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ぽこぺんのブログ

ごく、たまーに、気が向いた時に
まったく関連性も一貫性もない随筆
書いたりしてます。

超高齢化社会の到来

 

 

認知症の親を在宅で介護する。

 

そいういう家庭は、既に多く、これからも、増えてゆくのだろう

 

 

認知症に関する本や情報は、たくさん、あふれている

 

 

・認知症にならないための生活習慣

・認知症とはどのような病気か、治療の最前線情報

・認知症家族の介護マニュアル

 

などなど

 

特に、在宅で家族を介護することになった場合、集めやすい情報は、介護マニュアル系

 

すなわち

 

認知症になった家族を、どう介護するか、どのような接し方をすべきか

を扱った書籍・情報が中心であるように思う

 

 

なるほど、

 

認知症になった家族は

 

怒りっぽくなる

暴言をはく・暴力をふるう

徘徊する

物が盗まれたとさわぐ

 

などの問題行動がみられる

という傾向が多く発生する

 

そうした場合、介護する家族として、どのような態度をとるべきかに関心が

集まるのは、至極当然なのかもしれない。

 

もちろん、それは、在宅介護の状態となる家族全体にとって、有益であり貴重な情報ではある

 

しかし、しかしである、

 

上述のように、介護される側(認知症となってしまった)家族が問題行動を起こす時の対処法

だけに焦点を当てた(書籍等)情報発信が中心である

 

ということは、すなわち、介護される側(認知症家族)の尊厳を最大に尊重する方法を中心として書かれているのだ

 

では、いったい、介護する側(家族)の尊厳は、どう保たれるべきなのか?

 

私は、その点に焦点をあてた情報・経験談が欲しいのだ。

 


認知症になったとはいえ、母や父から、泥棒呼ばわりされ、激しくののしられるような状況

 

病気だから怒ってはいけない、(介護する側の家族が)うまくやりすごさなくてはいけない、

これは、被介護者の尊厳尊重の論理である。

 

 

しかしながら、介護する側である、「私」も人間なのである。

 

その「私」(身近な親類に泥棒呼ばわりされたり、ののしられ、自尊心を傷つけられた側)は、

どのように尊厳を回復すべきであるのか、あるいは、どのような救済されるべきであろうか

 

その答えを示す書籍や情報を、私は、現在まで得られていない。

 

それは、何故か

 

思うに、「介護と向き合う」、という経験談を記載した書籍や情報は、たくさん見かけるのだが、終末を迎えた家族の感想

や体験談を見聞きする機会が少ないように思われるからだ(単に、私の情報収集能力が劣っているから、という可能性も、当然あるのだが)

 

 

認知症家族が死を迎える時まで、最期まで、在宅で看取った(介護した側の)家族は、いったい

 

どのような、満足感を得、あるいは、どのような虚無感を得、どのような点を後悔・考察、得ることができたのか

 

いな、寧ろ、介護する側である(と思っている)「私」にとって、その在宅介護のゴールであるべき「被介護家族の死」を、

いったい、介護した経験者・先達者は、どのような結末だったと捉えているのだろうか

 

 

そういう視点で、書かれている書籍や情報をご存知の方がおられるのなら、是非、教えていただけることを願ってやまない。