皆さま、こんばんは・・(たぶん)。
ひょっとしたら、おはようございます。
前回=さっき(義仲寺)の記事の続きです。
桜🌸の“前半”も、もうおしまい。
桜の木🌳を見かけると、ついスマホ📱を取り出して、写してしまう今日この頃です。
行く春を あふミの坂で おしみける
──あれっ?〈盗作やな・・〉
その(義仲寺参詣の)後、大津市歴史博物館を訪れました。
※上(↑)は、博物館前の桜🌸です。
大津市の西、三井寺の背後の山ですから、‘例の’長等山の裾にあたります。
高台に立地しますから、ここからのびわ湖の眺めは格別です。
««««すぐ近くで爆進中のボート🚤の音も聞こえますけど・・。
さてさて、大津市歴史博物館では、いつも通り常設展が開催中ですが──。
企画展「芭蕉翁絵詞伝と義仲寺」も、開催中です。
2月末から開催中で、会期が今月11日(日)までなので、慌てて来たと言うのが本当のところです。
気づけば、あと10日・・。
今回は、常設展の観覧料(一般330円)で見られると言う、何とも“太っ腹“と言うか”申し訳ない”展覧会です。
先に訪れました義仲寺ですが──。
実は、松尾芭蕉の没後、半世紀程で荒廃が進み、半ば「忘れられた」お寺になっていたようです。
それを嘆き、生涯をかけて復興に努めたのが、18世紀の後半の、京都の僧であり、俳人でもあった蝶夢です。
蝶夢は、芭蕉の百回忌に向けて、義仲寺の翁堂を復興し、さらに本尊の松尾芭蕉像に奉納するため、本格的な「松尾芭蕉の伝記絵巻」として、10年あまりの歳月をかけて『芭蕉翁絵詞伝』を制作しました。
そして──。
『芭蕉翁絵詞伝』は、義仲寺の寺宝として、長く門外不出の扱いを受けていました。前回の公開は「松尾芭蕉没後300年記念展」(1994年)だったそうです。
2年前に、ここ(大津市歴史博物館)に寄託され、公開が可能となりました。
今回──。
「大津市歴史博物館開館30年」を記念して、この『芭蕉翁絵詞伝』が公開され、併せて、義仲寺の寺宝や俳諧資料も公開されることになりました。
これは、すごく嬉しいこと!
『芭蕉翁絵詞伝』は、総延長40m、絵と詞各33段、上中下3巻からなる“大作の伝記絵巻”です。
寛政4年(1792)、「芭蕉百回忌」前年の命日に奉納されました。寛政度の御所障壁画の制作を担当した狩野正栄至信の手によって、松尾芭蕉の生涯が臨場感豊かに表現されています。
後世の「いわゆる芭蕉イメージ」の普及に貢献した作品です。
「門外不出」の扱いを受けていたと言うことで、200年以上の歳月を経ているのに、とてもきれいです。
会期中の巻き替えがありますので、「いっぺんに」と言う訳には参りません。しかし、《全巻公開》とのことで、広い展示室の3コーナーを使って、多くの場面が一挙に公開されています。
しかも──。
今回も──。
大津市歴史博物館では、多くの展示資料が「写真撮影可」です。
本当に、何と言って良いか!!
“インスタ映え”の時代
素晴らしいじゃないですか!
なので、他の展示資料もたくさん写真を撮りましたが──。
掲載枚数の都合もありますので、『芭蕉翁絵詞伝』から、3場面だけ。
まず、白川(白河)の関を越えるところ。『奥の細道』の世界ですかね。
上は、同行した弟子の曾良の記録で、これと対照しながら、『奥の細道』の行程が解説されていました。
せっかくなので、京都が描かれている場面。
これは、四条河原の納涼会が描かれていますね。まさに、「洛中洛外図」の世界。江戸時代後期の風俗が分かります。
河風や うすがきゝたる 夕涼
それからまた、せっかくなので、近江が描かれている場面も。
堅田、浮御堂の月見です。
鎖明て 月さしいれよ 浮御堂
他にも、松島とか、長良川とか、二見が浦とか、嵐山とか、奈良の鹿とか、いろいろありましたけど・・。
載せていては、きりがありませんので・・。
その他、寺宝の数々も含めて省略。
あっ、これは大作でした。
許六の『四季耕作図』。
森川許六のと言えば、大和郡山の(城)の「菜の花の 中に城あり 郡山」の句碑を思い出しますが──。
彦根藩士であり、蕉門十哲の一人であり、そして絵師でもあったのですね。狩野派ですかね。
江戸時代の武士って、スゴい!
義仲寺に、こんな(↑)寺宝もあったとは・・。
さて、寺宝と言えば、‘これ’だけは紹介しておかなければなりません。
義仲寺の翁堂の格天井を飾る『花卉図板絵天井画』です。十五面、まるごと展示されています。
数少ない伊藤若冲の天井画の一つです。
牡丹、菊、燕子花、独自の図案的センスと構図感覚が発揮された四季の草花図です。
安政6年(1859)、大津柴屋町の魚屋通六が義仲寺に寄進したものだそうです。
普段、義仲寺に参拝しても、翁堂の外からちらっと覗けるだけすから、これは値打ちあります。しかも、写真🆗‼️ですしね!
最後に──。
これは、昨年の聖衆来迎寺(しょうじゅらいこうじ)の国宝·『六道絵』と盛安寺(せいあんじ)の十一面観音立像の企画展の時にも言った(書いた)ことです。
「写真撮影可」にしていただけるだけでも、嬉しくて涙が出そうなんですけど──。
「絵巻」の写真を撮って帰らなくても、これがあれば十分ですね!
しかも、今回は常設展の観覧料だけでいただけるんです。
私、“ある”カードを提示していれば、団体料金(260円)で観覧できたんです。
大津市歴史博物館さん
太っ腹過ぎやしませんかね?
毎度、毎度。
赤字も赤字、大赤字じゃないですか?──これだけで300円取ってもいいよ!
住民税を大津市に納めたい気分です。
あっ、そう言う方法もあるなあ(ふるさと納税)!!
※収入が収入だけに、少額でスミマセンが・・。
前にも書いていますが、また「大津市民になりなたい」と思った次第です。
★余談です。
博物館の1階ロビーに、こんなものが展示されていました。
パンプキン爆弾の模型です。
昭和20年(1945)の7月20日から終戦前日の8月14日までに、日本各地に49発も投下されたものです。その目的は、原子爆弾を落とすための予行演習だと言われています。
そのうちの1発は、大津の東洋レーヨン(現=東レ)石山工場に落とされました。死者16名、爆風で周辺の家屋の窓ガラスが割れたと伝わります。
そして、これ(の実物)は、8月9日に長崎で落とされたものと同じ大きさだっただそうです。
貴重な博物館の「史料」です。
もし、訪れられることがありましたら、是非“ついでに見て”帰ってくださいませ・・。
ほんまにね・・。
アメリカも、本気で原爆を落として実験する気まんまんですし、、、
大日本帝国も、半月やられて分かるだろうに──早く判断していれば、ヒロシマもナガサキも無かった筈だし!!
はっきり‘そう’思える「史料」です。
これが、本当に最後。
企画展の展示室前、2階展望ホールからのびわ湖の眺めは格別です。














