よろこびも悲しみも -19ページ目

よろこびも悲しみも

人の心に興味があり、テレビドラマだったり、歌詞だったりで、いろいろ勉強中です。

動物を見ていると、その動物がどうしてそんなことをするのか、結構想像しやすいですよね。

小鳥を見ている時の猫の様子とか、突然人が近づいた時の猫の様子とか、その理由はかなり理解しやすいと思います。

 

ところが、人間のやることとなると理解できないことがずいぶん多くなります。

好きなのに「嫌い」と言ったり、迷惑と感じているのに「嬉しいです」なんて言ったり、欲しいと思っているのに「いりません」なんて答えたりで、本心なのかどうか分かりにくいことも多いですよね。

 

中でも私が不思議に思うのが性に関する話題です。

 

大人の男性だったら、ほとんどの人が性には興味津々です。男性同士だったらそんなことは当然のようにお互い分かっている。それなのに普段は性の話はしない。暗黙の了解なのですね。

むしろ自分を大きく見せたいためか自慢げに性の話をする人もいますが、これも逆の意味で意識していると言えるのでしょう。

 
女性の場合、ほとんどの人は恋愛や男性の話に興味津々のように見えます。ただ、他人の恋愛話には遠慮なく追及しても、自分の恋愛の話になると突然秘密にすることが多くなるように思えます。
自分がある男性を好きなのに、そのことを隠しながら何とかその男性に食らいつこうとするから、テレビの恋愛ドラマが面白くなるんですね。偶然を装ってみたり嫌がらせをしてみたり、最後は泣き落としだったりと様々な方法で男性にアタックです。めったに素直には打ち明けたりしません。

 

どうしてだろう? とずいぶん考えたことがありました。(どうでもいいことを考えてたものですが…)

 

動物ならこんなに面倒なことはしないのに、人間だけが面倒なことを考えるのですね。

 

けれど、考えるてみると子供の場合もこんな面倒なことは考えませんよね。大人よりもずっと正直というか、単純です。

単純ということは、子供の考え方は動物に近いのでしょうか。

そうなのかもしれません。子供の考え方と動物とは正直で単純という意味では似ていそうです。

 

とすると、
 「子供の本能と大人の本能とは
   違っている」

ということになります。

 

たしかに違いますね。人はだれにでも思春期が訪れます。それは

  少年が男に

  少女が女に

   変化する時

この思春期を境にして、人の欲求や本能は大きく変わります。

 

それまでの、自分のためを考えて生きていたのが、急に

 友達のため、仲間のため

  親のため、家族のため

ということも考えて行動するようになるので、親にとっては子供の考えていることが分かりにくくなり、ぶつかることが増える。これは親から見るといわゆる「反抗期」ですね。

同時に、性や恋愛に関する興味が湧きおこる時期でもあります。

 

そして、当然ながら人はまず子供時代を過ごすことから始まります。それも他の子供たちと一緒に成長することになります。大人の女性も関わりますが、子供同士の影響の方がずっと大きいでしょう。

 

ですので、人はその長い子供時代を通じて

 「人はみな子供の心を持っている」

という思い込みができあがります。

 

たとえば、親戚同士が何人か集まって食事をしようかとなったとき、

 「自分がみんなの分もお金を払うと言えば

  みんなは喜んで参加するに違いない」

のようについ単純に考えてしまいがちです。

でも、こんなふうに言われて不愉快に感じる人がいることも経験済です。

 

そして性や恋愛については、長い子供時代を通じて

 「性や恋愛に興味を持つ子

   なんて見たことがない」

という思い込みがひとりでにできあがり、それが大人になってもなくならないように見えます。

 

そして、周りのみんなが興味がないことに自分だけ興味があるなんて恥ずかしいことだ、ということで性や自分の恋愛などは口にしなくなるように思います。

 

だからいざ告白しようと思ったのに言えず、心にもない憎まれ口をきいてしまったりするので、テレビドラマが面白くなるのかもしれませんね。