える。
そして、書くことで「ぼくは、一人ぼっちじゃない」ということを
しっかりと感じることができている。
長年にわたって読んでくださっている方もいらっしゃる。
そんな人たちと、現実世界で出会ったこともなければ、本当の名前も知らない。
本当の職業も知らなければ、どんな生活かも知らない。
(ただ一人のブログ友とは、異邦の地にて会っている。そんな知遇もあるが、)
ブログで知り合うことは、ほとんどないのが現実。
それを言えば、一期一会にも達してはいないほどだが、
「ぼくに似た魂を持っていて」「ぼくを一人ぼっちにしない存在」そんな気がする。
傍らに、そんな存在をちょっと意識しながらブログを発信することもある。

そんな、こんなしながら10年以上が暮れていった。
犠牲も多いが、やっぱり、ブログを書くことで得たものの方が大きい、
そんなところのようだ...


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<了>
世の中には「偶然」が人を劇的に変えることがある。
それも、予定していたかのように偶然が働く。
それゆえに「偶然」というものは存在せず、偶然に見える「必然」だ、
などと表現されることがある。
「偶然」を英語では"by chance"などと言われる。
"chance" だけでは「幸運」という意味に訳されるが、
これは「サイコロ」が振られることを意味する言葉だった。
サイコロを振るだけなら良運もあるが、悪運もあるはずが、
"chance" という言葉は良運を表す言葉となったが、
日本語でも「運」と言えば、「良運」の方を表す。
また、「危機や危険」の意味を表す"hazard"は、
十字軍の兵士たちがさいころ遊びを考案した場所の名だったらしい。
"chance"も"hazard" も言ってみれば、偶然の産物らしい。
偶然は、人を不幸に陥れる場合もあるが幸福にする場合もある。
無声映画時代のチャップリンと並び称された喜劇王と呼ばれた
バスター・キートンの映画の作風は、腹を抱えるほどの喜劇。
ストーリーというより漫画的。乗り物に乗ったら、突然動き出し、
真っ逆さまに落ちそうになるが、思わぬ形で危機一髪のところで助かる。
笑いが起こる。ところが、また突拍子もないことが起こる。
また、助かる。笑いが起こる。そんなような構成になっていた。
演じる彼はどんな状態でもポーカーフェイス。
ユーモアは偶然というものとともにある、
彼の映画を見ているとそんな風に思えてくる。
人生から偶然を取り払ってしまえば、なんとも味気ないものになってしまう。
偶然が人を楽しませることもある。
今回の大雨で新聞記事を見ていると、
「熊本県球磨村で最後まで孤立状態が続いていた横井集落の住民17人が11日、広島県に本部を置くNPO法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)のヘリコプターに偶然救助された。」というのを見つけた。
救助する方もされる方も、まさか、「こんなところに!」ということで、
はからずも17人が救助されたという。

人の世の中には、こんな偶然が待ち受けているからたまらない、
というところか...


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<了>
ジワリと感染が拡大しつつあるように見える。
夏には一時おさまるだろうという希望的観測があったがところがドッコイというところ。
しばらく新型コロナの感染者数は抑制されていたが、思えば、
ロックダウンに近い自粛によってなんとか維持された幻想だったようだ。
今の気持ちを代弁する表現で言えば、
「これから拡大していくのではないかと小心翼翼」。
この「小心翼翼」は、「気持ちが縮こまりビクビクしている」の意。
この言葉の初出は『詩経』。
ただ、そこでは意味が全く異なるようだ。
「小心」は、「気が小さい」という意味ではなく、「細心」を表す言葉。
そして、「翼翼」は「謹直ないし実直に行動する」という意味になる。
合わせると、「細心の注意を払い実行する」
そんな意味になるようだ。

今現在の様子を見れば、新型コロナに関して、やはり爆発的感染前夜?
と思わせるものを持っている。
ただ2ヶ月ほど街を封鎖したようにすれば感染は抑えられるという実績は残しているが、
社会経済は成り立たなくなった。
当方も、もし、第2波の緊急事態宣言ならびに休業要請なるものが登場すれば、
ひとたまりもないのは明らか。
乗り越えるためには、あのようなロックダウンではなく、
新型コロナと共存しながら抑止といったところだろう。
まさに「新しい生活様式」。
今、旅行業界ならびに社会の活性化を狙って『Go To キャンペーン』というものもある。
一方で見れば、これは正気の沙汰かい?というところでもある。
ただ、経済的には大打撃の最中。大雨による災害も大変。
思えば、我々が生き残るキーワードは、
上記の「小心翼翼」という気がする。
「細心」の注意を払い、できる限り感染なき生活を「実行」していく。

そんなところが、今の落としどころか...?


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<了>