大カマドのカマにお湯が沸いた。
真中に、穴のあいた厚い板をカマにのせて、
もち米の入ったセイロを二段重ねにしてのせる。
蒸気が上の段のセイロとふたの隙間から、噴出し始めた。
間もなく、蒸しあがる。
上の段のセイロは今度は下になり、新しくもち米入ったいるセイロを重ねる。
下の段のセイロは、臼に直行してあけられる。
ちょっと、ごはんと違う食感につまみ食い。
湯気が立ちのぼり、もちつきの始まりだ。
今はビニールでコーティングされて、もちが店頭に並んでいる。
もちに、ヒビも入らないし、
カビも生えない、長持ちと良いことずくめである。
でも、
手に感じない何かがある、
もちの包装を眺める。
もちつきがない、見れない。
食べない、食べる機会がない。
行事や催しでも、なくなっていくのではと思いつつ、
木枯らしが、吹き抜ける通り道。