先日コメントをいただきました。
読んでくださる方がいることを知り、とっても嬉しく思いました。
でも、そのことについて数日考えていることがあります。
批判ではないので、マイナスな方にとらないでいただけたら、と思います。
私がこのブログを書いている1つの理由は、何かのきっかけになればいいなぁと思っているからです。
「そうなのかな?」と思って、調べてもらうきっかけになればいいなぁと思っています。
先日コメントをいただいた中に、
「肉を食べない選択をしたあなたを尊重するように、
肉を食べる選択した人たちを尊重してほしいと思います。」
というような一節があったんです。
そこで、「肉を食べる選択をする」っていったいどういうことなんだろう?ということです。
私は選択をする前に、肉を食べていました。食べることが普通だったからです。
それは私はにとっては選択ではありません。
例えば菜食主義の中でも、ネギ系やニンニクを食べないという人たちがいます。(こちらではアジアンベジタリアンとか呼ばれています。)
でも私は食べます。だって昔から食べていたんですもの。食べない人たちがいるのは知ってます。
これって私がネギ系やニンニクを食べる選択をした、ということにはならないと思うのです。
ちゃんと調べてみて、食べた後を観察してみてから、食べる食べないの選択を、と思うのです。
もしくは、ものすごく環境を壊す生産のされ方をしていたら、食べません。
私が食べている物の中にも本当は食べない方がいいものもあるでしょうし、
食べない物の中にも、勘違いしているものもあるかもしれません。
肉を食べるということに戻ります。
私は肉を食べない、という選択をしました。
理由は、肉の飼育方法が嫌だからです。
育てられて、殺される。かわいそう。というだけの理由ではないんです。
どうやって育てられて、どうやって殺されるか?ということも大きな問題なのです。
体がやっと収まる程の囲いの中で、一生涯光を見ることもなく、ホルモン剤や抗生物質漬けです。
もちろんそんな中で育てられた動物が健康なわけありません。
屠殺されなくても、死んでしまう直前の動物たちです。
で、多くのヨーロッパの屠殺場ではハラール肉として流通させられるような殺し方をしているそうです。(普通の屠殺の仕方とハラール用を併設されていないらしい。ハラールは苦しまないように考慮されている、という方もいます。でも、大量生産の屠殺方法にどこまで考慮されているかは私はわかりません。)
とかなんとかいろいろありますが、動物を食べる必要がなければ食べなくていいんです。
菜食主義は人生の喜びを放棄した人たちだ、と言われたこともあります。
でも、植物を消費するのって気持ちいいですよ。消化器系の問題もぐっと減りますし。
肉食の増加とともに、癌も増加しています。
お店で買うお肉はキレイにパックされていて、痛みを感じたり喜んだり夢を見たりする動物だということの実感を薄れさせるような気がします。
もし、少しでも興味がある方は、どれだけ肉を消費しているかに感心を持ってみられてはいかがでしょうか?
毎日お肉を食べる必要は本当にありますか?
私達が幼かった頃、こんなにお肉を食べていましたか?
肝臓を休めてあげるために、動物性タンパク質をとらない日を作ったらどうでしょう?
お肉を食べるお年寄りは長生きする!とか言われることがありますが、私はそうは思いません。
お肉を食べれるような強い消化器系を持った人が長生きしているんじゃないでしょうか?
マイク タイソンもヴィーガンです。
精神的に安定した、と言っています。
菜食主義になってほしい、というのが本心です。
でも、興味を持ってくれる人が一人でも増えて、
どうして肉を食べないのかを少しでも多くの方に理解してもらえると嬉しいです。