初めての方はこちらから

 

このシリーズの第1話はこちらから

 

※ 登場人物の名前は偽名です。

 

私の想いが報われることはあるのか。私の努力は誰が見てくれていたのか。

このように悩んだことがありました。しかし、前回の記事で書いたように、学習者や元教え子、父兄の方々からのメールや電話で私は報われた気がしました。「なんだ。みんな見てくれたのか。私の仕事を大切に思ってくれていたんだ。」と思えるようになりました。そして吹っ切れました。二度と会いたくないような人たちに認めてもらえなくてもどうでもいいやと思いました。だって、事実は証明されていて、どんなに私の悪口を言っても私の軌跡を消すことはできないのですから。

 

そこから私は引っ越し、転職し、自分の別の夢を叶えるべく動きました。やはり辞めるべき職場だったのでしょう。辞めて2か月経ったころ、私は完全に教師の仕事から離れることができました。コンサルタントとして働くことはあったものの、自分のもう一つの夢のために動きだすことができ、外国からも依頼が来るようになり、私はやりがいを感じていました。もちろん経済面でも根深学校からは大進歩しました。私生活でも仕事でもうまく行っていた私は奴らに大きなあかんべーをしている気になりました。(笑)これが正解だったんだと心から思いました。

 

私は2度と会いたくない人たちですが、不幸になることは望んでいません。私のように苦しんでほしいと思ったこともありません。しかし、時というのは恐ろしいもので、私が望んでいなかったことが起きたのです。

 

私が辞めてから私がやっていたことを引く継いだのは音階先生でした。私と同じような苦悩を味わうことになり、体調を崩し、重症で入院されました。私はお見舞いに行き、回復していた先生を見て喜びました。仕事のために死ぬなんて冗談じゃないですからね。その後も音階先生は同じポストで働いていました。コンサルトで来ていた窓下先生は退職し、新しいコンサルタントが来ることになりました。新しいコンサルトのカウンターパートは霜田先生でした。プレッシャーで押しつぶされ、辞職したいすべを委員会に伝えたそうです。なんとか説得され、残ったみたいですが、コンサルトの方とはものすごく揉めたそうです。後に楽しくお仕事ができるようになったと聞きまして、それはそれでよかったと思います。浅子先生は私生活で辛いことがあり、辞職し、引っ越したそうです。つけらさんは教師とコンサルトの問題でとがめられたと聞いています。

 

私を苦しめた人たちは皆、痛い目にあったんだと知ったとき、嬉しくはありませんでした。でも、これで少しは私の気持ちわかったかな?とは思いました。私は神様が罰を与えるとは思っていないので、まぁ、自業自得でしょうね。

 

ある日、意外な場所で後任のコンサルタントの方と話す機会があり、私は報われた気持ちになれる言葉をいただきました。

「過去資料を見ていたら、あなたが作ったものばかり出てきて...こんなにも頑張って仕事をしていたんだと思いましたよ。」と。

「私の仕事は結果、誰も見てくれなかったと思っていたのですが、ちゃんと記録が残っていたんですね。」と私が言うと「すごく残ってましたよ。頑張ったんですね。私もPolarina先生とお仕事したかった。」と言ってくれました。「私も先生とお仕事したかったです。」とお伝えし、ようやくパワハラ職場を過去に置いてくることができたと感じました。

 

その言葉を言ってくれた先生には今でも感謝しています。そして今でも思います。その先生とだったら、楽しくお仕事できたんだろうなと。

 

でも、私は今の自分のワークライフに大満足しています。このことがなければ、この道を歩めていたのかも疑問に思うところです。

 

ターコイズ色の意味は沢山ありますが、その一つは「束縛から逃れる」です。そして、「自由」「解放感」という意味もあります。

まさにこの3つのキーワードが私の宝でしょう。

 

私の虹色にはターコイズ色があります。それはこの経験で学んだことからできています。

 

「束縛から逃れる」

これは、無神経軍団から束縛されていたというよりは、自分に囚われていた、自分で自分を束縛していたという事実に気づいてからの逃れを意味します。何が何でも仕事では我慢しなくてはいけない。辛くても逃げがしてはいけないという根性論。自分を犠牲にしてでも他人のために動くこと。自分は常に後回しにしなければならない。仕事を持つことはありがたいことだから、上司のパワハラやモラハラわ多少耐えなければならない。

 

私はこのような気持ちに束縛され、不自由な生活をおくり、自分を苦しめました。私は上記の感情は無意味だと思っています。仕事で我慢しなくてはいけないことはあるでしょう。しかし、全てを我慢する必要はないと思います。辛かったら逃げ出せばいいし、自分を犠牲にしてまで他人のために動くことはいつもしなければならないものではない。むしろ、それが必要とする場面までは、そこまで頑張らなくてもいいと思います。

 

もちろん、私の意見とは真逆の考えの人もいると思いますし、それで自分が幸せならそう思い続けてもいいと思います。否定はしません。結局は人数だけ価値観があるわけですから、みんな一緒にすることないし、各自個性を保つべきだと思います。でも、私は上記の束縛から逃れて幸せです。もう二度と同じことはしないと誓いました。逃れたんだから、後戻りはしない。そう自分に言い聞かせ、この宝について忘れないようにしています。私の虹にずっとあってほしい色ですから。

 

そして「自由」と「解放感」...これはもう言うまでもないです。

転職をすることで新しい道を歩むことができ、その道で自分の目標を達成することができました。

今でも、新しいチャレンジをしながら、今までの軌跡を誇りに思いながら、誠心誠意向き合っています。

ろくでもない環境から解放され、自分のやりたい仕事をとことんやる。好きなことを好きなだけする喜び。そう。解放感。

自由に選べる仕事。まさに天職だと思っています。

 

このシリーズを書いて腹立ったことも多かったですが、やはり、この宝は一生忘れないと改めて思いました。

自由に仕事をする。解放感を忘れない。そして、束縛から逃れる。辛い思いをして、これを理解することは良くないし、もっと早く気づけばよかったと思いますが、このターコイズ色の宝を若いうちに手に入れることができたことに喜びとありがたみを感じ、その点に集中していこうと思うようになりました。

 

私の経験と私の結論・決断が正しいわけではないです。ただ、私にとっては正解だっただけです。

人のストーリーを聞いて考えることが好きな私は、私のストーリーをお伝えすることで、皆さんのなかで新たな考え・発想があれば嬉しいです。

 

パワハラ職場シリーズが完了しました。

 

次のシリーズは新しい色の宝です。

次回も紅茶片手にお会いしましょう。

 

 

 

初めての方はこちらから

 

このシリーズの第1話はこちらから

 

※ 登場人物の名前は偽名です

 

前回、参加したくもない会議に参加し、教頭を辞めることを伝えたとお話ししました。

教頭と教師、同時に辞めればよかったんじゃないの?と思われる方もいらっしゃると思います。今の私はそうすればよかったと思えますが、当時は次年度のコマを引き受けていたため、途中で投げ出し、「無責任」と呼ばれないようにしたいという思いがありました。この件については私はこう考えています。自分の悪口を言う人はいます。それはどうしても避けられません。実際私はつけらさんに何も貢献してこなかったと言われ、教員には意見を認めてくれない要は独裁者みたいなことを言われました。自分勝手で無責任であるとも言われました。言うのは自由です。しかしその発言が真実であるかどうかは別です。私は嘘だということを証明しました。辞めた後も散々言われたでしょう。でも、私は無責任なことはしていませんし、本当は全てを辞めたかったけどコマを引き受けた以上、責任をもって最後まで成し遂げました。

 

これは私すごいでしょう?という話ではなく、私はこういう意図で残ったということをお伝えしたいです。

 

他にも残るべき理由がありました。それは既に1年分の給料が支払われておらず、辞める前にもらわないと絶対に払ってもらえないと思っていたからです。どうにかして、この最後の1年で支払いを完成してもらわなければならない。そう思いました。

 

言うまでもないですが、最後の日まで支払われていなかった分の給料とその年の給料をもらうことはありませんでした。

膨れ上がった滞納金は30万円を超えていました。

 

給料もまともにもらえないところで、私は更にめんどくさいことに遭遇しました。それは、教員全員の態度が180度変わったことです。全員で私のことを無視するようになったのです。アラフィフのいいおばさんが、小学生のような無視ですよ?挨拶は返さない、仕事のことで話しかけても無視して移動するし、職員室で食べてたら、私をそっちのけに話を続け、会話に入ろうとするガン無視してきました。私は傷つきませんでした。こんな陰気臭いいじめ(?)をしたくなる人たちが教師でいていいのか?外面だけはいいのに本性はこんなにもくずだったなんて...社会人なんだからプロとして接しましょう?私のことが嫌いでもいいですよ。むしろどうでもいい。でも仕事のことを話さないといけないのに、無視するって...しかも間違った内容を教えようとするところを指摘したら、「私はそうは思わないけどなぁ~」って。3か月前まではずっと私に聞いてきて、説明したとおりに授業してたのに、教頭を辞めた時点で私の知識は無駄になるわけ?と呆れて物も言えませんでした。

 

私はいじめ行為はあったものの、傷ついていません。私をそんなアホらしいいじめで私を傷つける能力はあの人たちにはなかったからです。しかしよーくわかりました。今までは立場上、上司だったから接してくれたんだと。仲良くしていたんだと。どこまで裏表がある人たちなんだと本当に信じられませんでした。社会人何十年やってんの?今でも呆れます。

 

その1年私は一人で気楽にランチし、授業をして帰るをずっと繰り返していました。血反吐がでる思いで、あと9か月、あと8か月、あと7か月とカウントダウンしていました。辞める3か月前に、つけらさんに全額の支払いをしてほしいことを伝え、万が一不可能な場合はその借金があることを認めるレターが欲しいことを伝えました。何が何でも私は12月に辞めると。

 

時が経ち、終業式のときに父兄に挨拶をしようとした私の話をつけらさんが中断しました。こいつは最後の挨拶すらさせてくれないのか。まぁそうだよね。自分のボロがでちゃうもんね。まぁ、どうでもいいや。私はその日、今まで持っていた学校の鍵を返し、返却証明書に署名してもらい学校を後にしました。心がすっきりして、自然と笑顔がでました。

 

辞めてから私は学校に帰ってきてほしいと学習者や父兄などから電話、メールをたくさんもらいました。「先生がいなかったらこの学校はやっていけないよ」と言ってくれた学習者や「嫌なことがあったのはわかってるけど、あなたのような人はいないから、どうか考え直してくれないか」と言ってくれた父兄もいた。しかもこの方は理事会のメンバーでもあった。嬉しい言葉だったけど、私は戻る気はありませんでした。なので、お礼を言ったうえで、さよならしました。

 

報われないなぁーとずっと思っていたある日、私が受け持っていたクラスにいた学習者からこんなメールをいただきました。「先生、根深学校辞めたんだってね?(教師なんですが、みんなからは常にタメ語で話しかけられていました。私はそれが好きでした)おめでとう!!これからは自分のために働くことができるね!自分のために稼げるね!」。

 

自分のために働く?自分のために稼ぐ?私ってそこまで他人のために頑張るという印象だったのか?

 

この学習者の言葉は私に大きな影響を与えました。

次回はやめたからの私の仕事に加え、正義はあったのかについて書きます。

私が得たターコイズ色の宝は何なのか...このシリーズの最終章です。

 

また、紅茶片手にまたお会いしましょう!

初めての方はこちらから

 

このシリーズの第1話はこちらから

 

※ 登場人物の名前は全て偽名です

 

私には大変ありがたく嬉しいことだったのですが、他校のベテラン先生が根深学校に来ることになりました。そのベテラン先生はコンサルトをすることを職にしていたため、目的は学校の改善、コーディネーター(つまり私)との共同作業でした。当時私は教頭としても、教師としても、もっと成長したいという願望があり、先生がいらしたら学びたいことをお伝えし、二人で学校を立て直すことを考えていました。しかし、タイミングが悪く、先生がいらしたときは私が最も多忙なときでした。

 

先生がいらっしゃる1か月ほど前、私は事務所の人が学校のお金を盗んでいることに気づき、報告しました。その結果、つけらさんはなぜか私が支払いを集金するということでことを収めました。平日は午後のみの授業だったのですが、授業が終わってから支払いする学習者を受け付けお金を管理していました。土曜日は朝から授業があり、お昼の時間にはみんなが支払いに来るため、昼食が食べれず午後の部に突入し、授業をしなければなりませんでした。

 

窓下先生が学校に来たときは、とてもじゃないけど話す時間がありませんでした。対応することも、いろいろ教わることも無理でした。そのため、先生には40分かけて現状を説明し、待ってくれるようにお願いしました。つけらさんにもこの点について理解し、フォローをしてほしいとお願いしました。すでに多忙だったのにも関わらず、更に他校を巻き込むイベントが開催されました。この時点でせめて支払いの集金を手伝うと言い出す教員はいませんでした。音階先生に言っても冷たく突き放されました。しかも鼻で笑いながら「頑張れ」と言われました。「あなたが言われたんだから頑張ってね」みたいなことも言われました。私が持っていた仲間意識って一体...

 

その時は私は何でこんな奴らのためにいい職場環境を築こうとしたんだろう?なんで負担が無いように私が全部被ったんだろう?こんな恩知らずな人間っている?こっちが気を遣っているというのに、ありがたみの一つもなく、優しくしようとすらしないわけ?せめて言葉だけでもいいから、大丈夫?手伝おうか?と言ってよ...と次々と人間不信につながる疑問を抱き始めました。イベントでも計画はほぼ私、準備もほぼ私、当日だけ教員の協力を得ました。

 

おさらいさせてください。私は10コマ担当していました。同時に教頭の役割を果たし、学校をまとめていました。また、イベントの企画や準備、当日の作業も行っていました。イベントは1年で計4個でした。窃盗事件が発生してからは支払いの集金(一人ひとりの生徒に領収書を書き、同日理事会の監査の人にお金を預け、一緒に確認をする)をし、窓下先生が来てからはその先生のアテンドも任されました。他の教員に協力してほしいと言ったら雑談で窓下先生と仲良くするだけでした。

 

窓下先生を無視していたわけではありません。学校をいろいろと観察し、改善点を次々から見つけリストアップしていただきたいことを伝えました。2か月は一緒にいれないけど、この作業をしてくださったら、対応できるようになったとき全力でやりますからと言っていました。(私の話を聞いてなかった可能性もありますが)

 

そんな中、窓下先生からの鬼メールが始まったんです。学校の行き届いていないところを理事会、職員全員をCCに入れて送信していました。すでに私が解決したいと言ったことばかりです。私が1月まで対応できないことをご報告していたのにも関わらず、この先生は11月12月中ずっとこのようなメールを送り、私が対応してくれないことに全員CCでケチつけてきました。しかも、私が反論すると私が全て悪く捉えていると責任転換してくる内容でした。

 

この時点で私の我慢は限界を達し、自宅について爆発しました。こいつらあり得ない、こいつら無神経、常識がない、何でここまで私を追い詰めたいの?考えれば、考えるほど涙が止まらず、親友に電話をしました。彼女はずっと私の仕事を見てきて来た人たちの一人だったので、理解してくれて、ずっと黙って聞いてくれました。それはそれは60分以上の愚痴を。話しながら過呼吸になり、涙が止まらずパニックを起こしました。話せなくなった私にこう言ってくれました。「そんなに苦しいなら、辞めればいいんじゃない?どこでもやっていけるでしょう?あなたなら」と。

 

辞める?...辞める...辞める!そうか!私はこの仕事を辞めることができるんだ!何をこんなにも迷っているのか。辞めればいいんだよ!...肩の荷が落ち、呼吸が落ち着いた瞬間でした。

 

窓下先生を含めた会議で私は教頭ではないことを伝えました。1年後には辞めるつもりだったことはこの時は言いませんでした。私は本当はもう教師すら辞めたかったのに、この無神経連中の話を聞かなければならない苦痛で、会議に挑みました。今でも忘れません。私はポッケに手を入れていました。確かにいい態度ではありません。でも、話しても聞いてくれないなら態度で示すしかなかったのです。もう関わりたくないことを。この無神経集団への怒りを。

よっぽど気に食わなかったのでしょう。窓下先生は私にこう言ってきました。「これはあなたのことを攻めるためにいうのではないのよ。ただ一般論として言うのよ。決してあなたのことではないからね。でも、会議中にポッケを入れてそっけない態度をとるのは、いいことではないと思うし...(その他呆れて聞き流しました)」。

 

私のことじゃなかったら誰の話だよ?!いい年こいて面と向かって物申すことすらできないのかお前は?!卑怯な言い方をする上に、人を心配する心もない。てめえは何のためにコンサルトなんかしてるんだよ?向いてねーっつの!と思いながら、聞き流しました。こんな人と議論をしても無駄だから。

 

このブログを書いて私はこんなことを思います。

読んでくれる人が増え、フォローしてくださる方も増えればいつかこの記事は当事者の目に留まるだろう。偽名を使い、一応は身バレしないように工夫をしていますが、内容は全て実際にあったことですので、関わった人にはバレルはずです。そうなったら、反論したくなるからコメントで書いてくるだろう。匿名または偽名で身分を隠せるから、当時の私に対して文句をつけるでしょう。そういう人たちだと私は思っています。この記事が私を中心に書きすぎて無神経軍団の気持ちを汲んでいないとも言うでしょう。

 

だからあえて書きます。これは私のブログで、あなたたちにその気はなかったとしても、無視したり、責任転換したり、丸投げしたり、無責任だったり、気楽に仕事をしようとしていたことは同僚のモラハラです。私がいっぱいいっぱいだったの、見てて何もしなかったのは人を追い詰めるのと一緒です。自分でできることはいっぱいあったのに、それを避け、丸投げしたのはあなた方です。私は確かに気が強いです。強くないとあなた方を引っ張れないからです。自分の足で歩いてくれない以上、私が引っ張るしかなかったのです。

 

これは私のストーリー。私が経験したこと。あなたたちが当時、目をつぶった現実です。

勝手に書かせてもらいます。私のブログだし、「夢は虹色に輝く」にあったほうがいい経験だと思ったからです。そして、万が一同じ境遇にいる誰かに、何かのメッセージを届けられるように。

 

読んでくださった皆様。こんな怒り炸裂の記事に最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。

できるだけ、当時の私の感情を書いたうえで、最後の〆をご一読いただきたいので、書かせていただきました。

 

今、パワハラ・モラハラに悩んでいる方はいらっしゃいますか。

コメントやメッセージなどでやり取りできれば嬉しいです。

 

ああ、やっぱりこの話は腹立つなぁー(笑)

甘いもの食べてこよう。

 

次回、教頭を辞めた1年での出来事をご紹介します。その中で浅子先生と霜田先生のことを書きます。

この回で登場人物を全て紹介し、説明したことになります。

そこから、まとめに入ります。私が得たターコイズ色の宝とは何か。もう少しお付き合いいただけると幸いです。

 

それでは、また!