結婚式前日。遂に運命の地、ラスベガスに入った。
デンバー以来、大自然の中でテント生活してきた僕達にとって、ラスベガスのネオンは少々眩しかった。
けれども、その非現実的な世界もまた旅らしくあり、心躍るものがあった。
リーダーの計らいで手配されたリムジンに乗り込み、シャンパングラス片手に街へ出て練り歩く9人。そして、酒の勢いに任せて踊り出す。目立たないわけがなかった。
翌日、いよいよ結婚式当日。早くから貸衣装屋に行って衣装選び。
そして、そのままサイズを調整してもらう。
時間が近づくと、安モーテルにリムジンが迎えにやってきた。
普段、リムジンが横付けする事など、まずないものだから、
フロントスタッフから宿泊客まで、ホテルがなんだかザワザワしていた。
タキシードとウェディングドレス姿の僕達は、大勢の視線にちょっと照れながらリムジンに乗り込んだ。
ネオン瞬くラスベガスの景色をリムジンで楽しみながら、教会へと向かう。
2人だけの不思議な空間の中で、ソワソワしながらも、どこか満たされた気持ちでいっぱいだった。
教会に到着して車を降りると、メンバーが先回りして待ってくれていた。満面の笑みと拍手で迎えられる2人。計画以上の結果で、この教会に迎えられたのだった。
この瞬間、2つの計画は完結した。思い残す事は何もなかった。
ここからゼロにリセットして、やり直すんだと決意を新たにした。
僕達を祝福してくれた、仲間達の想いに応えなきゃ。日本に帰って頑張らなきゃ。
折れかけていた翼は、旅の中でゆっくりと癒され、羽ばたくチカラを取り戻そうとしていた。
しかし、これだけで終わらないのが旅。旅は人がつくるもの。時に、予想もしない出来事が起こるものだ。
式が終わって、ホテルに戻るリムジンに乗り込もうとした時、リーダーが、打ち上げしようと誘ってくれた。
そして、ドライバーに交渉を始めたかと思うと、メンバーが全員乗り込んできた!
いくらリムジンとは言え、座る場所もないほどギュウギュウ詰めにされて向かったのは・・・
なんと、The HOTELだった。
マンダレイ・ベイの新館で、最上階に最年少三ツ星シェフになったアラン・デュカスがプロデュースしたバーがあった。
宿泊客でしか入店出来ないはずのバーに、堂々と入っていく。
「2人へのプレゼントだぜ!」
「残念ながら俺達も一緒だけどなっ!」
そう言って、勝ち誇ったような笑顔で渡されたもの。
それはなんと、ホテルのルームキーだった。
メンバー全員のモーテルをキャンセルして、そのお金でスイートルームを1部屋プレゼントしてくれたのだ。
そう、僕達は堂々とバーに入れる宿泊客になっていたのだ。
タキシードとウェディングドレスを着たままの2人を連れたメンバーは、
行き交う人達にいちいち祝福されながらバーに向かっていった。
そして、最上階に到着すると、今までキャンプ生活してきたメンバーに似合うはずもない、洒落た空間が広がっていた。
その中で、100万ドルの夜景が見渡せるテラス席を陣取って、カクテルで乾杯!
次々と祝福に訪れる、会った事もないバーのお客も加わって、騒ぎに騒いだ。
人生で一度くらい、こんな事があってもいいような気がした。
メンバーの中で一番おとなしかったホルガーまでも、この日ばかりは酔っていたのが、僕にとってはまた嬉しかった。
クルマの中で、結婚式の事を打ち明けたとき、喜んでくれたみんな。
それでも、心のどこかで軽蔑されてるんじゃないかという思いが消えなかった自分。
みんなを信じ切れていなかった自分が情けないと思った。だけどこの瞬間、本当に、本当に喜んでいいんだと思えた。やっとみんなの目をしっかり見られた瞬間だった。
一寸の曇りもない、仲間達の笑顔を見ながら、心から祝福されている事にやっと気付いた。
嬉しくて、嬉しくて、例えようのない喜びに包まれた。僕達はなんて幸せなんだろう。
こんなにも素敵な仲間達と、一緒に旅が出来ただけでも幸せなのに、その仲間から祝福されて結婚式が出来たなんて。そして、こんなサプライズまで。
この仲間だったから、ここまでの素晴らしい旅になった。誰一人、違っても、欠けていても同じ旅にはならなかったんだと思う。この奇跡とも言える素晴らしい巡り合わせに感謝せずにはいられなかった。
日本に帰ると、貯金通帳には3万円しか残っていなかった。月末に支払わなければならない、アパートの家賃も残っていない状態だった。
それでも、アメリカに行く前の挫折感はすっかりどこかに消え去っていた。
結婚式の事をクルマの中で打ち明けた、“あの時”みたいにプライドを捨てて働き始めた。
仕事を選ぶのをやめ、なければ日雇い派遣でもなんでもやった。
時には、夫婦で同じ工場に派遣される事もあった。
夫婦揃って日雇い派遣されたあの日の屈辱さえ、2人は楽しんでいた。
その先にある、“不確かな未来”にワクワクしていたから。
旅の中で、「本気で願えば夢は叶う」という事を実感した。しかも、想像以上の結果で。
日本に帰ってからふと、「子供の頃の夢は叶っているのかな?」と思い、卒業文集を読み返してみることにした。
すると、そこには「30歳までに社長になりたい」と書かれていた。
「本気で願えば夢は叶う」のなら・・・
「叶えちゃう?」
根拠のない自信が僕を後押しして、半年後、僕は株式会社を立ち上げた。
その時、30歳と1ヶ月だった。 ちょっと過ぎちゃったけど・・・ギリギリセーフでしょ(笑)
旅は、時にひとりの人間の人生をも左右する事があるのである。
だから、旅はやめられない!
そこにまだ見ぬ世界と新しい出会いがある限り。
つづく・・・