「あの卵を調べる~?」
心底いやそうに眉をしかめながら、ケーキをつつくティアーにクロスはどこか不機嫌そうにする。
ここ数日の間にティアーのルベリエに対する態度がずいぶん親しげになっているせいだ。
「あんなもの調べて何の悪巧みに使うつもりなんです?」
「千年伯爵を倒すためだよ」
「ふ~ん。
まあ、好きにすればいいんじゃないですか?」
明日にはルベリエは中央に戻るらしい。
それを聞いてティアーはこのケーキが食べられないのはさびいしなぁとかつぶやいていたらしい。
「師匠はいかないでしょう?」
フォークをくわえたまま上目遣いにいわれてクロスは口の端をあげてワインを飲み込む。
それをどう受け止めたのか、ティアーはグラスにワインを注ぎ足した。
「一ヶ月です」
ルベリエを見ずにクロスに目線を会わせたままつげる。
「一ヶ月で絶対に帰ってきてください。
なにがあっても、ですよ?
もし一ヶ月たって帰ってこなかったら、乗り込んででも連れ帰りますからね」
最後のはルベリエに対しての脅しだろう。
目の届かない場所につれていかれるクロスを守れといっているのだ。
死なせば中央を壊滅させる気なのかもしれない。
ティアーの髪をぐしゃぐしゃとなでて引き寄せるクロスを見てルベリエは退室した。
でばがめになるつもりはないのか監視官も下がらせる。





「師匠?」
「なぁ、ティアー」
「なんです?」
クロスに抱き寄せられて、うっとりと体重を預ける。
「変な虫にひっかかんじゃねーぞ」
「そういうならいかないでくださいよ」
「すぐ帰ってくる」
「はい」
ティアーはクロスに抱きついて胸に顔を埋めたままうなずいた。


当時、コムイは警戒されていた。
非常に優秀であったが故に懸念を抱かれていたのだ。
何度も脱走を繰り返すエクソシストを妹にもつ故に、近づけるべきか、と。

そんな中、ルベリエがコムイの本部移動を推したのだ。
むしろ好都合だといって。
室長になれば咎落ちを知る、優秀であるが故に気づくだろうと。
リナリーはこのままでいけば間違いなくイノセンスの怒りにふれる。
大事な妹を生き延びさせるために、なんとしてもエクソシストとしてたたせるだろうと。
妹がエクソシストとして人質である以上、裏切ることなど所詮できないと。





「見たのでしょう?コムイの覚悟を」
出会った時に感じたのでしょう?自分と似ていると。
「コムイは私なんかよりずっと優しいがね」
自嘲するルベリエに、それは妹が生きているからだろうとティアーは思う。
目の前に守るべき存在があるから、コムイは迷うのだろう。
「あなたはあなた、コムイはコムイ。
似ていても同じではない」
「当たり前だな」
だから期待したのでしょう?
止まるかもしれないと、彼に託したのでしょう?
自分では『枷』のせいでできないから。





ルベリエの頭を胸に抱えたまま、ティアーは心の中で謝罪する。
あのとき、ルベリエ家だけが娘を差し出したのではない。
出世のため、己の見栄のため差し出された聖女・聖人候補たち。
その中から『彼女』を選んだのは……。

「マルコム=C=ルベリエ。
貴方に問いましょう、貴方の家を滅ぼしてもこの愚かしき戦の終止符を望みますか?」
「ああ」
ティアーの胸から顔を上げてルベリエはうなずく。
それを見てティアーは微笑む。
「マルコム、では誓いなさい。貴方が今この私に、誓うのです…。
従うべきは己の道にだけだと。
修羅となっても進むと、誓いなさい」
「ああ」
「だけど覚えていて、貴方が狂気にのまれればそのときは私が殺します」
「……承知した」





外は嵐のように雨風を強めて、二人の誓約を隠した。





誰もいなくなった部屋に一人、ティアーは窓にふれる。
硬質な無表情と凍てついた眼差しが歪んで写る。

「教団の真の暗部は、真の悪は………神に愛されているこの私」

欺き隠し続けることを宿命に選んだのは

『私だ……。』


ーコンコン
ノックの音にティアーは顔を向ける。
ーコンコン、コン
誰がきても追い返すよう言っておいたのに、さすがに上司は追い返せないらしい。
苦笑とともにドアを開ければ美味しそうなケーキを抱えるルベリエがいた。





「さすがに中央も、元帥たち全員を処罰できませんでしたか」
強くなっていく雨足の中、二人は向かい合ってケーキをつつく。
「君は私すら知らない真実を知っているようだね」
「永く生きてますから」
ティアーはルベリエに告げていた。
バチカンの目的を知った人間は危険だと。
ルベリエすら知らない暗部が動き出すと…。
「暴いてはいけない暗部、か…」
「そう、先日語ったことは事実のほんの一握り。
7000年の歴史のかけらでしかない」
ティアーは立ち上がりルベリエに近づいて、その頬をなでる。
「ヘブラスカもまた犠牲者です。
どうか恨まないであげて」
子供に言い聞かせるように、ゆっくりと静かに呟いた。
100年前、教団によって初めて生け贄に捧げられたのは、間違いなく彼女なのだから…と。
わかっているっ、ルベリエは睨みつけてくる。
わかっていても許せないのだ。
「あれはまだ5歳だったんだ」
捧げられた妹。
なにもわからずに捧げられた。
血縁をっ我が兄弟をっ!!
初めてみたときに引き込まれた。
彼女こそルベリエ家の聖女だと。
だからこそ、許せないのだ。
ルベリエの叫びにティアーは優しく微笑みながら頭を胸に抱き込む。
ティアーは知っていた。
ルベリエの優しさをちゃんと知っているから、慰めの言葉はかけない。
この男もまた、覚悟の上に戦いを選んだのだから。
「でも、ヘブラスカはあなたに感謝しているかもしれない」
だからこの男にかける言葉は慰めではないティアーの推測。

「あなたがコムイを推薦しなければ、リナリーは今頃咎落ちで死んでいただろうから」