73話 妖精クリオネ①

 

迎えた翌週末、前週に続いてののどかな晴天の中、僕は教えてもらった初めての駅に降り立ち、ある人物を探す事になった。

その駅周辺は、さほど賑わいのない小さな街ながら、若い人ばかりが行き交い全体が爽やかさに溢れていた。学生やカップルの街、そんな印象を持つような小さな古着屋や雑貨店などがどこまでも連なり、オシャレで生活感の無い様子から、まるで映画か何かの舞台セットのような街並みでもあった。

 

僕は先週出会った男性に教えてもらったギタリストの特徴を思い出し、相手を探し始める。

「え~と、すごい丸っこいデブなのに、妙に機敏に動く。それはまるで、って、あ~、あの人かな?」

数人が点々と離れて演奏をしているのが見える。その中で、かなり遠くの方に、確かにそんな特徴のあるギターを弾く男の人の姿が見えた。そう、「クリオネ」のように見える男の人が。

 

その特徴的な男性の周りを数人の観客が囲み、演奏を眺めていた。

僕もその人に近づき、いつものようにしばらくはお客として彼の演奏する音楽を聴いてみる事にした。

「クリオネ」はギターのインストゥルメンタル奏者、つまり歌の入らない音楽を演奏していた。曲はブルースと言うよりはロック寄りで、僕の好みに近かった。
スライドギター(指にボトルネックというガラスをはめて弦をしならせる奏法)の達人らしく、手の動きがブレて見える程の早弾きで、街を行き交うお客の足を自然に止めさせる。

それを観た僕は(す、すごい。なんて手の速さなんだ!!)と、一瞬そう思ったものの、ある程度目が慣れて行くと(んっ、あれ?でも、そうでもないのかな)なんて思い直した。
最初は誰もがその達者な手さばきに驚くものの、よくよく観てみると、クリオネの演奏はさほどスピーディーという訳ではなく、正しくは無駄に「バタバタ」としたものだった。
丸っこいデブなのに妙に機敏に動く、紹介した男性の説明通りの特徴だった。

ひとしきり演奏をしたクリオネは、周りで聴いていたお客さん達と慣れた様子で会話をすると、軽い自己紹介をからめつつ自分のライブ情報などのチラシを渡し、自分の活動の告知に精を出す。

その流れで僕にも気付くと、さらりと「お客さんは、なんかやってる人だよね?音楽やる人?」といきなり聞いて来た。僕はそれらしい身なりはして来てはいたものの、そんな風に見てもらえたのは、特別扱いをされたようで素直に嬉しかった。

渡りに船とばかりに、この場所の事を教えてくれた男性の名前をいきなり出し、彼との出会いの経緯を話し、そして「よろしくと言っていた」との、当たり前の文句を伝えてみる。
僕が話している間中、彼はタバコをふかし、少ししかめっ面をしていた。

(一体どうしたのだろう、僕が初対面なのに一方的にしゃべり過ぎすぎたのか?それとも紹介をしてくれた人と、本当は仲が悪いのか?)と、僕は彼の反応が少し不安になって来る。
しばらく返事を待つ僕に、クリオネは言った。

「あのさ、君を、紹介してくれた人の事は、別にいいんだよ。どうでもさ」
僕は驚く。「えっ、はぁ?」
タバコの煙の中のクリオネはとうとうと語り続けた。
「つまりさ、今日こうして、君と俺が出会った訳じゃん?そうだろう?音楽をやる人間な訳だよね?君はさ。そうだろう?だったらさ、紹介されたとか、誰と仲がいいとか、そういうのは全部いらないのよ。同じ音楽人、それでいいのよ。違う?そうだろう?」

それは文句を言っているという訳ではなかった。つまりクリオネは「音楽人なら音楽人らしく、まず自分の事を語れ」と、こう言いたい訳だ。

いきなりで面食らったものの、確かにこれはとても大切な事だった。特に何かを表現する人達の間では、何よりも重きを置かれる部分だ。それに「紹介されたから自分は特別」みたいな発想では、これから新しい関係など作れるはずもない。

僕がちゅうちょして押し黙っていると、クリオネが口を尖らせて言う。
「で、ハープ持ってんだろ?Keyはどんなの?AとかDはある?」
ブルースハープとは言わず言い慣れた様に略してハープというあたり、ブルースという音楽を軸に演奏しているという印象を伝えて来る。そしてそれは、僕にとっては答えやすい質問だった。
「一応、ある程度のKeyは、持って来ました」
クリオネはまだ吸い切ってはいないタバコを早めに消すと「Key、Aね。普通の3コード。リズムはゆっくりめ」と叫ぶように言い放ち、勝手にギターでイントロを弾き始める。
僕は(はっ、KeyがAってことは、ハープはDだ。Dっ、Dっ、どこだDは?)と大慌てでハーモニカを探し出し、そのままギターの演奏について行く。

1コーラスと待たずに2人の音は重なり、いきなりのセッションが幕を開ける。
僕のハーモニカの響きが気に入ったのか(おおっ、来たねぇ~)と笑顔を見せるクリオネ。僕らの周りには、すぐに人だかりができ始める。

クリオネは僕のテンホールズのスタイルを見分けると、それに合うブルースの育った地域のものと思われるブルースのバッキングにギターの演奏スタイルを変え始める。そのスタイルの変更で、僕は格段にハーモニカを吹きやすくなったところをみると、それが自分がよく聴くブルースのバッキングという事なのだろう。演奏をしながら、そんな彼の幅の広さに驚かされる。

慣れからなのか、クリオネは人前での演奏に対して戸惑いなどみじんも感じさせない。路上演奏の達人といった雰囲気に満ちていた。


曲が終わるとすぐに次の演奏Keyだけが伝えられ、集まって来た観客達を逃すまいと、まるでメドレーのように曲が続けられて行った。どの曲も僕には吹きやすく、自然にハーモニカのアドリブが引き出されて行く、まさにそんな感じだった。これこそがセッションの醍醐味なのだろう。

そのまま2人で数曲のセッション演奏をこなした後、クリオネはそこに集まったお客達と軽い会話をしながら、自分のライブ情報などのチラシを手渡す流れを一通り済ますと、タバコに火をつけ、その場にどっしりと座り込んだ。

 

彼の満ち足りた笑顔や、さっきまでとは打って変わった隔たりの無い雰囲気が、僕らのお互いの音による自己紹介が十分であった事を物語っていた。

僕はその彼の様子にとても満足だった。オーディションのようなものだとすれば、おそらく僕は合格したようだったし、ひょっとすると僕はこのクリオネとデュオユニットを組む事になるのかもしれない。そう思うと、自然に笑みがこぼれてしまう。腕といい、経験といい、キャラと言い、その全てにおいてこのクリオネは申し分ないのだから。


(こうして言葉を越えた所から、新しい関係が生まれてゆくんだな)と、僕はそう思っていた。
ところがクリオネの口から出た言葉は、予想もしないものだった。

 

つづく

 

☆私、広瀬哲哉が配信するハーモニカの娯楽番組「ハモニカフェ」もお楽しみ下さいませ♫

(この配信回で、物語の登場人物「クリオネ」の演奏に近い「ロックブルース」曲のスタイルを解説しています)