262などという数字を聞いたことがありますか。
私が初めて聞いた時は、その人は343と言っていましたが。
話によれば、会社のようなところにたくさんの人が集まると、とても優秀な人やそこそこの人、そしてあまり仕事のできない人がいるのだそうです。そうすると、とても優秀で何人分もの仕事をしてしまう人が10人の中に2人いるのだそうです。
まあまあ、自分一人分の仕事をするという人が10人中6人いて、残りの2人はあまり仕事ができないという具合に分かれるそうです。
それなら、この上位2割の人たちを集めてグループを作ったら、全員がとても素晴らしい仕事をするドリームチームができるのではと思いますよね。
ところがどうも、そうではないらしいのです。
上位2割の人たちを集めてみても、やっぱりその中でこの262に分かれてしまうようです。
そういえば、中学受験や高校受験で頑張っていい学校に入ったと思っても、やっぱりその学校の中で生徒たちの成績は262のように分かれてしまいます。
なので、無理に自分の実力以上の学校に入ってしまうと、後で苦労してしまうかも… という話ではありません。
どうしてそんな風に分かれてしまうのでしょうね? という話なのです。
少年野球をしていたころは、上手だ天才だと言われていた子供が、甲子園に出るようになり、さらにはプロ野球で活躍するようになれば、天才と言われていたころよりもずっと技術も体力もついているはずなのに、ちょっとした失敗で「下手くそだ!」などと言われることになったりします。
どうしてと言われれば、結局はその人の周囲の人と比べてしまうのですね。ついつい比べてしまうのですね。
それも、その人より上の人と比べてしまい、不満足な思いをすることが多いですね。
あるいは昨日の自分、1年前の自分と比べてみて喜んだり悲しんだりとしてしまいます。
こうした比較する本能は人間の能力を高める原動力となるし、人類の絶滅の危機を乗り切って繁栄に向かう原動力にもなったのでしょう。
進化の結果獲得された本能とも言えますね。
でも、「幸福」という意味ではじゃまな本能にも感じます。
幸福額によると、人が平穏で幸福に感じるためのキーワードに
[公平]
があります。
捕ってきた獲物を村のみんなで公平に分けるという部族があるのですが、その部族はとても幸福感が強かったのです。
こんな、幸福を邪魔する本能には十分注意をしたいと思います。
といいながら、ついつい誰かと比較しちゃうんですよね。