6日(月)から世界一周の出張中。

今日までアメリカはClovisで仕事してた。

今からフランクフルト経由で、オーストリアのウィーンに移動予定。でも飛行機が遅れてる。

ウィーンでオペレッタ「こうもり」を観る予約をしているんだけど間に合うのかな。

ウィーンのあと13日(月)インドのデリー、14日(火)からバンガロールに行く予定。

体調良好。
長唄のお師匠さまからあり得ないチャンスをいただき、南座の顔見世「阿国歌舞伎夢華」に2日間出させていただいた。最高の経験だった。思いっきり唄った。

芝居の出させていただくということは、恐ろしいことです。
たくさんのお客様が観劇にいらっしゃっていて、役者さんや裏方さんやたくさんの関係者がその舞台の成功のために尽くしていて、自分もその一部分を担うことになる。これは恐怖です。しかもその表舞台に立つ(座る)わけで、自分の何かのミスが舞台の失敗につながり兼ねない。これは日常他では絶対に味わえない恐怖。舞台で何かヘマをする自分をふと妄想してしまい、凍りつくような身震いをすることが本当にある。この恐怖を思うと唄もがっちり覚えないではいられない。

そして、この2日間を無事に終えて南座の外に出たときに感じる達成感と安堵感は、他の何にも例えようがない。

この体験をさせてもらえる自分は本当に幸せだ。

これは自分の人生にとっての一大イベント。準備も含めてとても大変なことなのだけれど、これを経験している自分は、経験していない自分に比べて、ずっと芯が太く、一発勝負に強い人間になれていると思う。会社でやるプレゼンや外人との会議も、やり直しも笑って誤魔化しもない芝居の舞台に比べたら何のことはないと思える。

次のチャンスがもしあったらばまた張り切って取り組みたい。
改めて本当に長唄やってて良かったなぁと思う。

minamiza
ちょっとこのケータイ、

なんで「まきえ(蒔き絵)」が変換できんの[e:3]

なんで「みす(御簾)」が変換できんの[e:3]

極めつけは、なんで「かんざぶろう(勘三郎)」が変換できんの[e:3]

かと思いきや「モーツ」とやるだけで「モーツァルト」が出てくるときた。

いやー俺は本気で考えを改めた方がいいと思うよ、このメーカー。日本でモノづくりに携わるものとして本気でいかがなものかと思う。

モーツァルトはすごい。でもだって勘三郎だよ[e:3]


普段は料理など全くしないんだけれど、オトコ向けの料理教室に参加してみた。

近所の廃校になった高校の家庭科室を利用したローカル教室。

メニューは中華おこわ+蒸し肉団子+鶏サラダ+鶏スープ。

講師は近所に住む、改造バイクが好きというチョイ悪オヤジ風。

オヤジ先生の説明がざっくばらんで面白くて楽しかった。先生曰く「料理の極意は片付けから」らしい。まずは食事が終わったら家の食器をサッとすすんで片付けろ、と。なかなか難しいことを言う。

見た目盛り付けはともかく、料理の味は、意外にも美味かった。

料理ってのは、献立考えたり下ごしらえしたり、いろいろ大変なんだと身をもって体験した。出された料理にケチつけるなんて、できることじゃないね。

今日、長唄のお稽古があった。

声がダメなモードに入って曲の途中で声を枯らした。浴衣会のときはいいモードで唄えたんだけどな。どうも自信の無い唄をおっかなびっくりで唄うとダメなモードに入るらしい。節に神経が集中してしまって、声の出し方に気を使うことができないんだと思う。いいモードをまだ身体で覚えてないということもある。ま単に唄の覚えが足らんということでもある。

ちなみに今教わってる唄には「南無阿弥陀仏」というくだりがある。先日、これを会社で「なむーあーみーだーぶーつー」 と口ずさんでしまったら横の同僚にとても心配された。忙しすぎて心の病気にでもなったかと思われたらしい(笑)

写真はお稽古前に寄った有栖川宮記念公園。

稽古の帰りに西麻布の大阪鮨「梅好」で茶巾寿司を買った。これ美味いんだよー。