晴れている日に
沢山薪を集めておく。
焚き付けに使う、細かい枝から
太いのまで様々。
新しい木はダメ。
ほどよく枯れて乾燥しているのが良い。
沢山集めた、と思っても
薪はあっという間になくなってしまう。
すごく、貴重なものなのだ。
だから
ドラム缶風呂なんて、本当に贅沢。
時間と、薪に余裕のあるときでないと無理。
だから普段は、水浴びて我慢する。
水浴びでは寒いと思う日は
ヤカンにお湯を沸かし
大きなたらいに注いで水を足す。
ヤカンいっぱいに沸々と沸騰しているお湯でも
水を足しすぎたらぬるくなりすぎるから
足す水はほんのちょっとだけ。
水深5センチほどのたらいに体を預けて一っ風呂。
髪は短く切ったけど
それでも洗い流すのに水を使うから
その、たらいでは足りない。
だから頭は、外に出して水。
体には掛けないように気を付ける。
冷たくてヒャーってなるからね。
いまはまだ、キャンプ場だから
水道の蛇口をひねれば山の水がでてくるから良い。
これが、どこかから汲んでくるとなれば
もっと大変だ。
うーん。
お風呂なんて、最高の贅沢だ。
火を起こすのは
焚き付けに使う細かい枝や葉をつみかさねて火をつける。
火をつけるのはライターやチャッカマンである。
ここでふと考えてしまう
昔の人はライターなんか、ないわけだ。
信じられない。
雨の日の湿った薪なんか
どうしていたんだろう。
いざとなれば今は、ゼリー状の着火材なんかにも、頼ったりするけど。
種火を絶やさないって、
物凄く重要だったはず。
何十年か前、イタリアかどこかのアルプスの山のなかで
5000年前のミイラが見つかったことがあって
雪の中で行き倒れた様子がそのまま残っていたようだけど
確かそのミイラは
生の葉で包んだ白樺かなんかの炭を持っていたとかなんとか
そんな覚えがある。
移動するにも
火を持ち歩くほど
それは生命線であったんだろうな。
本当に火は重要だ。
火の扱いができることが
人間と獣の違いでもあるわけだ。
目の前にあるチャッカマン。
使い終わればゴミになるガスボンベ。
積み上げられた薪。
そんなものを見ながら
ユラユラする炎を見ていると
はるか昔の生活に思いをはせずにはいられない。