孟宗竹林は、

手入れをほとんどしていないので、

雑草や小さな木々が、たくさん生えていました。


そこで、
タケノコを見つけるのですが、
草や落ち葉が、ジャマをしてなかなかわかりません。

オヤダケの少し離れたまわりを、見渡しながら歩いて探します。

枯れ葉などで、柔らかなふわふわの土は、
タケノコをさがすのに便利です。
枯れ葉などで隠れていても、
まだ地上に、芽を出さなくても、
靴の底に、
コツンと石を踏んだ時のように、硬い感じでみつかります。


落ち葉や土を少しかきわけると、
ここにいるよと、
黄緑色の芽のタケノコが、確かに茶色の土のなかに浮かびあがる。


まわりの土をどけながらタケノコを確認して、 
竹の太い根を傷つけないように、掘ります。

タケノコの皮がなくなり、最初にボチボチの根芽のあるところにクワをいれてとりました。

最初に収穫するとき、
太い根の方向を覚えておくと、
次には、その先にとタケノコが順に、大部分出てきます。


竹のまわりに、
順番に、オヤダケなるように残すタケノコもあります。

でも、
草の陰なので見逃すと、竹は伸びるのが非常に早いです。
地上に、0~10センチぐらいまでで、それ以上はとりませんでした。

地上に出ている部分が、多いほど硬くなりますので、
伸びすぎた時には、出来るだけ芽の先に近いところからとります。
雨が降り、気温が上がると、
他の植物と同じように、あっとゆうまに竹は大きくなってしまいます。



別に、
子供のときは、楽しみがありました。

何でもないことですが、
タケノコの皮のうぶ毛を、たわしなどでこすって落としてから、
竹の皮に、
うめぼしを入れて折り曲げて、しゃぶっていました。
すっぱいうめぼしも、
竹の皮から染み出てくると、なぜか違う味にと。。。



しの竹や真竹と呼ばれていた竹などは、
指ぐらいの太さのタケノコで、
地上20~30センチに出てきているものを折ってとりました。

熱い灰の中に入れたり、炭火などで焼いて食べました、

竹の皮を剥いでいくと、
ふにゃっ~とタケノコがまがり、
アツアツをふうふうしながらかぶりつきます。
風味は、タケノコとちょっと違いますが。



たけのこが、
大地に芽を出して、

足の裏に、
もう、春が来たよと、

確かに、
見つかり、教えてあげて。

人は喜んで、
食べるは、胃の中に。

うれしいやら、
悲しいやら、
悩ましい、タケノコたちの春。




真っ赤な炭を見つめても、

煙がのぼる炭焼き小屋は、どこにあるのかわからない



炭焼き小屋は、わずかにありましが、今はありません。
親戚に炭焼き窯がありましたので、
何回か、炭焼きの手伝いをしたことがありました。


炭焼き窯は広くて、
おおよそ奥行き3~4m、横幅2~3mの楕円形で、
子供が、ほぼ普通に立てる高さでした。
奥に、煙突があります。
低い」崖などの斜面の地形などを利用している窯など、
様々の大きさや形がありました。


広葉樹を伐採して、使用していました。
奥の方から、まず細い木を立かけて並べていきます。
隙間のないように、木の上などにも押し込みます。
太い木は割り、
曲がりの木も、
同じようなものを使い、
隙間なく、立てかけていきます。

最後に、窯の入り口まで木をたてかけて終わりです。

今度は、
入り口に、
枯れ木のマキを入れて火をつけます。
大きな窯なので、2~3日24時間燃やし続けます。

全体に火がまわると、
煙の色が黒色から、うすい灰色に変わりましたら、
急いで、入り口をレンガと粘土で塞いで、空気を遮断します。

火が消えて、冷めるまでこのまま放置します。


窯から、炭だしをします。
樫の木の種類などわけて、短い長さに切り揃えます。


炭は、焼きとりや焼き肉、バーベキューぐらいにしか使われない、、、。
炭の多孔質の特徴を利用しての用途に、拡大期待はあるが?
細々としかやっていけるか、わからない今。
炭焼き窯を見つけることは大変だ。



火鉢の炭に、
火がつき、
真っ赤になった。

手も、顔も、
真っ赤に映える。

もっと近づくと、
パチパチと炭が爆ぜた。

何を教える、

真っ赤な炭は。。。

 

 

 


 


 


 

 


 

椿は、
花の少ないときに咲くのに、
なぜか、嫌われていた。

家の庭などに、ほとんどありませんでした。
見ませんでした。
川や道などの端に咲いています。
花弁がまるごと全部落ちるので、嫌われたのかツバキは。。。

椿の花が、
濃い緑の葉から浮き出るように、
誰にも、わかるような赤色で咲いている。

落ちていても、すぐ椿だとわかるよう花弁。

それでも、子供たちにしか気づかずに、
大人も、
時間も、
ただ当たり前ように通り過ぎていく。

花弁が、
順に散るよりも、潔い。
実をつけるまでに、時間がないのか、、、。

そんな、花を
愛おしいと思ったのかは、分かりませんが。
子供は、違った。

男の子は、
竹や木などに、
たくさん花弁をさして集めて、数を競って自慢していました。
女の子は、
花弁をたくさんヒモに通して、首飾りなどをつくっていました。

手の中に、
椿の花弁を握りしめ、
そお~っと、
ささやくと、
夢はふくらむ、空のように、、、。



追伸

いつも、読んでくれましてありがとう。

2012年が、
皆さん、おひとり、おひとりに、

素敵なことが、
一歩、三歩、ジャンプと、
たくさん巡り会いますように、願っています。


どうも、
ありがとうございました。


たくさんの家に、

無造作に、張り巡らされている電線。

電話線・有線・ケーブルテレビの線が、
左に、右に、
斜めに、
ただ近道にと、あっち、こっちに交錯して張り巡らされている。

電柱も、トランスだ、分配器だと山盛りだ。

田舎では、
規則正しく、まっすぐに電柱も電線も伸びている。
なぜか、見つけるとほっとする。
知らないところ、迷ったりしても先には人家がある証と。

電線や電柱で囲まれた、
額縁から見える光景に、空・山・建物が切り取られる。
どこでも、
何でも好きに、
自由自在に選べて、角度を変えても見える。


寒くても、
暑くても、
動かずに、建っている電柱。

鳥が、休んでいるのに、

何も、言わない静かな電線。

都会では、
鳥も休むと、鳴き声がうるさい、フン公害だと、
止まれないように、電柱や電線に細工をしている。


歩道の真中に、
デンと建っている電柱をジャマだと思いつつ避けて歩く。

景観が悪いと、
電線を地中化すれば、スッキリすれど。

人の心までスッキリになり、静かになったように思えてしまう。

不思議に思うは、広くなった歩道も人影まばらに見えて、
活気が見えない通りに、変身かと思う。。。

 


 

もちつきは、
もう、何かの催しものときだけに見る光景。
地域や場所により、色々な方法があると思います。

うすの脇に水桶を置き、
きねや手に、もちが付かないように使います。

臼に、セイロで蒸したもち米を開けた。

3~4人で、最初はツキ棒(手でにげれる太さ)で臼の中のもち米を押します。
もち米が、つぶれるまで何回か行います。

次に、
細めのきねで、3~4人でぶつからないように交互に、
順番にきねで、ついていきます。

臼のもちを裏返して、
もう一度します。

最後の仕上げとして、
おおきねで一人でつきます。

臼のもちを、外側から内側へと返しながらひとまわりします。
でも、これは大変です。
もちは熱いですし、桶に手をいれて濡らし、もちがつかないようにして、、
すばやく、臼のなかのもちをかえさないと、
きねに、あてられてしまいます。

呼吸が大事です。

また、
臼のもちをもちあげて裏返しにし、つきます。

もちのできあがりです。

丸もちや伸ばしたりと、
また、忙しい。

のりやよもぎを入れたり、色をつけりもします。



今は、
もちつきのきねの音も消えて、
いつでも、食べられるる機会があって。

しかも、
どこでも、
売っているので、買うことが出来るもち。

それなのに、なかなか食べてくれないもち。。。