大カマドのカマにお湯が沸いた。


真中に、穴のあいた厚い板をカマにのせて、

もち米の入ったセイロを二段重ねにしてのせる。


蒸気が上の段のセイロとふたの隙間から、噴出し始めた。


間もなく、蒸しあがる。


上の段のセイロは今度は下になり、新しくもち米入ったいるセイロを重ねる。

下の段のセイロは、臼に直行してあけられる。


ちょっと、ごはんと違う食感につまみ食い。


湯気が立ちのぼり、もちつきの始まりだ。



今はビニールでコーティングされて、もちが店頭に並んでいる。


もちに、ヒビも入らないし、

カビも生えない、長持ちと良いことずくめである。


でも、

手に感じない何かがある、

もちの包装を眺める。


もちつきがない、見れない。


食べない、食べる機会がない。


行事や催しでも、なくなっていくのではと思いつつ、

木枯らしが、吹き抜ける通り道。

カマドは、もうないか。
カマドでも、灰落としや煙突がついたもの、蓋付きなどさまざまな形がある。


カマドは簡単に言えば、
大きな、七輪を思い起こしてくださると分かりやすいかな?
大きなものが二つあり、それに特大のカマドが一つありました。


これに、火をつけるのが大変。


空気の通る道が、できない。
燃えやすい、細い小さな木片などを重ねて火をつける。
そこで、竹の筒で息を何度も吹きかけて、早くマキに燃え移らせる。


マキが生木や濡れているなどしていると、さらに大変だ。
煙が出る。

もくもく、次から次とわいてくる。

カマドの小屋は、煙の世界。
むせながら、
小屋の外へ、逃げる。


ぱあっと、炎が出た。


火が燃え広がり、
煙は、急速に消えていく。


顔も赤く染まり、

安堵のある、不思議なひと時になる。


これから、
炎さえもない世界、
I Hや電子レンジなどが増えていく。

アメブロは、すごいですね。


確実に読んで、
もらう方法は何かと考えると、やはりコメントが一番か。
読んだ、証し。
ペタ返しより、有効か。

普通は、まず誰も選んで、読んではくれないでしょうけど。

そもそも、題名やURLの存在自体がわからないから?
ブログがネットの空間に漂い、誰かに読まれる。
多すぎて、非常に難しい。

良い情報、良くない情報であっても、
ブログやホームページは、世界中にあるパソコンから見れる。
何億の蔵書がある、図書館と同じであるのに。

探して選んで、開く、読む。


題名であり、文書の中の言葉からと、
検索は、簡単だけど、
似ているものやほぼ同じ内容のものが非常に多い、選ばれるのは難しい。


また、いつ消えても不思議でない。
明りのスイッチと同じで、瞬時に削除も、また簡単だ。

確固たるものがないと、順位は変動していて、
もう、どこにあるのかわからない。

本が動いている図書館であり、
次に同じ本をさがすのに、不便な迷子のパソコンだ。
履歴をみるか、お気にいりにしないとわからない。

パソコンの近くて、遠い関係のブログ。。。






鳩が、
青空の中を群れになって、ぐるぐる回りながら飛んでいる。
放鳥すると、帰るところの場所の確認か。
目印は何か。


久しぶりに見た、青空の中を飛びつづけているハト。


ハトは、群れが好きだ。


他の渡り鳥と同じように、先頭で飛んでいるハトは入れ替わっている。
やはり、
風圧を受けながらも、気流の流れをつくるのは、疲れるのだろう。


街中では、
今は公害だと、すっかり嫌われてしまっている鳩。
鳴き声だ、フンだと。
追い払われている。


手品で使うハト、催しで放すハトと。


どこに違いが、羽の色。


やすらかに休めるところは、ハト小屋だけか。


公園に、舞い降りたハトには。。。



シュロの木、
ノッポなので、庭のどこからでもよく見える。

長い棒のような茎に、葉が手の平を広げたようについているシュロの木。
何して、使う。
葉を短く、切り揃えては叩いて遊ぶ。



ここは、
南国ではないので、どの植物に、似ているの。
ヤシの仲間か。
ソテツの仲間か。



シュロの木の幹は、このような繊維のようなものをまとっている。


この繊維は、丈夫なので、
なわや、
タワシに、
ほうきに、
色々と、利用していたのか。

それで、
はぎとられると、ちょっぴりヤシの木に、似ている。


ひょろっと、伸びているシュロの木。
もう、役に立つことさえ出来ない。n

茎も、葉も、皮の繊維も丈夫なのに。
みんな良いのに、使ってくれない。

文句もいわずに、
黙って、
ぐんぐんと、大きくなっていく庭のシュロの木。