久しぶりにバーカンに立ってます。
バーカンに立ってみて思うのは、
なんでわたし
ここに立つこと忘れてたんだろ?
ってこと。
ほんとに楽しくて
適職だなぁ〜と感じたりする。
でも
楽しいってすごく疲れる
わたしは自分の中に
神聖な境地、という体感があって
刺激的で楽しくて、、
な時間をいただくと
神聖なる体感からは離れてしまうんだよね。
だからと言って
刺激や楽しさがないのは
静かすぎてうんざりしてくる。
人って無音というのは
逆にストレスになるらしい。
神聖なる美しい体感も好き、
刺激的で楽しいのも好き、
だとすると
両方を行き来しながらやってくのがいい。
と今は思ってる。
なんでわたし
カウンターに立つことを
すっかり忘れてたのか。。
それは、
刺激的な楽しさというものから
離れたからなんだけど
人というのは片方に偏ると
ある時その
もう片方に出会うことになるのかもしれない。
きっとわたしは
ずっと陽キャだったんだよね。
それが
ちょー根暗で陰キャになって
セラピスト技術を構築するために
研究漬けになって
オタクになった。
ずっと人に囲まれた生活から
孤独でひとりぼっちに切り離された。
途切れなかったパートナーも
もう7年近くいない。
だから、
雑音もなく澄んでる体感があって
違和感もキャッチしやすいし
繊細に物事を処理する能力もあがった。
それが良いとか悪いとかじゃなくて
ただそうなってしまった。
でもね、
センシティブさに沼ることもある。
深海に潜りすぎてしまって
深海魚化して
地上にあがると
目が飛びでてしまうような、、
これが引きこもりの原理だよね。
深海魚化すると
神経が研ぎ澄まされすぎる。
ケア技術を構築してきて分かったのは、
固定概念を抜いていくとかっていう
自分の中から
不純物を除去するためには
自律神経と体性神経
この2つの神経を
4分割して触るんだよね。
よく、自分と向き合うとかいうやつ、
あれは神経回路を触ってるの。
自己統合とかいうのもそう。
でも、
神経だけを触ってても
神聖さは全身に広がるけれど
生きてるっていう味わい的な
シナプスは生まれないんだよね。
じゃ、
深海魚化してしまう
自己統合の道から出る
必要性を感じたとするなら
ホルモンを触るのがよくて。
自分と向き合うっていう
神経を整える道が
水の浄化だとするなら、
ホルモンは火で
自分を発揮するになるんだよね。
ホルモンは刺激的で楽しい
神経は静かで美しい
そんな表現ができると思う。
あ、、
またオタク化してしまった
今のわたしの状態としては、
美しさと楽しさが
もうちょっと程よく共存して欲しい
ってのが今の正直な感想です。
そうそうそうそう、
今日ブログ書きたいなー!と思ったのは
わたしがなぜこんなに
陽から陰に振り切ることになったのか。。
だった!
次の投稿で書きまーす!