これが本場の古墳カレーだ!仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)
モイ!(^-^)/
ここにきて、やはり日本一の規模を誇る、
もずふるカードナンバーNo.35の仁徳天皇陵古墳を紹介しないといけませんね。
なぜか、この仁徳天皇陵のカードだけ2種類あるんです。(全61種類あると言ったのはこのためです。)
まげちゃんは、何回も何回も仁徳天皇陵古墳は経ておるのですが、
この日は、お昼ごろに現地に着きましたので、ランチを経たいと思い、
堺市市役所高層館の展望ロビー21階に向かいました。
市役所なのでもちろんタダです。
ここからいきなり、仁徳天皇陵が見れてしまいます。
最古ー(サイコー)です。
360度経れるので、他にも、反正天皇陵古墳なども経れますよ。
この階には喫茶ミ・エールがあり、ここでランチを経ます。
メニューを経ると、
ありました!Goryoカレー!
単品で発注いたしました。厨房から、やたらと「チンチン」電子レンジの音が聞こえました。
来ましたよ!
造出しが見当たらないので、箸墓古墳かと思いました。
動画も経ましたので検証してみて下さい↓
味は、普通ですが、景色を楽しみながら食べる古墳カレーはこの上ないものでありました。
食後に、GORYOラテを経ようかと思いましたが高いのでやめました。
まりこふん様の「古墳の歩き方」によると、ここの向かいの「堺東観光案内所」で仁徳天皇陵グッズが見れると
いう事ですので、行きましたが無くなっておりました。
市役所で聞いたら、堺東駅のすぐ横に移転したとのこと(>_<)
ありました!
グッズはありましたが買いません(笑)タダの地図とかもらいました。
さて、地面から仁徳天皇陵古墳を経ましょうか!
基本の参拝から。
やはり、父の応神天皇陵より全体的に低い気がします。(一番高いところはほぼ同じです)
5世紀中ごろの作です。
ところで仁徳天皇といえば、「民のかまど」の話が有名ですね。
天皇が難波高津宮から遠くをご覧になられて
「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。」
と仰せられ「向こう三年、税を免ず」と詔(みことのり)されました。
「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。」
と仰せられ「向こう三年、税を免ず」と詔(みことのり)されました。
それからというものは、天皇は衣を新調されず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理も遊ばされず、星の光が破れた隙間から見えるという有様にも堪え忍び給いました。
三年がたって、天皇が高台に出られて、炊煙が盛んに立つのをご覧になり、かたわらの皇后に申されました。
「朕はすでに富んだ。嬉ばしいことだ」
「変なことを仰言いますね。宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだ、といえるのですか」
「よく聞けよ。政事は民を本としなければならない。その民が富んでいるのだから、朕も富んだことになるのだ」
天皇は、ニッコリされて、こう申されました。
そのころ、諸国より
「宮殿は破れているのに、民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もありません。もしこの時に、税を献じ、宮殿を修理させていただかないと、かえって天罰を蒙ります」
との申し出が頻頻とあるようになりました。
それでも、天皇は引き続きさらに三年間、税を献ずることをお聞き届けになりませんでした。六年の歳月がすぎ、やっと税を課し、宮殿の修理をお許しになりました。
三年がたって、天皇が高台に出られて、炊煙が盛んに立つのをご覧になり、かたわらの皇后に申されました。
「朕はすでに富んだ。嬉ばしいことだ」
「変なことを仰言いますね。宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだ、といえるのですか」
「よく聞けよ。政事は民を本としなければならない。その民が富んでいるのだから、朕も富んだことになるのだ」
天皇は、ニッコリされて、こう申されました。
そのころ、諸国より
「宮殿は破れているのに、民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もありません。もしこの時に、税を献じ、宮殿を修理させていただかないと、かえって天罰を蒙ります」
との申し出が頻頻とあるようになりました。
それでも、天皇は引き続きさらに三年間、税を献ずることをお聞き届けになりませんでした。六年の歳月がすぎ、やっと税を課し、宮殿の修理をお許しになりました。
まげちゃんは、この話が大好きです(^-^)
さて、もちろん古墳deダイエット!ですので1周は経ます。
後円部の絶景ポイントと言えば、
この歩道橋からのこの景色!
遥かなる仁徳天皇陵。













