2019年 初詣 広隆寺&大酒神社 | あべしんのブログ

あべしんのブログ

京都・奈良・滋賀。寺社、古墳、花……、史跡をぶらぶら散策するおじさんの日記です。
京都市内は、ランニングしながら、ぶらぶらしていることもあります。

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
なかなかamebaに入ることがないこの頃で、まことに申し訳ないのですが・・。

それで、実は──。
仕出かしてしまいました。昨年の暮れ、スマホを落としまして画面を破損、そして修理に出すと言う失態を。
今朝、修理が終わったスマホを取りに行ってました。
それで、設定が初期の状態に戻ってしまいました。現在、使っていた(12月の)状態に復活させる作業の途中です。

何とかamebaは使えるようになったみたいなので、昨日の初詣のことを書いておきます。
簡単に・・・。

ただ、年末年始とも、たいへんに忙しく過ごしておりまして、時間がありませんでした。
そこで、昨日(1月2日)の午前中、近所の、私にとりましては“庭みたいな”広隆寺(&大酒神社)にお参りさせていただきました。
最近、JR嵯峨野線を利用することが‘ほぼ’ないので、だいたいこの前を“毎日のように”通っております。

そして広隆寺では、1月2日には、「新年の風物詩」になっております(ちょうな)始めが行われました。
建築関係者の1年の無事を願う、仕事始めの儀式です。

これが、儀式の次第です。
今回は、詳しいことは書きません。

広隆寺にお参りされる方の多くは、霊宝殿だけ入られて、例の仏像を拝観されたらお帰りになる場合が多いようですが──。

ご本尊(聖徳太子像)をお祀りする本堂にあたるのが上宮王院太子殿
ですので、今年の初詣は、上宮太子殿になりました。
儀式(始め)は、そこ(上宮太子殿)の前で行われました。上の写真は、墨打の儀です。

そして、メインの打の儀
見物しながら──。
まわりの参拝者の声が耳に入ってくるのですが、最近の方々〈私よりもご年配の方でも┄〉は、墨壺とか手斧(ちょうな)とか槍ガンナとか言っても、通じないようで・・。(ノコギリ)とか台鉋(ガンナ)で、ギリギリ一部の方に通じるみたいでした。
※日頃、そう言ったことは当たり前の前提でお話している自分に反省です。

これは、清鉋の儀。古式に則って槍ガンナの登場ですが、まわりの皆さまは台鉋を使われないのが不思議みたいでした。
あっ、今回は詳しいことは書かないのでした。

番匠保存会の皆さまによって歌われる木遣音頭(祝い歌)で“シメ”です。
聖徳太子さんは、大工さん(宮大工)、木工の神さま(!?)でもあるみたいです。

儀式に使われました、大工道具一式を見せていただけました。
手斧(ちょうな)や槍ガンナは、是非覚えておいていただきたいもので・・。

こちらは、散餅の儀でいただきましたお餅です。
僅かなお賽銭で、申し訳ないくらい──。

ついでに、広隆寺の東隣に小祠として鎮座される大酒神社にもお参りしておきました。
『広隆寺来由記』(広隆寺縁起)では、秦氏の祖先と言うことになっている秦の始皇帝と、日本に渡来してきた秦氏の祖の弓月王と、この地をを開発した酒公が、ご祭神のようです。

神仏分離以前は、広隆寺(聖徳太子さま)と《セット》で──!
元々は、広隆寺桂宮院内に鎮座される伽藍神だったようです
つくづく、神仏分離のくだらなさを感じる次第です。

とりあえず、初詣の話題でした。

次は何時になるか分かりませんが、今後藻よろしくお願いいたします