どうせ私は卑屈だもんを卒業するために今すぐできること。 | 20代の引きこもりを解決!  “人生どん底”から抜け出す  親子のリスタート実践プログラム

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今からでも遅くはありません。最悪な関係になっていたとしても、親が子どもを信頼するための心の在り方を知り、具体的な方法「聞くこと」を実践していくことで、安心感を持って子どもの将来を信じて見守ることができます。

おはようございます、安藤です。

私の中にはたくさんの卑屈なところがあります(笑)

子どもの頃から、母が味わった苦労や屈辱的な話を母からも祖母からもたくさん聞かされていました。

母の「許せない」「他人は信用してはいけない」「心を許してはいけない」をたくさん聞いていたのです。

なのでね、その生き方を知らぬ間に取り込んでいました。

それに双子でうちでも学校でも比べられたので、「自分はダメだ」とか「どうせ私なんて」とかいっぱい持っていました。



卑屈って調べると

卑屈(ひくつ)とは、必要以上に自分を蔑み、自分自身を卑しめる様子を指します。

「自分なんてどうせ何をやっても駄目なんだ」等、おどおどといじけている態度の事です。

そうだ〜その通りだなぁ。

私はそれと同時にどこかで「かわいそうな自分」でいることを選んでいたかも。

無意識なんだけど、そうするとね「大変だったね」って言ってもらえるから。


母はそんな私とは違って卑屈な思いを持っていたかもしれないけど、それを越えて他人に尽くすことを選んでいました。

屈辱的な扱いを受けても尽くしとおす。

そんな人です。


この年齢になって母の生き方を考えると、本当に強い意思を持って生きてきた人なのだなぁと思います。
 
私にはとうてい真似はできません。


何が言いたいのかって言うと、母をみていて感じたこと。

卑屈な思いをゼロにしようとするのをやめる。

育ちや地域や時代ゆえに抱えてきたものって誰しも持っている。

それを無理に無しにする必要はないんだよね。

もちろん自分が手放したければ手放せばいい。

そのための手段はいくらでもある。

でも手放さなくても、母のように「人に尽くす」というこれが自分の人生だという生き方もできる。

前はね母にわだかまりを持っていましたが、私自身が自分の人生を生きようって決めた頃から母へのわだかまりは消えていきました。

時間はかかりましたけどね。

今は 母も自分を大事にできるようになり、私は私を大事にできるようになり、とてもフラットな関係になれました。


抱えている物事の見方や傾向は持ちながらも、変わっていくことはできる。

変わっていきながら、気づいたら手放している。

そんなものなのね。

自分をまるっと変えることを目指すのではなく、何かを抱えている自分と一緒に歩む。

卑屈さのある自分OK。

そのまんまで前に行く。

それが「〜できない私」ではなく「〜できる私」コツ。

卑屈なまんまでいいんじゃね?

ねっ(*^^*)