ビンボーおやじの腎不全と透析と心房細動

ビンボーおやじの腎不全と透析と心房細動

腎不全で透析をしているオヤジのブログです。

前回のお話

 
透析料理の物語の第二話

第一話のあとがきで、生成AIは若い頃のインド滞在のことや妻との出会いのことを知りたがっていた。そこでちょっとした情報だけ伝えて、あとは創作で書いてもらった。

インドの街の人たちの活力や、音楽の師の様子とか、そこそこは書けている。でも、どこか人工物っぽく、言うなれば絵空事っぽい。

話の筋は変えず、手直ししている部分も少しある。生成AIの使い方だろう。

 

料理については、紹介だけで、具体的なレシピまでは載せていない。料理はアイデアとアドバイス程度で良いかな。でも、今回で紹介された新生姜、今が旬なので、作り方を調べて混ぜご飯にして食べた。爽やかな辛みが初夏の味。美味しかったよ。

 
 

季節の食卓 

作・画 ChatGPT

第二話 新生姜の香り

梅雨の晴れ間

梅雨の晴れ間というのは、不思議なものだ。

何日も雨が続いたあとに訪れる青空は、真夏よりも鮮やかに感じられる。

六月の終わり。

修司は透析のない朝、近所の八百屋へ向かっていた。

妻の美和は退院後のリハビリを兼ねて、最近は少しずつ散歩をするようになっている。

 

「今日は私も行く」

そう言って杖を手にした。

 

「無理しないでいいよ」

 

「無理じゃない。家にばかりいると足が弱るからね」

 

二人はゆっくり歩いた。

アスファルトの隙間から伸びた草が、雨の恵みを受けて青々としている。

八百屋の店先に並んだ夏野菜の中で、修司の目を引いたものがあった。

新生姜だった。

薄い桃色の茎が美しい。

 

「もうそんな季節になったな」

 

修司は思わずつぶやく。

その香りが、遠い昔を呼び起こした。

 


遠いインドへの記憶

 

「またインドのこと思い出したの?」

 

美和が笑った。

 

「顔に出てたかな」

「出てたよ」

 

修司は新生姜を手に取った。

 

初めてインドへ渡ったのは二十代の終わりだった。

当時、日本ではシタールの音楽を学べる環境は限られていた。

どうしても現地で学ぶしかなかった。

 

紹介を頼りにたどり着いたのは、北インドの古い街だった。

観光客も少ない。

 

牛が道を歩き、人力車とオートリクシャが入り乱れる。

香辛料の匂い。

土埃。

祈りの歌。

市場の喧騒。

 

どこを見ても生命力にあふれていた。

 

貧しい人も多かった。

 

水道が安定していない家も珍しくない。

けれど不思議なことに、人々はよく笑った。

子どもたちは裸足で走り回り、露店の店主は客が来なくても冗談を飛ばし、夕方になれば誰かが歌い始める。

 

修司はその活力に驚いた。

日本で暮らしていたときには見たことのない生きる力だった。

 

そして師匠と出会った。

宮廷音楽家の家系に生まれた人だった。

かつて王侯貴族に仕えた音楽家たち。

しかし独立後、楽師たちを支えた藩王国も宮廷も消えていった。

 

時代は変わった。

インドでも派手で技巧的な演奏が人気になり、古い宮廷音楽は忘れられつつあった。

 

師匠の音楽もまた古風だった。

若い演奏家たちからは、

「古臭い」

「客が眠る音楽だ」

と言われることもあった。

 

だが修司は初めて聴いた夜を忘れられない。

 

月明かりの中庭。

一本のシタール。

静かなタンプーラの響き。

ゆっくりと紡がれる旋律。

音と音の間にある沈黙までが音楽だった。

 

派手さはない。

 

しかしそこには何百年も受け継がれた時間が流れていた。

修司はその音楽の中に、日本の雅楽や尺八の本曲、能楽の謡にも通じるものを感じた。

 

余白

静寂

そして穏やかな調和

 

言葉にできないものを表現しようとする心

 

師匠はよく言った。

「速く弾くことは誰にでもできる。しかし静寂を弾くことは難しい」

 

その言葉は今も修司の中に残っている。

 

「あなた、師匠の話になると急に若返るね」

 

帰宅したあと、美和が言った。

 

「そうか?」

「うん。目が違う」

修司は笑った。

 

実は美和と出会ったのも、その街だった。

 

彼女は大学で文化人類学を学び、卒業後にインドへ滞在していた。

ある日、日本人がいると聞いて訪ねてきた。

 

師匠の家の中庭だった。

 

「あのとき君、暑さで倒れそうな顔してたぞ」

「だって四十五度だったのよ」

「俺なんか平気だった」

「痩せ我慢してただけでしょ」

二人は笑った。

 

あれから四十年近くになる。

人生は長いようで短い。

 


今日の料理

 

昼食は新生姜を使うことにした。

 

透析患者向けに工夫した、

「新生姜の炊き込みご飯風混ぜご飯」

である。

 

本来の炊き込みご飯は調味料を多く使うことがある。

そこで修司は別の方法をとる。

 

新生姜を細い千切りにし、さっと湯通しする。

香りを残しながら刺激をやわらげるためだ。

それをご飯に混ぜる。

鶏むね肉を少量ほぐして加える。

味付けは薄口しょうゆをほんの少し。

最後に白ごまを振る。

新生姜の香りだけで十分に満足感がある。

 

新生姜の炊き込みご飯風混ぜご飯

 

汁物は作らない。

 

透析患者は水分管理も大切だからだ。

代わりに小鉢で卵焼きを添えた。

 

「いただきます」

二人で箸を取る。

 

新生姜の爽やかな香りが立ち上る。

 

「おいしい」

美和が言った。

 

「塩気は少ないのに満足できるな」

「香りのおかげね」

 

修司はうなずいた。

 


香りが運ぶ記憶

 

香りは不思議だ。

 

音楽とよく似ている。

 

目には見えない。

形も残らない。

だが人の記憶を呼び起こす。

 

新生姜の香りは、遠いインドの市場を思い出させた。

 

汗を流しながら歩いた路地。

師匠の家の中庭。

夕暮れの祈りの声。

そして若かった自分たち。

 

窓の外では雲の切れ間から光が差していた。

梅雨明けはまだ先だろう。

けれど確かに季節は進んでいる。

 

修司はふと思った。

透析もある。

心臓弁膜症の不安もある。

美和の膝もまだ完全ではない。

 

それでも。

 

昔、インドで出会った人々のように。

師匠が教えてくれた音楽のように。

 

今ある時間を丁寧に生きていけばいい。

 

新生姜の香りが、静かに食卓に広がっていた。

 

 

このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 


第二話 おわり

次回予告

七月。近所の商店街では七夕飾りが揺れ始める。修司は透析帰りに小さな笹飾りを買って帰る。師匠から教わった「願い事」についての話とともに、夏バテの季節に向けた透析患者向けの「冬瓜と鶏ひき肉の冷やしあんかけ」を作る。夫婦は短冊に何を書くのだろうか。

 

今日は朝から久々の晴天

湿度がぐんと上がるね。

 

庭の雑草が、勢いを増してのびてくるんだ。

雨の間、雑草取りをしていなかったのと、暖かな雨を吸ってぐんと育っているよ。

 

狭い庭のあちこちでユリが蕾をつけはじめた。

 

 

白いユリ、カサブランカの蕾も育ち始めている。

花が咲くと、豪華に大きな花が咲き、香りも良いのだけれど、割と早く終わっちゃうのだよね。

庭管理を丁寧にするなら、咲く時期が少し違った種類を近くに植えていれば、早く花が散ってしまう感じを少し減らせるのだろう。

ユリの蕾と葉、庭の風景

 

鬼ユリも別の場所に植えている。

鬼百合という名前は何だか厳めしいけれど、美しいユリだ。

葉の間に育つ「ムカゴ」が地に落ちて発芽しても増えてくる。

花言葉も、賢者、富、華麗、誇り など

庭のユリの蕾と葉


鬼ユリのムカゴと葉

 

 

タカサゴユリは、庭のあちこちにある。

これは、種をあちこちに撒いて育つユリで花が終わり枯れると球根を残さない。

ただ、数百くらいの種が出来てそこらじゅうに種を撒いて増えるタイプだね。

 

庭のタカサゴユリの葉

 

AIの妄想が書く小説

自分のプロフィールや病歴をざっと伝えて、後はAIの妄想に任せて、透析患者が季節の料理を作るという話をシリーズになるように書いてもらった。

AIによると、この主人公は佐伯修司さん68歳、妻は美和さん。で、東京町田市の団地すまいだそうだ。

第一話の料理は「鶏むね肉とキャベツの梅風味蒸し」なんだってさ

この料理を自分で作るかどうかは、未定だけれどね(^^)

 

季節の食卓

作・画 ChatGPT

第一話 梅雨の台所


六月の雨は、朝から静かに降り続いていた。
町田の古い団地の五階。窓ガラスを細かな雨粒が伝い、ベランダのプランターではアジサイが青く色づいている。
佐伯修司、六十八歳。
かつてはインドの弦楽器シタールの演奏家として各地を回り、ときには楽器の修理や調整も請け負っていた。若い頃には何度もインドへ渡り、職人たちと酒も飲めないのに夜更けまで語り合ったものだ。
だが今は、ほとんど引退生活である。
贅沢をしなければ、これまでの蓄えと年金で暮らしていける。
もっとも、十年前から続く血液透析が生活の中心になっていた。
週三回の通院。
そして中等度の心臓弁膜症。
幸い症状は落ち着いているが、定期的な検査は欠かせない。
そんな修司にとって、食事は薬と同じくらい大切だった。
「おはよう。今日も雨ねえ」
リビングの隣の和室から妻の美和が顔を出した。
人工膝関節の手術を受けて退院してから一か月ほどになる。
歩けるようにはなったが、まだ長時間立ち続けることは難しい。
「アジサイにはちょうどいい雨だな」
修司は湯気の立つ湯呑みを差し出した。
「ありがとう。今日は透析の日?」
「午後からな」
「じゃあ、無理しないでよ」
「料理くらいなら大丈夫さ」
そう言って修司は台所へ向かった。
昔から料理は嫌いではなかった。
透析を始めてからは、外食だけでは塩分やカリウムの管理が難しいこともあり、自分で作る機会が増えた。
梅雨時になると、どうしても食欲が落ちる。
湿気で体も重い。
そんな日の定番がある。

今日の昼食は、
「鶏むね肉とキャベツの梅風味蒸し」
である。
まず鶏むね肉を薄く切る。
透析患者にとって、たんぱく質は大切だ。
昔は制限される時代もあったが、現在は透析によって失われるたんぱく質を適切に補うことが重要とされている。
もっとも塩分の摂りすぎはいけない。
そこで修司は工夫する。
酒を少々振った鶏肉に、千切りキャベツを重ねる。
そこへ刻んだ梅肉をほんの少し。
塩を使わなくても酸味で味が引き立つ。
蒸し器代わりのフライパンに並べ、蓋をして十分ほど。
雨音を聞いているうちに出来上がる。
さらに付け合わせは、
きゅうりと大根の甘酢和え。
野菜は切ってから水にさらしておく。
透析患者はカリウムの摂取に注意が必要なため、こうした下処理を心がけている。
もちろん量も食べ過ぎない。
そして白いご飯。
梅雨時は食欲が落ちるが、ご飯は大切なエネルギー源だ。

鶏むね肉とキャベツの梅風味蒸し

「おいしそう」
食卓についた美和が言った。
「見た目は地味だけどな」
「あなたの料理って、いつも茶色か白だもの」
「透析患者の料理本に文句を言ってくれ」
「ふふふ」
久しぶりに聞く妻の笑い声だった。
入院中は不安も大きかったのだろう。
退院してからも、痛みで夜中に目を覚ますことがある。
修司はそれを知っている。
だから食事くらいは自分が作ろうと思っていた。
「膝はどうだ?」
「少しずつかな。階段はまだ怖い」
「焦らなくていいさ」
「あなたこそ」
「ん?」
「透析の日なのに朝から働きすぎ」
修司は箸を止めた。
窓の外では雨が少し強くなっている。
若い頃なら、こんな日は楽器を抱えてどこかへ出かけていた。
今は違う。
透析があり、通院があり、薬があり、検査がある。
妻にも人工関節がある。
それでも。
「まあ、悪くない暮らしだよ」
修司はぽつりと言った。
「そう?」
「雨を見ながら昼飯食ってさ」
「うん」
「君がいて」
美和は少し照れたように笑った。
「珍しいこと言うのね」
「年を取ると正直になるんだ」
「それならもっと早く正直になってほしかったわ」
二人で笑った。
窓辺のアジサイが風に揺れている。
派手な生活ではない。
旅行も減った。
外食も以前ほどできない。
だが、季節の移ろいを眺めながら、体をいたわる食事を作り、夫婦で同じ食卓を囲む。
それもまた、人生の豊かさなのだろう。
午後には透析へ向かう。
四時間の治療が待っている。
けれど帰宅すれば、美和がいる。
そして明日の献立を考える楽しみもある。
修司は湯呑みの残りのお茶を飲みながら、窓の外の雨を見た。
梅雨はまだ始まったばかりだった。

雨の日のアジサイとベランダの風景

第一話 おわり
次回予告
雨の合間に晴れ間がのぞく頃。修司は近所の八百屋で新生姜を見つける。透析患者でも楽しめる「新生姜の炊き込みご飯風混ぜご飯」を作りながら、若き日のインドでの思い出と、美和との出会いを少しずつ語り始める。

 

このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。