以前、私がよく聞いていた石井裕之さんという方のお話のなかに、ユーティライゼーションという話がありました。
これは、人の気持ちを読んで、利用するというものです。
たとえば、部下の中に仲の悪い人がいて、仲良くさせようと努力するのですが、いくら努力してもうまくいかない。さあ困った、みたいな時あなたならどうするか?
答えのひとつとして、仲良くさせるのをあきらめて、ライバルとして競争させてしまう、などの考え方を「ユーティライゼーション」と言ってました。
ある例では、ミルトン・エリクソンというアメリカの精神科医の子供の頃の逸話として
お父さんが子牛を小屋から出して水を飲ませた後で、また小屋に戻そうと子牛を小屋の方に引っ張るのですが、
なぜか子牛は小屋の前で足を踏ん張って、入ろうとしない。
それを見ていた子供のエリクソンが笑っていると、お父さんが、じゃお前がやってみろ、と言う。
子供のエリクソンは、子牛の尻尾を小屋から出す方へ引っ張った。
すると、子牛は小屋の中に入って行った。
という話がありました。
子牛の立場で考えると、お父さんに「小屋の中に入れ!」とばかり引っ張られると、どうやらそれが面白くなくて、つい抵抗してしまうようでした。
ところが子供のエリクソンに、小屋から出す方に引っ張られると、それも面白くない。ということで、子供のエリクソンに抵抗して、お父さんと一緒に小屋の中に入っていったとのことでした。
この話を聞いていて、なるほどすごいなと感心してしまいました。
ちなみに、エリクソンは子供の頃に思い小児麻痺に会い、ある時期、目玉以外全く動かせなかったのですが、それでも人生の楽しみを見つけるんだ、と頑張ったそうです。
そして見つけたのが、「人間観察」でした。
たとえば、赤ちゃんがどんな過程を経て立って歩くようになるのかなどを観察していました。
エリクソンは、大人の手の動きを見ると、その人が男性か女性かをすぐ見抜けるので、男性が女装していてもすぐ分かったとのことでした。
男性が右手で左の肩を掴む時、右手は最短距離で左の肩に行きますが、女性の場合の右手は、胸を避けて遠回りして左の肩まで行くのだそうです。
こんなエリクソンの天才的な観察眼で見たので、先ほどの子牛はお父さんに抵抗していたのだということが分かったのですね。
でも、我々凡人が先ほどの子牛とお父さんの格闘を見て、子牛の気持ちを考えた時、
「子牛は小屋に入りたくない」
と思っていると考えると思います。
そうすると、子牛の気持ちを利用した「ユーティライゼーション」の前に、
「子牛はお父さんのやることに逆らっていた」
という事実を見抜けなければいけなかったのですね。
「人の気持ちを考えるには、
その人をよく見てあげなさい」
ということをよく聞きますが、先ほどの子牛を見た場合などでも分かるように、
しっかり見る、
というだけではまだ足りない気がします。
もちろん、見なければ、もっと何も分からないでしょうが。
その「足りないもの」として、人間の本能や本能的行動を理解する必要があるのでしょう。
それも、子供の本能ではなくて、大人の本能ですね。大人の本能は特に分かりにくいですから。
ところで、子牛の「引っ張られると抵抗する」という本能は、人間だけじゃなくて動物にもある本能ですね。