扉を開ける。
ブロックが重ねられた壁。
格子状の網で塞がれた天井。
センサー式のライトが光る。
文字がない部屋。
ここに来る時
人は声を出さない。
あるいは呼吸も止めているのだろうか。
何ひとつ、言葉のカケラも見当たらない部屋。
優美なエントランスを構えたマンション敷地内に有りながら、まるで異世界かのように裏口の端の牢獄。
ここはゴミ捨て場。
今はゴミステーションなどと呼ぶらしい。
分別されたゴミの袋や、秩序もないまま投げ捨てられたダンボール。
毎日ゴミが投げ置かれては閉ざされる扉。
週に一度、
管理会社からの委託の清掃員が、マスク姿で、散らばったゴミ等を片付けて、水を流してくれているお陰で、悪臭の類はないのだが。
ふと思う。
このゴミステーションも、マンションと同じく、新築の時があったのだろう。
幾許かの時を重ねて、住人の日々の暮らしの不要物や汚れ物を受け止め続けて、取れないシミや変色、洗っても洗っても取れないその姿を見て、住人達は時にほんの少し顔をしかめながら、時に目を逸らしながら、その世界と自らを遮断するかのように扉を閉じる。
センサーが切れると
文字のない薄暗い世界が出来上がる。
汚したのは、他ならぬ住人。
汚されたのはゴミステーション。
誰からも目を逸らされ、ただただ、ゴミを受け止め続けるだけの存在。
嫌われる為に作られた場所。
俺は手に持ったゴミの袋をシミの付いた地面に置いた。
『まるで俺みたいだな』
この文字も、このあと誰かが投げ入れるゴミに押し潰されるか、清掃員が水に流してしまうか。
いずれにせよ、きっと誰にも見てもらう事なく消え去ってしまうであろう言葉を、ゴミステーションの端に置いて、俺は扉を閉めた。
まだ強さのない陽射しが、それでも眩しく感じた。